ファシリテイテッド・コミュニケーションって大丈夫なの?

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Photo by Tom Claes on Unsplash

ファシリテイテッド・コミュニケーション(以下、FC)というものが世の中にはございます。これは重度障害者の中でも意志表出が難しい人の為に、意志表出を援助する「促進されたコミュニケーション」のことです。広義では最近国会で話題となった「あかさたな話法」も含まれるかもしれません。

ファシリテイト(Facilitate)には「容易にする」「円滑にする」といった意味があります。同じ語源を持つ言葉に、会議の場を円滑に進める「ファシリテーター」というものもあります。会議におけるファシリテーターは、中立的な立場で参加者の発言を促しながら結論を導き出していく役目を持っています。

FCは科学的な妥当性や正当性が立証されておらず、疑似科学に過ぎないとされています。言い換えれば、お仲間に「ゲーム脳」や「血液型性格診断」などが存在する学術の牢獄に繋がれた囚人です。将来“恩赦”を受ける可能性もゼロではありませんが、それにしてもFCに意思決定支援の未来を託していいものでしょうか。いくら調べても怪しい話ばかり出てくるのですが。

黙っていたい時はどうする?

似た言葉のファシリテーターは、「中立の立場」で「会議の結論を導き出す」のが役目と前に書きました。確かに結論のない会議は空しいだけので、結論が出るようファシリテーターが支援するのは当然のことです。FCに置き換えれば「意思の表出を導く」となる訳ですが、会議と介助では事情が変わります。

介助を受ける当事者はいつも何か伝えたいわけではなく、時には黙ってやり過ごしたい場面や特に意見が無い場合もある筈です。そういう時に意志表出を促進するのは、当事者の意思を却って無視することになってしまう訳ですね。加えて、「無回答」や「意思がないことの意思表示」をどうするかの課題もあります。

これは数ある懸念点の一つに過ぎず、過去には様々な指摘や突っ込みが為されていました。反論や反証をろくに用意できないまま、FCは疑似科学へとその身を落とした訳です。科学的かつ客観的な証拠も、証明するための実験をする方法が分からないので出せません。

逆の実験結果ならあります。モンティの実験では、介助者と当事者の両方が同じ情報を与えられているときだけ正解し、違う情報を与えると介助者の回答になってしまうという結果が出ていました。要するに当事者の意思表示には何の役にも立たないと示されたわけです。行動分析学の分野では早い時期から見限られているようで、国際行動分析学会では「信頼できない」「正当でない」「非倫理的である」と散々な評価を下しています。

世紀末論争

FCは1960~70年代の間に生まれたとされ、90年代にはその是非についてしばしば論争になっていました。FCに関する論文が多かったのも90年代辺りで、FCへの疑問(本人の気持ちが反映されているか等)が数多く噴出しました。先に挙げたモンティの実験や、後述する国際行動分析学会の声明文も1995年のものです。

FCへの擁護意見は以下のようなものがあります。
「既にFCの有効性を実証する研究がある。再現実験ができないのはやり方の問題。障害者の隠れた有能性を軽んじる前に自分の研究設計を疑うべき」
「FCによって虐待を告発できた人もおり、告発した6件のうち4件は証拠が認められた。根拠が無かったり証明できなかったりしたものもあるが、健常者だって同じだろう。疑うなら別の介助者をつけて確かめればいい」
「FCが有効に機能する人の割合は分からないが、経験則からほとんどの当事者にとって役立つ方法だと信じている。無論、誰にでも有効なわけではないが」
「FCは当事者が(指差しなどの)運動によって困難を克服するための支援。時間をかければ介助者なしにコミュニケーションをとれるようになるし、それは目標でもある」

対して、国際行動分析学会ではFCを正当でないものとする批判声明を出しました。まずFCについて「科学的な評価としては障害者のコミュニケーションレベルを高めることは全くない」「一見コミュニケーションに見えるものは介助者から発せられているが、介助者のほとんどにはその自覚が無い」「FCについての客観的で科学的な証拠は皆無」と断じています。

また、FCに頼ることの重大なリスクを6つ挙げています。
リスク1:自主性やプライバシーの確保、自己表現や自己決定、適切な教育や治療を受けるなど、障害者が持つ権利を侵害する。
リスク2:障害者の自立を妨げ、他者依存を進めてしまう。
リスク3:科学的に妥当性のある手段の使用を妨げ、人的ないし物的資源を無駄にする。
リスク4:実現可能性に乏しい期待を障害者へ抱いてしまう。(そして落胆・絶望する)
リスク5:客観的な検証もなく障害者へ様々な行動(治療、環境、人間関係といったことに関連する行動)をとってしまう。
リスク6:虐待や治療過誤となる間違った主張を広め、多くの障害者やその家族などに、苦悩や法的問題や経済的問題をもたらしてしまう。

