合理的配慮を放棄した特例子会社、裁判で不利な和解を呑む

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「言われたことをしない」「約束を守らない」「自分の役目を投げ出す」そういうことを繰り返していては、一個人ならば間違いなく嫌われ避けられ遠ざけられます。しかし、組織となるとパワープレイで押し通してしまえるのですから、理不尽なものです。

ことし3月、ある企業が自分たちに不利な和解を呑みました。特例子会社という立場でありながら合理的配慮を投げ出し、自身に課せられた役目を放棄し続けていたのです。しかも多くの公的な支援事業を受けており、障害者雇用へのやる気をアピールしていました。

この和解に至るまで、多くの壁がありました。課せられた使命や結んだ約束について、理解しているのか怪しい被告会社側の態度もそのひとつですが、法廷において障害者が供述弱者であることもまた大きな壁として原告に立ちはだかってきました。

高次脳機能障害の原告

原告の女性は、13歳の頃に遭遇した事故の後遺症で高次脳機能障害となっていました。原告が言うには「事故で脳外傷を受け、脳の配線に不可逆的な損壊が出た」という状態で、事故から8年後に初めて高次脳機能障害の診断を受けたときは記憶障害・注意障害・遂行機能障害などが判明します。後になって、強迫性障害のほか腰が弱いことも明らかになりました。

被告である特例子会社に2008年入社した原告は、以下の配慮要綱をまとめていました。
◎指示は1度に2つまで
☆服装の自由を認める
◎指示する人間は1人にする
◎新しい仕事は1日に1つまで
・強迫性障害のためトイレに時間がかかることを了承する
◎1度に2つ以上の情報を入れない
◎いっぺんに指示をする場合は、手順を番号で伝える
・脳疲労を感じたら休憩する
☆原告の職場環境に関わる変化は、事前に連絡する

上5つが入社前に伝えて了承されたこと、下4つが入社後新たに求めたことです。この中でも☆で強調した部分、特に「服装の自由」が争点となりました。具体的には、スーツとブラウスと革靴を避ける配慮を求めており、靴は腰が弱いためにスニーカーなどの運動靴以外はドクターストップが出ているという理由でした。スーツやブラウスは襟や飾りがチャラチャラしていて集中力が削がれ、リハビリでも治らなかったからだそうです。

個人的に注目したいのは、9項目中5項目の◎で強調した部分です。「指示は1度に2つまで」「1度に2つ以上の情報を入れない」など内容が概ね被っており、一度に多くの指示を出さないよう念入りに求めていることが分かります。原告は1回1回丁寧にメモを取ることで記憶障害に対処していますが、これは指示側が1つ1つ丁寧に提示することによって初めて効果を発揮するようで、互いの歩み寄りが欠かせないわけです。

急に約束を破る被告

被告会社は障害者が働く特例子会社として、5年間は原告の求める配慮を受け容れてきました。ところが、2013年に経営陣を一新して担当者が変わると、これまでと違う強情な態度をとるようになります。中でも原告にとって一番の痛手となったのはスーツやブラウスの強要でした。

スーツやブラウスが着られないのは、チャラチャラした襟や飾りで集中力を削がれるからです。結果、原告の仕事パフォーマンスは半分以下に落ち込み、翌日になっても体調が戻らないほどのダメージを毎回受けさせられます。革靴もまた強要され、原告は革靴に見えるウォーキングシューズで妥協するのですが、それでも膝を痛めてしまいます。しかし被告会社は、医師の診断書を見せられるまで革靴を強要し続けました。

この調子で仕事が続く筈もなく、原告は2015年に入ってから長期休職をしていました。強迫性障害や気分障害が悪化しており、医師も診断書などで「職場復帰には症状への理解と配慮が必要」「努力が足りないのではなく、高次脳機能障害による柔軟性の欠如で行き詰っている」と説明するのですが、被告会社は「出来ないとか甘えるな。他の方法を考えろ」と一蹴。原告は2016年に退職しました。

障害者の雇い先でもある特例子会社が合理的配慮を投げ出すというのは、自分に課せられた役目を放棄するのと同じです。原告が入社してから5年間は出来ていた配慮を、「甘えるな」「特別扱いはしない」などとお決まりの台詞と共に打ち切らなければ、そもそも法廷闘争にはならなかった筈なのですが、どうして約束を破り配慮をやめる方針に至ったのでしょうか。経営陣の一新に伴う考えの変化があったのでしょうか。

加えて、被告会社は原告を自主退職に追い込もうとしていたとさえ言われています。原告を庇おうとすると社内での立場が悪くなるため、原告側の証人が社内から出ることはありませんでした。

被告会社は岐阜県内にあり、本社は愛知県名古屋市に存在します。そのためか、岐阜県と愛知県と名古屋市の3自治体から支援事業を受託していました。それぞれの公金で運営される障害者雇用支援事業を受け、障害者雇用に理解のある態度を示しながら、裏では障害者雇用の上でやるべきことをやらずにいたことになります。

