大昔のツイート掘り起こしと「正義中毒」

発達障害

unsplash-logo Dominik Vanyi

まず初めに、本稿には差別的なツイートを擁護する意図は一切ございません。差別発言によって批判を受け凋落(ちょうらく)するのは当然の流れでしょうし、ある意味健全と言えます。例えば「発達障害は親の教育が悪いからだ!」と叫ぶような者は再起不能に陥ってもらいたいのが本音です。

2018年、秋アニメとして放送を予定されていた「二度目の人生を異世界で」が放送中止となった出来事をご存知でしょうか。原作となるライトノベルの作者が過去にTwitterで問題発言を行っていたと「掘り起こされた」のです。大炎上からの紆余曲折を経てメインキャスト4名の降板を挟みアニメは放送中止、原作も出荷停止という事態になりました。

ところが掘り出されたツイートがどれも当時の4~5年前と古かったことに別の気味悪さを感じたものでした。相手に非がある程、批判する側にも自律し襟を正すことが求められてくると思います。さもなくば「正義中毒」に陥ることでしょう。

足の引っ張りやすい世の中へ

「二度目の~」で取り上げられた問題のツイートは主に2013~14年のものが大半で、炎上当時からみて4~5年前の「大昔」といっていいものです。そのような昔のツイートを、作品のアニメ化という絶頂期にわざわざ掘り出すところに一抹の「気味悪さ」を感じずにはいられません。

一連の炎上は見方を変えると「誰にも批判されずに絶対有利で他人の足を引っ張る方法が確立された」とも受け取れます。過去の問題発言を掘り出して騒げば、目障りな人間を妨害できるうえに自分の正義感も満たせて一石二鳥でしょう。明らかな問題発言がなくとも、何でもなかったツイートを問題あるものに仕立て上げるのは妨害のプロにとって朝飯前です。

現に無実のツイートを通報されたり震災直後の福島への発言を掘り返されたりと、過去のツイートを掘り返して攻撃材料にする動きは起こっています。「二度目の~」が放送中止となった翌月の時点で、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」で知られるジェームズ・ガン監督が10年前のツイート発掘をきっかけにディズニーを解雇される出来事がありました。他人の足を引っ張る事へ心血を注ぐ者たちにとっては「生きやすい」世の中になったことでしょう。

そもそも常識や価値観は常に微細な変化を続けており、5年や10年後になって問題性を提起されることは往々にしてあります。ツイートした時点ではただの乱暴な物言いに過ぎなかったのが、年を経て変わった価値観のもとでは「差別発言」「ヘイトスピーチ」と判断されうるのです。数か月前程度のフレッシュな問題発言を取り上げるならまだしも、5年以上も遡及して騒ぎ立てるのは本来「後出しじゃんけん」でしかありません。

(過激思想を捨てずに発信し続けている場合は別で、叩かれても文句は言えません。同じ2018年に炎上したポメラニアン漫画がその例で、当時より6年前から継続して韓国ヘイトやミソジニー発言を続けていました。)

また、批判へ安易に乗っかることにもリスクがあります。内容によって態度を変える「ダブスタ(ダブルスタンダート:二枚舌)化」と、叩くことに対して依存するようになる「正義中毒」のリスクです。

潜在的なダブスタ化リスク

この手の「ツイート掘り起こし問題」について厄介なのが、掘り起こされたツイートが何処へ対してのものなのかということです。その対象によって、「Aを揶揄する発言は糾弾されるべきだが、Bへの発言はセーフ。」として態度が一致しない「ダブスタ化」を起こしかねません。

ダブスタ化は安易に批判へ乗っかる側よりも、大昔の発言を掘り起こすことに疑問を覚える側のほうが陥りやすいです。「その発言を差別として捉えるのは無理がある」と言っていた口で「いくら無知だったとはいえ明らかな差別発言だ!許せない!」となりやすいのです。ひとつ事例を紹介しましょう。