要するに、意思決定を支援するどころか当事者の人権や市民権を脅かしかねないのです。極端に言えば、発言の責任を全て当事者に押し付けたまま介助者が好き勝手言ってしまえる状態なので、当たり前の懸念でしょう。療育や自立にとって何のプラスにならない点も大きいです。

一方で同学会は、手の補助や手がかりヒント、文字盤やキーボードなど、既存かつ正当性のある介助手段をFCと混同しないよう呼びかけています。FCはもはや、介助的コミュニケーションにおいて「一緒にされたくないモノ」という見解です。

「奇跡の詩人」問題

世紀が変わった頃、FCがテレビのドキュメンタリーとして取り上げられました。2002年にNHKで放送された「奇跡の詩人」です。これは重度障害者である11歳の少年がFCによって文学的才能を開花し、数多くの詩を発表して人々の心を動かすというドキュメンタリーなのですが、結局のところFCの失墜を決定づける要因となりました。

発語、書字、打鍵、いずれも出来ない少年のコミュニケーション手段は「特製の文字盤を指差す」ことで、少年の考えや意思は母親が代弁するということになっています。しかし実態は、少年の手や文字盤を母親が揺らしているようにしか見えない上に、「混沌とした…」など11歳の少年にしては飛躍しすぎた表現が頻出する有様でした。

極めつけは、少年がよそ見したり寝ていたりしてもなお母親が喋り続ける始末で、とても代弁と呼べる状態ではありません。あまりにも滅茶苦茶な内容から、「奇跡の詩人」は放送終了直後から批判が殺到したといわれています。

この番組によって、ただでさえ科学的根拠の薄いFCは完全に正当性を失い、疑似科学にまで落ちぶれました。NHK内部でも問題視されたのか、海外放映は取り止めとなりアーカイブ保存もされなかったそうです。

別視点

1998年、立命館大学の望月昭さんは、FCに関する論争を別視点から捉えた報告書を提出していました。報告書の中で望月さんは「(FCの)擁護派も否定派も『本人の能力証明』にのみ目を奪われている。障害者を類型化し、能力のありようで価値を嵩上げする擁護派。技術に任せた批判で、社会に対して障害者や介助者へのネガティブな印象を植え付けかねない否定派。どちらも下品である」と両成敗の態度を示しています。

モンティの実験についても、「検証実験自体に当事者本人の利益がない。どんな事実が発見されたにせよ、能力を否定することで権利を奪うことがあってはならない」「擁護派の反論は、コミュニケーションが成長しない当事者の切り捨てや、社会との交流を目指す本来の目的への否定に繋がる」と両者を牽制しました。

FC論争は発言を誰のものとするかという「オーサーシップ」を焦点としてきましたが、望月さんに言わせればそれは「本人の自己決定権の保障問題」として捉えられるべきもので、主題ではないそうです。たとえ「やらせ」であっても、当事者が同意できるのであれば「共同作業」の一つとして容認してもいい、寧ろ「能力があるなら主張する権利もある」という古い価値観は説得力を削いでしまうというのが彼のスタンスです。

望月さんは対案として「R選択肢」を提唱しています。R選択肢とは「どちらでもない」「無回答」といった、選択肢そのものをキャンセルする否定反応のことです。望まない選択肢を否定できるだけでなく、介助者の暴走も防ぐことが出来る期待があり、支援者が用意する選択肢だけを選び続けることへの予防にもなります。

FCについて肯定しようが否定しようが、個人の能力が権利の拡大に繋がるという能力主義から脱却しなければどのみちインクルージョンの理念に反するというのが望月さんの持論です。これは「奇跡の詩人」が放送されてからも変わらないと後に加筆されました。


参考サイト

ファシリテイテッド・コミュニケーションに関する声明(国際行動分析学会による批判)
http://www.oocities.org

ファシリテイテッド・コミュニケーションについての事実(ダグラス・ビクレンさんによる擁護意見)
https://www.oocities.org

FCに関する見解(望月昭さんによる提言)
http://www.psy.ritsumei.ac.jp

NHKドキュメンタリーに批判殺到…大問題になった『奇跡の詩人』とは?
https://www.excite.co.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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