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暮らし2017.9.19

精神障害者への合理的配慮はズルいのか

精神障害者への合理的配慮はズルいのか

出典:https://www.photo-ac.com/


2016年4月に施行した障害者差別解消法により、障害のある方の権利として行政機関には法的義務、民間事業者には努力義務として、合理的配慮が義務付けられました。障害者である人にとって、配慮は必要不可欠なものです。しかし、最近、「合理的配慮はズルなのか」という記事において、健常者と障害者で「配慮」についての認識にズレがある事が見受けられました。本当に合理的配慮はズルいのでしょうか。

そもそも、合理的配慮とは何なのか



合理的配慮とは、障害者の方から何らかの助けを求める意思表明があった場合、相手側にとって過度な負担に成り過ぎない範囲で、障害者の方が障害のない方と平等に人権を享受し行使できる様に、一人ひとりの特徴に合わせて、場面に応じて発生する障害・困難さを取り除くための個別の調整や変更の事を言います。例えば、疲労や緊張が大きい人の為に、業務時間を調整する事も合理的配慮と言えます。


なぜ、ズルいと思ってしまうのか



筆者の意見になりますが、定型発達の方でも生きづらい社会というのが根本にあると思います。業務時間の調整が合理的配慮と書きました。しかし、障害が無い人にとっては、自分はこんなに頑張って疲れているが、業務時間の配慮を求めても、健常者にはそんな配慮がない。なんで障害のある人だけ楽できるんだ、と考えるかもしれません。

その様な人は障害者が健常者と同じ0の位置にいて、障害者がプラスに優遇されているという意識ではないでしょうか。両者が同じ位置からスタートというのが、そもそも間違いで、障害者の方にとっては、口頭指示が聞きとれないの様に「出来ない事がある」(マイナス)からスタートします。そのマイナスの位置から健常者の方がいる「0」に辿り着く為に必要なのが「配慮」なのです。まだ0にすら立てていないのです。


配慮を求める事は甘えなのか



私達はいつ障害者側の立場になってもおかしくありません。明日、交通事故に遭って身体障害になったり、うつになってもおかしくありません。「配慮は甘えだ」と断罪してしまう事は、将来のあなたの首を絞める事に繋がるかもしれません。

ですが、配慮を受けようとする障害者側も「私は出来ないのだから、配慮されるのは当然だ」という姿勢でいると、それは「甘え」となります。長い時間や手間をかけて企業は配慮の為の体制を整えます。体制が整っているのは当然でないのですから、それに感謝する気持ちは必要です。



私は去年まで、自分が発達障害である事を知りませんでした。ですので、自分の障害名である広汎性発達障害という障害や配慮という言葉も知りませんでした。もし、過去の自分が精神障害者に対する配慮を知っていたら、うつになれば配慮してもらって楽になれるかなと考えていたかもしれません。

ですが、自分が障害者という立場になり、また同じような失敗を繰り返すのではないかという不安があり、頑張るだけではなく配慮がある事は、働きたいという意欲に繋がりました。更に言えば、障害がない方にも精神障害者の様な配慮が当然に行われると、もっと働きやすい社会になるのではないでしょうか。


参考文献

ADHDへの合理的配慮=ズル?→いいえ、ADHD以外の人にも有益です。
https://togetter.com/

合理的配慮とは?考え方と具体例、障害者・事業者の権利・義務関係、合意形成プロセスについて
https://h-navi.jp/

ライタープロフィール
空見人
空見人

兵庫県出身、30代。昨年、広汎性発達障害が判明。自分の得手不得手を理解しないと同じ所で躓くと感じて、就労移行支援事業所に通所を始めました。趣味は空を見ながら歩く事と、スイーツの比較です。縁側で空を眺めながら、余生を過ごしたいと常々思う、老人系男子です。

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