金熊賞受賞作「アダマン号に乗って」ニコラ・フィリベール監督らが日本で会見

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ニコラ・フィリベール監督(左)とリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールさん(右)

金熊賞を受賞した「アダマン号に乗って」が、4月28日から日本国内で全国上映されました。それに先立って、27日にニコラ・フィリベール監督が来日し、会見を開いています。会見では監督のほか、アドバイザーも務めた臨床心理士のリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールさんも同席し、質問に答えました。

監督のご挨拶


ニコラ・フィリベール監督

「いま私は東京でお話しできることを嬉しく思います。今回の作品は、私にとって精神科医療に関する2本目の映画となり、25年前にも精神科医療を扱う作品を出していました。この『アダマン号に乗って』は3部作の第1弾として位置付けられ、今後も2弾3弾とパリの精神科医療を紹介していくつもりです」

──フランス本国では大ヒットしており、ドキュメンタリーは全期間5千人程度で終わる作品も多い中、初日で4万2千人も動員したと伺いました
「まだ公開から日が浅いので、今後の行く末を想像するのは早計かと思いますが、それでも幸先のよさを実感しています。フランスでは新作が週に20本ほど公開され、うち3分の2は初週で振るわない厳しい競争の中、とても良いスタートを切れました」
「精神科医療もドキュメンタリーも、難しくて尻込みする人が多いと思います。そういう意味で本作は二重のハンディキャップを背負っているのですが、それでもこの興行成績を出せたのは非常に有難いことです」

─ドキュメンタリー映画としては2作目の金熊賞受賞となりましたが、どのようにお考えでしょうか
「勿論私にとっても非常に嬉しいことです。選出だけでも非常に珍しいのに、最高賞まで受賞したのですから、私だけでなくドキュメンタリーというジャンルにとっても喜ばしい事ではないでしょうか。ドキュメンタリー映画に盛り込んだ職人技が認められたのも嬉しいです。題材となる精神科医療も、いまスポットライトを必要としています。苦境にある精神科医療にとってこの金熊賞は、人間の健康を取り扱う意識が高まる契機になるのではないでしょうか」

──なぜ精神科医療に関心を持たれているのですか
「個人的に精神科医療へ興味があるといいますか、心の奥底から私を動かしているものです。自分が押し込めている弱さや傷や上手くいかなさを照らし出しているのではないでしょうか。突き詰めて言えば、精神科医療というのは我々が暮らすこの世界の鏡ではないかと思っています。精神科医療の世界では、常に驚くべきことが起こっており、とても刺激的で予想外の連続です。画一化された世界の中で精神疾患の方が見せる態度に、最初は驚くかもしれませんが、いずれ飾り気のない明晰な発言や鋭い意見を耳にすることとなるでしょう。そうした患者とのやり取りは私自身にとってもプラスになっていると思います」

──ドキュメンタリー映画の撮影において監督が大事にしていることは何ですか
「映画学校では『万全に準備をせよ』と教えられますが、私は逆にあまり準備をしないで臨んでいます。私の撮影は偶然に身を任せる傾向にあると思います。ロケには当番もプランも意図も持ち合わせていません。意図を持ち込むと対象をその通りに動かそうと上から目線になってしまいますからね。偶然に身を任せることで、出会いの幸せを享受できます。今まで数々のドキュメンタリーで多くの出会いを経験しており、アダマン号も例外ではありません。作品を通じて皆様も色々な出会いと感動を味わい、彼らを知り自分を知れるようになると信じています」

──100時間の素材を109分にまとめるのは苦労したと思いますがどうでしょう
「編集作業は常に苦労を伴うもので、素晴らしいシーンが撮れたとしても全体の構成に合わなければ泣く泣く諦めることはしょっちゅうです。編集は最良のものを繋げればいいという訳ではありません」

質疑応答


ニコラ・フィリベール監督(右)とリンダ・カリーヌ・ドゥ・ジテールさん(左)

