ALS女性嘱託殺人事件の犯人を前上博や植松聖と比較する

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出典:Photo by Damir Spanic on Unsplash

京都でALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性(51)が、SNSで知り合った医師に嘱託殺人を依頼して死亡する事件が起きました。嘱託殺人に応えたのは山本直樹容疑者(43)と大久保愉一容疑者(42)の2人で、逮捕後に様々な素性が明かされています。

山本容疑者は海外で医師免許を取得したとする証拠が掴めない(早い話が無免許)とのことですし、大久保容疑者に至ってはSNSや電子書籍で「高齢者は医療費の無駄」などと優生思想とも報じられる発言が取り沙汰されました。

舩後靖彦参院議員も「死ぬ権利より生きる権利を重視せよ」と声明を出しています。この事件は優生思想や安楽死や尊厳死などの議論にも繋がりました。しかし、「優生思想とは違うのではないか」「安楽死の問題とすべきではない」という声もあり、簡単に結論が出せない状況です。

はたして前上博の再来といえるのか

大久保容疑者は以前から、ネットで「高齢者はゾンビ」「社会資源の無駄」「寝たきり老人は捨てよ」などと匿名での投稿を繰り返していました。

これが優生思想として報道されたときは、ちょうど相模原の障害者施設殺傷事件から4年の節目を迎えていたのもあって、大久保容疑者が「命の選別を公言している」とまで言われていました。実際に「高齢者を『枯らす』技術」という電子書籍まで著しています。なお、書籍は山本容疑者との共著で、二人は大学時代からの友人だったそうです。

私は最初、「前上博の再来か」と思いました。前上博元死刑囚(2009年執行、享年40)は2005年に起こった「自殺サイト連続殺人事件」の犯人で、自殺願望のある人間を言葉巧みに誘い出す手口で3人を殺害していました。

前上には「人が窒息する様に性的興奮を覚える」という性指向があり、自分の欲望を満たすために自殺願望を持つ人間を利用していました。「窒息する姿が見たかった。自分が自殺するつもりなどなかった」と供述しており、被害者に対しては何度も窒息させて長く苦しめるなど犯情も極めて悪かったです。

大久保もまた「寝たきりは死なせた方がいい」という考えを持っており、初めて会うALS患者の「死なせて欲しい」という願いに応えて嘱託殺人に手を染めました。見方によっては利害(?)の一致するALS患者の嘱託殺人によって自らの意見を主張しているようにも思えます。

しかし、大久保と前上は「同じといえば同じかもしれない」「違うといえば違うかもしれない」といったところで、違う所は決定的に違っています。

共通点
自分の理念(優生思想or性癖)に即し、自死願望の強い人間を手にかけた。
被害者とはネットで知り合い、初めて会ったのは殺害当日。

相違点
前上の判決は殺人罪。大久保は嘱託殺人罪(殺人罪より量刑はかなり軽い)の容疑。
大久保は薬物で一思いに殺害。前上はなぶり殺しで被害者から命乞いまでされていた。
前上は証拠隠滅などの工作をしていた。大久保には隠蔽工作の動きがない。
前上は父親から受けた虐待も窒息へ執着する一因だった。大久保の生育歴は不明。

怒りの矛先は患者でない説

一方、大久保のものと思われるTwitterアカウントを事件以前から知っていたという人によれば、「過去のツイートを遡ると、優生思想とは少し違うように思えた」そうです。なんでも、患者の家族に対する怒りが綴られていたというのです。

「ALS患者は身体障害1級のため障害年金で20万。病院に預ければ家族は介護の必要がなく、病院側も障害者病棟に入れれば100万の収入。医療区分が低ければ気管切開や胃ろうで長期入院。酷い制度が放置されている。本人が使えない年金なら現物支給でいい」

「カルテによれば胃ろうを増設した患者は何年も生きている。しかし、家から追いやられて誰一人として面会に来ず、年金のためベッドに寝かされているのは、非実在老人ではないか」

「85過ぎの患者が食事できないからと胃ろう造設依頼を書かされる。人の道から外れているのではないか。食事できなければ自然な死ではないのか」

「90過ぎた老親が微熱だからと無理矢理受診させ、老衰と診断しても聞く耳を持たない。認知症+胃ろうの親はお前に年金を貢ぐ要員ではないぞ。これこそ人権侵害なので人権派の弁護士に出張ってもらいたい」

