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連載コラム2017.2.10

向き合い、障がい受容が人生を豊かにする(『発達障がい~神からの贈り物~』第3回)

向き合い、障がい受容が人生を豊かにする(『発達障がい~神からの贈り物~』第3回)
『発達障がい ~神からの贈り物~』 第3回 <毎月10日連載>

出典:https://www.pakutaso.com


皆さんこんにちは、寒い日が続きますね。発達障がいの人は体幹が弱いことが多いという統計があるそうですが、私自身は昨年より体幹トレーニングに打ち込み、冬欝だった過去が嘘のように感じる充実した冬を初めて満喫しています。40半ばになりこんな経験ができるとは夢にも思っていなかったので、驚きの毎日です。人生は新たな発見でどんどん豊かになるものですね。

発達障がいと体幹、および原始反射については機会があればお話したいと思いますが、興味のある方はネット等でググッて見てください。色々発見があると思います。


さて、前回のコラムでは自助会というものの必要性について述べました。実は私自身が生き辛さから脱し感謝を持って生活できだしたのは、私自身が自助会に参加する前でした。もちろん、自助会に参加しだし、さらに運営に携わることで、私の生活はどんどん充実され、更に多くの感謝に包まれるようになりましたが、自助会だけが解決の糸口ではないことをお伝えしたいと思います。

自助会は人によって意味合いが違って当然でそれを否定するつもりはありませんが、私自身が自助会の必要性を感じるのは、最も良い向き合いの場所であるからです。精神障害は心の中での迷いや苦しみから端を発しているものが殆どで、自分の感じ方や見え方が変わるだけで大きく改善されるものが少なくありません。身体障がいにおいても障がい自体の有無よりも、その感じ方が変わるだけで人生そのもの価値は変わります。車椅子生活になって初めて感じたことや、そこから見えてくる感謝や自分の存在価値などがその人なりに見つかることで人生が豊かになるでしょう。

では、何故向き合いが必要なのか?これまた人によって答が違って当然ですが、私自身は己の生命の肯定を得るためだと答えます。多くの自助会などでは自己肯定を深めるために自分のできることに目を向けるように勧めます。私もその人の受け入れ度に応じてそのように説明することが多いですが、究極的には己の生命の肯定こそが自己肯定の根本だと感じています。『〜できないと生きる意味がない』というような気持ちは自分の生命を否定しています。究極的に自分が何もしなくても良い、何もできなくても、毎日一所懸命生き続けることこそが己の生命の肯定です。人は立派になどなれません、だからといって生きる意味がないのではなく、立派でなくても一所懸命生きることに意味がある、それに気づくまで時間がかかるものです。言葉の理解が心の理解に落とせるには向き合いこそが最良で最短の道ではないでしょうか?私自身も10年の月日を必要としましたが、これを得たことで自分の人生が劇的に変わりました。

自分を肯定できない人間が他人を肯定できるわけがありません。他人を肯定できない人間が他人を信頼できません。他人を信頼できない人間が社会を不安に思わない訳はありません。全ては己の生命の自己肯定がないことに端を発します。肯定は感謝という言葉にも置き換えられるでしょう。自分に感謝できないものが他人に感謝できない、人に感謝できないものが社会から感謝されるわけはありません。

発達障がいの一つの特徴としてこだわりの強さがあげられますが、自己を肯定できないことへのこだわりの強さが生き辛さになっていることが多くあるように思います。定型発達者(健常者)はこのあたりのストレスのはかせかたがきっとうまいのでしょう。羨ましいと思う時もありますが、私自身はこの苦しみから真の感謝に出会えたことに発達障がいに誇りを感じます。

また、発達障がいの多くは社会で孤立してしまうために、多数派への異常なほどのあこがれを感じる人が多く存在します。人並みの収入、人並みの家庭、人並みの友人…、私自身もそうでしたが、そう思えばそう思うほどに人生は八方塞がりになりました。しかし、今は私にとって大切な収入、大切な家庭、大切な友人…、人並みには及びませんが、私にとってはかけがえのないものに包まれています。自分にとって大切なものに目を向けず他人目線の人並みというものにか見られなかった私には当然の仕打ちだったのでしょう。私はこの『人並みに〜』を欲しい欲しい廟と読んでいます。これは仏教で言う煩悩と全く同じものではないでしょうか?自分が欲しい欲しい廟になっていることに気づかない限りこの負の連鎖からは抜けられず、そのことに気づくには向き合いは重要な要素と言えます。

そしてこの向き合いは受け入れへの重要なファーストステップになります。先ほども述べた生命の肯定は、障がいがあってもなくても生きていても良い、という受け入れそのものです。障がい受容という言葉でもよく表されます。受け入れという言葉に否定的な考えを持つ人もいるかも知れませんが、受け入れはその人を否定するものではなく、完全な肯定です。そもそも完璧な人間などこの世には存在しません。他からは立派に見える人も裕福に見える人もその人なりの悩み苦しみがあり、心の闇は存在します。その闇と向き合い、自分を受け入れていくことで人生は前向きになり、心の豊かさを次第に感じていくことが可能となるでしょう。

私が担当する自助会で最も大切にしていることがこの向き合いです。他の自助会でも同じ思いで開いているところも多く存在すると思いますし、自助会だけでなく様々な場所で学ぶことが可能だと思います。認知行動療法や内観というものも近いように感じますし、哲学や心理学を学ぶことも向き合いに通じるものが広くあるように思います。

ぜひこの向き合いによってあなたの存在自身の肯定を手に入れてみてください。きっと世の中が違って見えることと思います。そのお手伝いができれば何よりです。


★公式ブログ『アスペ先生の独り言』:http://ameblo.jp/suzie-net
★動画配信『さかいハッタツチャンネル』:http://twitcasting.tv

ライタープロフィール
Kei スズキ
Kei スズキ

1969年大阪府泉大津市出身 高知大学農学部卒
ディレクター、スタジオ・ミュージシャン、道化師、学習塾経営など仕事は長続きしないながらも様々な分野に挑戦、一方で離婚を経験したことから10年の欝を経験。そののち2013年に発達障害の診断を受ける。現在はさかいハッタツ友の会の自助活動を中心に、自身の経験を活かし、発達障害者の生きがいや生き方についての啓発活動を行う。

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