香川県で事実上のゲーム規制条例が通ろうとしていた時、推進派の中心人物である大山一郎氏の過去発言が個人ブログで取り上げられました。ツイートどころか香川県の議事録なので削除も撤回もしようがない、「生まれながらの魚拓」に問題発言があったのです。

2006年の大山氏の発言です。「いまLDやADHDの子どもが急速に増えており、単に家庭のしつけの問題だけとは思えない。全てがゲームのせいでないにせよ各家庭の調査はすべきで、もし原因が先天性でなくゲームによる前頭前野不全と分かれば早急に対処せねばならない。」という旨で、要はLDやADHDはゲームばかりして前頭前野が衰えたからだ!という主張です。(それ抜きでも「家庭のしつけが悪いからLDやADHDになる」という前提で話している節がありますが。)

これが掘り出されたときは「発達障害へのヘイトスピーチか。やはりろくでもない男だ。」と思いつつも、攻撃材料とするにはナンセンスとも感じたものです。2006年は発達障害の概念など知る人ぞ知る分野でしかなく、診断こそ増えているもののそれが先天的なものという認識は浸透していませんでした。つまり時代的に情状酌量の余地があるのです。

今とは常識の違う大昔の発言を現代の基準で「ヘイトスピーチだ!」と槍玉にあげるのは、あまり褒められた行いではありません。しかし、発達障害当事者としては発達障害への差別・誤解・無知といった発言に対し、炎上に発展させてしまいたい衝動に駆られてしまいます。これが「ダブスタ化」の懸念です。

叩きに依存する「正義中毒」

依存といえば、叩き行為への参加そのものにも依存性があります。これを指摘し「正義中毒」と名付けたのは、脳科学者の中野信子氏です。脳科学や神経学の専門家には疑似科学を崇める「地雷物件」が多くて提言を鵜呑みにするのは危険なのですが、敢えて取り上げましょう。

中野氏によれば、「『悪と見做した奴』を叩きのめすことで『正義の鉄槌を下した』という気分になり、快楽物質であるドーパミンが分泌される。その快感を知るとまた次の『悪い奴』を探そうとし、『正義の鉄槌』を下す。」という流れで、その依存性から「正義中毒」と名付けているそうです。「悪」による自身への不利益の有無は問いません。

半年前の増税では店内とお持ち帰りの税率違いから、店員へ告げ口する「正義マン」が取り沙汰されましたし、遡ればSNSで不適切画像が取り上げられる「バイトテロ」「バカッター」の騒ぎ、更にはスマイリーキクチ氏に塗炭の苦しみを味わわせたデマ騒動までも関連する構造です。

特に新型コロナによる自粛ムードが漂う今は「不謹慎狩り」が横行するものと思われます。かつて震災直後にテレビCMというCMが全て「あいさつの魔法」しか流れなかった頃の息苦しさに戻りたくなければ、「けしからん!」とムカついたときは6秒待って「正義中毒になってないか?」と自問する習慣をつけましょう。

とはいえ、正義中毒やその依存性は快楽物質がどうという以前に、社会心理学で「第三者罰」として研究が続けられていることです。社会心理学で扱われていることは人間の本能と言っても差し支えないでしょう。叩きへの衝動を抑え続けるのは難しく、上手に向き合っていくしかないのです。

参考サイト

コロナ疲れの今だからこそ知っておきたい“正義中毒”の根源
https://blogos.com

香川県議会会議録 平成18年9月定例会(第5日)本文
http://www.db-search.com

「学習障害や発達性多動障害はゲームが原因」大山一郎香川県議|井出草平の研究ノート
https://ides.hatenablog.com

誰もが「正義マン」になりうる社会と、その心理とは?|kedama|note
https://note.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

発達障害 学習障害(LD) 注意欠陥多動性障害(ADHD)

関連記事

人気記事

施設検索履歴を開く

最近見た施設

閲覧履歴がありません。

TOP

しばらくお待ちください