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連載コラム2017.5.7

特別支援学校という居場所〜ロックロードvol.3

特別支援学校という居場所〜ロックロードvol.3
『ロックロード〜障害者として生きる』 vol.3  <毎月7日連載>

こんにちは、ロックです。第3回目のコラムでは、自分が通っていた、特別支援学校で自分が変われた事を書こうかなと思います。特別支援学校※とは、視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者、または病弱者(身体虚弱者を含む)に対して、幼稚園、小学校、中学校または高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上または生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的としています(学校教育法第72条)。
※参考引用:特別支援学校 - Wikipedia

自分は、中学時代にいじめられ、人と喋れなくなり、中学3年の頃学校の先生から障害認定を受けた方がいいのではと提案され、認定を受け、軽度知的障害になりました。障害の認定を受けた事は、当時あまり実感がありませんでした。ですが、中学を卒業する頃特別支援学校に進んだほうがいいんじゃないかと言われ、徐々に自分の障害に対し向き合うようになりました。自分は、その時もう人生がどうでもよくなり、とにかくこの中学校から逃げたいと強く思い、特別支援学校に進学する事を決めました。

自分が進学した特別支援学校は、千葉県の流山市にある千葉県立特別支援学校流山高等学園という主に知的障害者が通う学校に進学しました。

  • 流山高等学園の外観

流山高等学園は、当時は、1学年45名で、1クラス9名でした。流山高等学園での時間割は、7限まであり、毎日作業の時間が4限あり、残りの3限は勉強や体育の時間でした。流山では将来働いて、自立ができる様、勉強より作業や実習に力を入れていました。流山では、入学する時、学校で作業をする科とコースを選びます。まずは農業コースと園芸コースがある園芸技術科、次に木工コースと成型コースがある工業技術科、そして手芸コースと縫製コースがある生活技術科です。当時はこのコースでしたが、今では、流通サービスコースと福祉サービスコースがある福祉・流通サービス科があります。自分は、どのコースにするか相当迷いましたが直感で手芸コースを選びました。ちなみにこのコースは、1度選ぶと卒業するまで変えられません。

手芸コースでは、織り機を使って、コースターや、ティッシュケース等を作ったり、藍染で、糸や、Tシャツを染める事をしていました。最初の頃は織りや藍染が、とても難しかったのですが、先生や先輩の助けもあり無事に3年間諦めず作業を勤める事ができました。

  • 手芸コースの織り機がある部屋で、コースタ等を織っています。


  • 藍染がある部屋で、糸や、布をビー玉や割り箸等を使い染めています。


  • 吉野織りという物で、とても織るのに難しく完成するまで3日ほど掛ります。


自分は、流山に入学した時は、まだ人と喋れませんでした。ですが、入学してからまもなく、気軽にクラスメイトが話しかけてくれました。クラスメイトや同級生は、皆知的障害があり、常にニコニコして周りを癒してくれる人、授業中じっとしていられずにフラフラして隣のクラスに入っていくクラスメイトの友人、障害なんか気にせず自分の好きな事をとことんやり続ける人等1人ひとりすごい個性的で色々な人がいましたが、皆優しい心の持ち主で、自分の事を受け入れてくれました。自分が人と喋る様になったのは、クラスメイトや、同級生の存在がとても大きかったのですが、コースの先生や担任の先生存在も大変大きかったです。自分は、中学の頃はとても先生が嫌いで、今回の特別支援学校の先生も最初はすごく警戒していたのですが、1人ひとり優しく接している姿や、真剣に向き合っている姿が見え、警戒心が解けていき、先生方とも自分から喋れる様になっていきました。

担任の先生は、3年間変わらず同じクラスにいてくれて、自分の良いところ、悪いところをしっかり見ていて、良いところは褒めてもらい、悪いところは叱ってもらいました。自分にはこの感覚が新鮮でとても嬉しかった事を覚えています。自分が変われたのも担任の先生と出会えたのが大きいと思っています。担任の先生は自分が卒業してからも学校に訪問した時介護の学校へ行くことの相談等にのってくれたりと、今でも繋がりがあり、とても頼れる先生でした。しかし残念ながら担任の先生は、流山に11年間勤め今年の4月に他の特別支援学校へと転勤する事になってしまいました。流山に先生がいなくなるのは少し寂しいですが、他の学校へ行っても生徒1人ひとりと真剣に向き合って、生徒を導いている事と確信しています。

こうした流山高等学園のクラスメイト、同級生、先輩、後輩、先生と出会え、受け入れてもらえたから、喋れなかった自分が喋れ、障害にも向き合え前向きに生きようと思えるようになっていき自分が変わる事ができたのだと思います。

流山高等学園は今、校舎が1つ増え、生徒の人数も増え、ますますパワーアップしています。今年の2月には、「クエストカップ2017年」という全国の特別支援学校が集い、各企業から与えられた課題を1年かけて企画案にまとめ企業にプレゼンするという大会で見事流山高等学園の生徒が見事全国1位になりました。

http://alternas.jp

流山高等学園は自分にとって人生を変えた場所であり、今でもこの学校を卒業した事を誇らしく思います。今回のロックロードはここで終わりにします。最後まで読んで下さった全ての人に感謝です。ありがとうございました。

ライタープロフィール
ロック
ロック

中学時代にいじめを受け、人と喋れなくなり、軽度知的障害の認定を受ける。中学卒業後は、千葉県にある特別支援学校に通い、織りや藍染を3年間学んだ。特別支援学校卒業後は、千葉にあるビジネスホテルに障害者雇用で入社。約7年間勤めたのち、人に直接関わり役に立てる仕事がしたいと思い退社し、介護の専門学校に入学。学校生活の中で、医療福祉エンターテイメント集団NPO法人Ubdobeを知り、ボランティアスタッフとして携わる。

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