──撮影に応じる方もいればそうでない方も居たと思います。そこで制限を受けることはありましたか
ニコラ監督「ほとんどの患者は撮影を受け入れてくださいましたが、それでも数人からは断られてしまいました。私としては彼らの選択を重んじ、説得するようなことはしません。カメラというものはそれ自体が被写体へのプレッシャーとなります。なので、自由に意思表示を出来る雰囲気づくりをベースとしています。カメラを向けるという行為はデリケートな威嚇行動でもあり、精神科医療の場においては尚更です。それでも、断られた方も含めて皆様との良好な関係を保ってまいりました」

──ドキュメンタリー映画の製作前後で変化したことはありませんか
リンダさん「実はロケをするということで、現場はイベントやアドベンチャーのような高揚感に包まれました。スタッフはやりがいを感じ、患者にもいい影響があったのではないかと思います」

──監督は被写体の変化についてどのようにお考えでしょうか
ニコラ監督「『僕は治った』という言葉は額面通りでなく、上映会での高揚感で言ったことだと思います。彼の統合失調症を治す効果はありません。ただ、多くの患者が一人の主体として扱われている実感を得られたのだと思います。精神疾患ゆえに周りから不信感を抱かれやすい彼らが、良い気持ちになれたのではないでしょうか」

──精神疾患への偏見、行政による支援など、フランスではどのような状況でしょうか
リンダさん「確かに障害者への恐怖感や虐待といった偏見は、いつでもどこでも起こり得るものだと思っています。様式が違うだけで、フランスでも確かに存在しています。行政の支援についてですが、アダマン号は公的医療機関として、国家予算で運営されています。ただ、法律や数字やパフォーマンスが重んじられる中で精神医療分野への支援は減ってきており、満足な精神的医療を継続するのが難しくなってきているのは確かです」
ニコラ監督「アダマン号はデイケアセンターとしては好条件なので勘違いされるかもしれませんが、無関係の人間がプライベートで訪れるような場所ではありません。運営資金に関しては、国で決められた額の助成金などを支給されていますが、リンダさんが言うようにその予算は年々削られているのが現状です」


ニコラ・フィリベール監督

──映画監督と臨床心理士で、具体的にどのように協力しましたか
ニコラ監督「アダマン号について知ったのはリンダさんがきっかけです。協力については至極単純に話し合いです。撮影の時も編集の時も、頻繁に意見交換してきました。制作のプロセスにおいて、文字通り話しながら作り上げてきました」
リンダさん「付け加えると、人生の運命と仕事の道程が交差したといえます。私たちは昔からの知り合いでもあり、度々出会う機会の中で互いに豊かにしていく関係だと思います」

──精神疾患の人などの顔をモザイクで隠すことについてどのようにお考えですか
ニコラ監督「顔をモザイクで隠すくらいなら、最初から撮りません。そのようなトリックで隠すことは絶対に致しません。それはその人を人間として見ていないことにはなりませんか?言説だけに興味があって本人はどうでもいいというのでしょうか?私自身は人間を撮るとき、その人の眼差しや顔こそが大事だと考えています。顔を撮らない映画は映画とは言えません。それほど必要不可欠なものといえます。付け加えると、私の撮影について映画として上映されることを事前に伝えており、その上で彼らから許可を頂いている訳です。私にとって、撮影の前に対象者へ伝えることは重要です」

──アダマン号はパリの中心地から比較的近いセーヌ川に浮かぶ施設となっていますが、これらにどのような意味があるとお考えですか
ニコラ監督「浮かぶ船というところでいえば、来る患者さんもふわふわ浮いている存在なのかなと思います。そして、水の存在はとても重要です。セーヌ川はその日によって色を変え、水の流れは見ているだけで夢見心地になる作用があります。建築物としての美しさもあり、訪れる人を穏やかな気持ちにする場所になっています。水に近いことが癒しに繋がるという患者も多いですね」

障害者ドットコムニュース編集部

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