生き延びるから生きるへ・感謝が幸福を呼ぶ

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出典:Photo by mostafa meraji on Unsplash

近年、制度や法律が整備され、配慮されることが当たり前だと感じる障害の当事者やその家族も増えてきているように感じます。しかし、「配慮されること」が生きるための権利だという主張は本当に正しいのでしょうか?

私の子供の頃の障害者は学校や施設に行けるだけでありがたく、良いか悪いか別にして、ある意味「信頼関係」や「人の結びつき」が強かった時代と言えます。

昔は養護学校でも竹刀を持った先生がいて、(今なら完全に体罰ですが)今の40代は悪い事をしたら叩かれる事が当たり前の時代でした。親も学校を信頼して「しつけ」を先生に任せていた側面もあります。モンスターペアレントと呼ばれる人たちも当時は少なかった気がします。今は学校も選べる時代になり、先生の指導も苛烈なものは減ってきています。逆に学校側に対して過剰な要求をする「モンスターペアレント」が増えた印象です。

障害者の世界も同じで、今は当たり前に施設や学校に通え、当たり前に健常者と同じ事が出来る時代になりつつあります。しかしこの業界でも、残念ながら「モンスターペアレント」のような人たちがいます。

当事者が自らの意思が伝え難いと、親がモンスターペアレントになってしまうケースが多いです。それとは別に当事者の中にも、自らの症状とは一切関係無い理不尽な主張をするモンスタークレーマーもいます。

私はこういった人たちに会うたびたに「障害者の権利が守られる時代じゃなかったら、この人たちも違ったのかもしれない。時代、社会の進歩が逆に人を不幸にしているのでは?」と考えてしまいます。

気持ちの持ち方が少し違うだけで、昔に比べれば夢のような時代が来ても簡単に不幸へと変わってしまうのです。

人は人の支えがないと生きていけません。だから、どんな時代になっても感謝する気持を私は持ち続けたいと思っています。それを忘れた時点で心が貧しくなるような、そんな気がするからです。

地域の中の障害者

近年、障害が重くても受け入れてくれる施設が増えてきました。親が必死になって将来のために受け入れ先を探しているのをよく見ますが、果たして当事者にとって施設に入ることは幸せなのでしょうか?

受け入れ先が見つかれば=幸せだと考える親が昔より増えた気がします。今は多様な福祉サービスや医療のサービス、訪問系のサービスも充実し、在宅でも障害をカバーするための用具や、電動車椅子、リフト、住宅改修、昇降機、さらには特殊な電子機器なども支給され、昔より重度障害者の生き方の選択肢が増えました。意思練達が困難で、食事もトイレも介助が必要な重度障害者でも、施設へは行かずに地域の中で暮らすこともできるのです。

過保護な親はどうしても、究極の安全な暮らしは「誰にも会わず家から出ずに暮らすこと」と考えがちです。

でも、介助者の確保が難しいのが現状です。「安全で食事もトイレも不自由なく穏やかな毎日」で「特定の人たちだけに支えられて暮らす」ことが幸せなら、施設の方が正解でしょう。

しかし私が思うに、健常者も意思伝達が難しい障害者も、家族や友人に囲まれながら色んな人たちと関わり、社会の一員として暮らすことが幸せではないでしょうか?

福祉サービスも使い方や心の持ち方次第で、人を不幸にしてしまいます。介助や設備だけを見るのではなく、わが子が社会の一員として活躍できるかどうかという視点が大切だと思います。

宮村 孝博

宮村 孝博

1974年10月22日 誕生
1980年 城山養護学校小学部(現在城山特別支援学校)に入学(丁度その前年に、障害者の義務教育が開始)
1992年 城山養護学校高等部商業科卒業。と同時に、父が運営する関金型に就職。母の手を借りながら、部品加工のプログラムを作成。
2003年 父が亡くなり失業。母も足の難病に罹り、障害者二人暮らしが始まる。
2006年 「伝の心」と出会う。
2017年 「夢を叶える145」ライターデビュー 「チャレンジド145」プロデュース
趣味:囲碁、高校野球観戦
春と夏の甲子園の時期はテレビ観戦のため引き篭もり生活

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