映画の中の障害者(第12回)「夜明けのすべて」

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Photo by Geoffrey Moffett on Unsplash

パニック障害とPMS(月経前症候群)を描く映画

今回は先日公開された「夜明けのすべて」(2024年)をお送りします。瀬尾まいこ原作の同名小説をろう者の女性ボクサーを描いた「ケイコ 目を澄ませて」(2022年)の三宅唱監督が映画化。PMS(月経前症候群)とパニック障害を抱える二人をそれぞれ上白石萌音、松村北斗が演じます。

連休中にシネコンで鑑賞しましたが、年配から若年層まで幅広い世代でかなり埋まっていて驚きました。女性も多くひょっとしてみんな当事者なのかな?と思ったりしましたが、松村北斗が人気アイドルグループメンバーということを鑑賞後パンフレットで知り、このような派手さはないが誠実な作品で映画館が賑わっていることに心温まりました。

※ネタバレあります

恋愛ではない不思議なつながり

月に一度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんはある日、同僚・山添くんのとある小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのに、やる気が無さそうに見えていた山添くんもまたパニック障害を抱えていて、様々なことをあきらめ、生きがいも気力も失っていたのだった。職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく二人。いつしか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。(公式ページより)

三宅監督は非商業・インディペンデント映画界隈で特に評価が高く、故・青山真治や黒沢清の師であり批評家の重鎮・蓮實重彦が目下強力にプッシュしています。同氏との共作「ジョン・フォードと『投げること』完結編」も鑑賞していたので、三宅監督は通好みのアート映画を追求していく作家と思い込んでいました。しかし、本作はいわゆるメンタルヘルスの問題を正攻法で描き、多くの人々へ届く作品となっていたので驚きました。

監督は画づくり(ショット)で評価が高いのですが、やってやりました的な長回しとかアングルはなく、シーンごとに的確なショットの積み重ねが終盤のプラネタリウムと光が照らす上白石演じる藤沢の表情へと収れんされます。また、前作ケイコはろう者という設定ゆえにほとんどセリフもなく、説明的な描写も少なく観客に委ねる部分が多かったのですが、本作はPMSとパニック障害とは何なのかかなり具体的な描写やセリフで密に描かれています。それもショット同様、的確な場面・内容・長さなので説教臭くありません。

「ジョーカー」にならなかった二人

本作を見てまず思い出してしまったのが、以前本コラムでも取り上げた「ジョーカー」(2019年)です。まず、松村北斗演じる山添のひょろっとした佇まいが「アーサー=ジョーカー」に似ているので、同僚が痛みを共有できる藤沢でなかったら、恐らく職場で孤立して、退職・無職となり、社会に対する憎悪を募らせ無敵の犯罪者になったのではという物語が想起されました(メイクも似合いそう)。一方藤沢も同様に再度失職・帰京し母の介護をしながら、何とか不安定な雇用で凌いでいくうちに追い詰められて・・・と悲劇的な未来が浮かび上がります。

しかし、本作で描かれていて、歯止めとなったのは障害は違えど困難を抱える者同士の助け合いです。「ジョーカー」では唯一の味方は小人症の同僚で、ジョーカーが「親切にしてくれたのは君だけだ」と心を開き、もっと周囲にこのような味方がいたならば・・・という問いに「夜明けのすべて」は答えを与えているように感じました。障害という痛みを抱える者同士がつながり、支え合い何とか社会に留まることができる。そして映画は職場の同僚はじめ障害の有無を超えて、他者への痛みの想像力が小さくゆっくり世界に広がっていく様が映されています(これが本作の素晴らしさ)。それは、そもそも痛みのない人間はいない、それゆえ痛みと優しさで繋がれるという想像力です。

ただ異なる障害同士の連帯というのは、困難さもあります。それは当然と言えば当然で、例えば、ろう者の困難さは、内部障害の私は健常者同様分かりません(逆も然り)。また同じ障害でも程度の差もまるで違い多様です。ただ、痛みの種類・程度は違えど、同じ理解されなさゆえの痛み・疎外感を感じる者同士、もっと繋がればもっと生きやすく面白くなるのに・・・と常日頃感じていたことが映像化されていて心沸きました。藤沢と山添は、お互いの家に通い、互いの髪を切り合うほどに心も通じてるのに恋愛関係にはならず、時期が来ればそれぞれの別の道に行く。それぞれの痛みは分からずとも感じることのできる戦友の様に支え合う二人の姿は、障害の有無を超えて大変示唆に富みます(冷たい社会への運動モデルとすらも)。この小さなつながりが積み重なって、痛みの共同体となり、暖かい社会になればいいなと本作を見て改めて考えさせられました。

画面に映る世界への願い

今や次世代映画作家の筆頭株の三宅監督ですが「ケイコ 目を澄ませて」「夜明けのすべて」と立て続けにいわゆる障害を真っ当に扱った映画を送り出していることは大変心強く感じます(相反する作品も散見されるので)。前述の蓮實重彦は「映画とは画面に映っているものがすべて」という信念のもと映画の物語や社会的な背景を否定します。私は、その画面には監督の世界への願いも映っていると思います。本作のショットの温かいつながりや二人の表情、見守る人々の絶妙な距離と街の風景は、三宅監督の人間一人一人とそれぞれの生活へのリスペクトが映っています。その世界の見え方は、そのまま私たちの世界の見え方につながると信じてます。

「僕が映画を好きなのは、映画館を出たときに見慣れた景色が変わって見える感覚が好きだからです。今回は『夜明けのすべて』を経て、どのように風景の捉え方が変わるのかですね。自分の経験で言えば、例えば駅前で人が倒れていると『酔っ払いか』と思っていたのが『もしかしたら別の事情かも』と考えを巡らせるようになりました。一人で観るなら時間をかけて咀嚼してほしいし、どなたかと観るなら感じ方の変化を語り合ってほしいです」 (障害者ドットコム:三宅唱監督インタビューより)

参考サイト

「夜明けのすべて」公式サイト
https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp

三宅唱監督インタビュー(障害者ドットコム)
https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=2979


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MXU

MXU

新潟県在住の映像作家。内部機能障害。代表作「BADDREAM」(2018年)。
多様性をモチーフにした映像制作プロジェクト「NICEDREAMnet」で毎月作品を発表しています。
https://www.youtube.com/channel/UCBtMFlHg3tJidPZTrjRLoew

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