どうやら大久保は、かねてより患者の家族に怒りを感じ延命治療のあり方に疑問を抱いていたようです。その一方で「安楽死は下手をすれば医師免許を失う。リスクが高すぎてボランティアでは出来ない」として、理性的に現状を判断していました。

医師免許を気にかけてはいた大久保ですが、結局は抑えきれずに嘱託殺人を犯しました。前上博もまた、かつては女性ホルモンの注射を受けてまで性欲(≒他人を窒息させる欲)を抑えようとしていたのですが、結局は連続殺人鬼と成り果てたわけです。やはり両者は並べて比較されるべきでしょう。

植松との比較は

優生思想といえば、植松聖との比較はどうなるでしょう。植松との共通点や相違点について考えつくだけ並べてみます。

共通点
優生思想
入所者(患者or重度障害者)の家族に対する不満。
独善的な野望(障害者排斥or安楽死の制度化)に従っての犯行。
共犯者を募った。(植松は断られた)

相違点
植松は積極的な命の線引きといえるが、大久保はどちらかといえば消極的。
大久保は患者自身に「生産性」や「社会貢献」などを求めていない。
大久保の被害者は報酬を振り込んでまで嘱託殺人を要望していた。

安楽死や尊厳死の議論には値しない

ネット上ではこの事件に関連し安楽死への議論も起こりかけましたが、「安楽死について議論するきっかけには値しない」という声もあります。事実、東京新聞は「安楽死議論に直結しうる事件ではない」と強く否定する社説を出しています。

ここで安楽死と尊厳死の違いについて触れておきましょう。「安楽死」とは、「回復の見込みがなく苦痛も激しい末期症状のとき、本人の意志に基づいて薬物投与などで死期を早める」ことです。95年横浜地裁の判例では、「耐え難い肉体的苦痛」「避けられない死期が迫っている」「苦痛の除去や緩和に手を尽くし、他に手段がない」「患者自身の要望がある」の4つが安楽死の要件とされていますが、日本では実質認可されておりません。

一方、「尊厳死」とは「回復の見込みがない患者に対し、その生前意思に従って延命措置を辞め、自然死させる」ことです。一応日本でも認められていますが、それを行った責任者が何らかの罪に問われるケースも少なくありません。また、安楽死と同じく患者本人の意志が重要なトリガーとなっています。

話を戻します。東京新聞によると、「過去のケースと違い、家族でも主治医でもない人間がその日初めて会う患者の嘱託殺人を引き受けている。判例で示された安楽死の要件(まず苦痛緩和の方法を尽くしたかどうかで引っかかる)も示しているとは言い難い」と容疑者の軽率さが示唆されています。

現在、日本では延命治療を辞める「尊厳死」しか認められておらず、それですらも責任者(主治医や家族)が罪に問われるケースがあります。更に、薬物などで死期を早める「安楽死」が遅れているとして、法制化を求める勢力も根強いです。しかし「安楽死」が認められている国でも責任者が殺人罪で有罪判決を受ける事例もあり、結論は全く出ていないのが実情でしょう。

なんにせよ、制度化を手放しで歓迎していいものではありません。特に日本のような同調圧力の強い国だと「制度化されているのに、まだ利用していないのか?」という圧力で"選ばされる"リスクが甚大です。同調圧力だけでこうなってしまう環境で制度化すればどうなるかは考えるまでもないでしょう。

そもそも現在進行形で、ALS患者の8割が重症化後に延命治療を諦めている状況です。身内の負担が増えるのを嫌って生きることを諦める人があまりにも多いのです。

確かに「寝たきりになったら死にたくなると思う」という気持ちは理解できますが、「生きたい」という人々を駆逐してまで押し通すような要望ではありません。生き死にという後戻りの出来ない議題は拙速に結論を出さず、慎重すぎるほど慎重に扱わねばならないのです。

参考サイト

ALS患者の嘱託殺人事件の容疑者の思想について|小山晃弘|note
https://note.com

逮捕された医師は元厚労省官僚「高齢者は社会の負担」優生思想 京都ALS安楽死事件|京都新聞
https://this.kiji.is

ALS嘱託殺人 安楽死の事件ではない:東京新聞
https://www.tokyo-np.co.jp

自殺サイト殺人事件 前上博死刑囚に学ぶ
https://blog.goo.ne.jp

尊厳死と安楽死について|地歴公民|苦手解決Q&A|進研ゼミ高校講座
https://kou.benesse.co.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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