一審は敗訴

原告は2019年から労働審判を始めており、3年以上に及ぶ長い闘争に身を投じることとなりました。2022年、遂に民事裁判の第一審が岐阜地裁で開かれましたが、判決は原告の訴えを全面的に退けるものでした。どちらも録音などの動かぬ証拠がない中で勝敗を分けたのは、どちらの供述が信用に足るかという俗な理由でした。

被告会社は「こちらは提案しただけなのに、向こうが強要と受け取った。なぜならば、高次脳機能障害には『解釈のズレ』があるからだ」「職場への復帰や環境の改善を拒否まではしていない」という認識で臨んでおり、判決はこれを盲目的に追認していました。どれほど盲目的だったかというと、被告側がリハビリテーションセンターに問い合わせたという供述が事実と食い違っているのに、問題としなかったくらいです。

一方、原告については供述の信憑性が認められませんでした。一般論として、目に見えない障害を持つ人がハラスメント被害を訴えても、被害妄想などで片付けられやすいものです。ゆえに、障害者は供述弱者の代表例とされ、それが記憶障害を持つとなれば尚更です。

判決文にはもう一つ、過剰な「スーツ信仰」がありました。「一般的にスーツは社会人としての機会や活動範囲を広げるもので、原告はそれを理解していない」としており、スーツを着られない原告にこそ問題があると言いたげな態度だったそうです。

被告会社の言い訳を鵜呑みにするような地裁判決ですが、「岐阜地裁GJ!これで前例が作られたら会社が次々と潰れていく」と称賛する声もありました。障害者絡みの裁判では「障害者は被害者面して、権利だ差別だうるさい」「障害者の要求を聞いていたら会社は立ち行かない」など、ネットで障害者アンチが息巻くことが多いです。そうした有象無象に怯むことなく、原告側は控訴審へ持ち込みました。

社会モデルを認める和解

名古屋高裁の第二審では、被告会社側が解決金200万円を払うという内容で和解が成立し、これをもって原告側の実質的な勝利となりました。和解調書では、厚労省の指針に従って配慮と環境改善に努める責任が被告会社にあることが書かれています。障害の社会モデルに則した内容であると評価した原告側弁護団は、これを「勝利和解」としました。

和解の決め手となったのは、原告が過去に使っていたガラケーを復元したことでした。ガラケーの中には証拠となるメールのやり取りが残っており、それが公開されてから一気に原告側へ有利に傾いたそうです。被告会社側に証拠面での大きな不利を巻き返す材料はなく、判決を待たずして自らの非を認め降参した格好となります。

これほど強力な証拠が第一審で出されなかったのは「間に合わなかったから」ですが、その間に合わなかった理由にも原告の高次脳機能障害が関わっています。一度に多くの指示が出来ない特性上、支援者や弁護士とのやり取りがどうしても長引いてしまい、ガラケーの復元が第一審までに間に合わなかったのです。退職から労働審判まで3年も空いていたのは、意思疎通に時間がかかったのも原因でした。

障害の社会モデルに沿った和解で、下手な判決よりも納得のいく結果を迎えました。しかし、「障害は個人の側にあり自己責任である」とする旧世代の個人モデルに則した地裁の判決は帳消しになりません。原告側のひとりは「即時その場でとった記録に基づく原告供述と、昔の記憶を手掛かりに組み立てる被告供述では、前者の方が根拠として信用に値する。しかし地裁は、原告に記憶障害があることを理由に信用がないと決めつけた」と批判しています。

今もなお、障害者が権利を主張すると「殺処分で」とネットで書き込まれるような冷たい現実があります。だからこそ、「障害とはそれを課す社会の側にある」とする社会モデルを推し進めねばなりません。控訴審の際、原告側はスーツ強制についてこう述べました。「ブラウスを着れないのが障害となるのは、それが事実上就労を制限する社会構造になっているからである。その制限(バリア)を解消するには、ブラウスを着なくてもよい環境を整備することだ」

簡易年表

2008年 原告、特例子会社である被告会社へ入社
2013年 被告会社の経営陣が交代し、これまでの合理的配慮が消失
2015年 原告が休職し、主治医を交えた話し合いがなされる
2016年 原告、被告会社を退社
2019年 労働審判を開始
2022年 岐阜地裁が原告の訴えを退ける
2023年 名古屋高裁で和解、障害の社会モデルに沿い原告側に寄った和解調書が出される


参考サイト

特例子会社と元従業員が和解 障害者の合理的配慮めぐる訴訟
https://news.yahoo.co.jp

やはり高かった、高次脳機能障害の人の供述の信用性と配慮違反実証のハードル
https://note.com

岐阜特例子会社裁判和解深掘り
https://note.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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