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連載コラム2017.8.7

葛藤〜ロックロードvol.4

葛藤〜ロックロードvol.4
『ロックロード〜障害者として生きる』 vol.4  <毎月7日連載>

こんにちは、ロックです。今回のコラムでは、自分が特別支援学校を卒業して、障害者雇用で就職し、働いたていた事や、働く中での葛藤を書きたいと思います。

自分は、特別支援学校を卒業した後、千葉県にあるビジネスホテルに就職しました。まずホテルで行った最初の仕事は、ホテル内の清掃業務でした。業務内容は、ホテル内を掃除機や、雑巾を使い、隅から隅まで掃除をする業務です。ホテルの清掃は、お客様が常にいる状態で、細かな部分も見られるので、清掃業務は大変でした。

清掃業務の職場の方達は、自分の他に主婦の女性が3名と若い女性1名で行っていました。自分は、入社した時、人事の方には、自分の障害の事を伝えてあるのですが、一緒に清掃業務をする人には、伝えていませんでした。職場の方達は、自分が障害をもっている事を知らないままでした。それから月日は流れ、清掃業務にも慣れ、職場の方達にも気に入って頂き、楽しく仕事をしていました。ですが、人事の方から、次のステップとして清掃から設備の仕事に入ってほしいとお話しがありました。自分はそれを受け、約2年間行って来た清掃から設備の仕事に移りました。

設備の業務は、ホテル内や外にある水道やボイラー、電気等のホテルの設備をチェックしたり、お客様がバスでホテルに到着した時のお出迎えや、荷物降ろしを行ったり、客室のメンテナンス等業務が多岐に渡る仕事でした。設備の職場の方達は、自分の他に3人いて年齢は、どの方も50〜60歳の方達でした。どの方も優しくて、様々な事を教えてもらい楽しく仕事をする事ができました。

設備の業務では、バスの運転手の方、業者の方、ホテルのフロントの方等多くの方と接する機会がありました。ある時、業者の方と仲良くなり、電気工事士の資格に興味が出てきて、資格を取りたいと思うようになりました。自分は、勉強があまりできず、取得することは、無理だろうと思っていましたが、資格を取得したい気持ちが強くなり、インターネットで資格の事を調べ挑戦することにしました。電気工事士は、実技試験と筆記試験があり、筆記試験が受からないと実技に進む事ができないシステムだったので、とりあえず参考書を買い勉強することにしました。最初は、読んでいても意味不明だったのですが、読み続けることで頭の中にイメージすることができ、わかるようになっていきました。そして筆記試験を受けたところ無事合格することができました。そして次の実技試験では、約5万円した材料を揃え、DVDを見ながら日々練習しました。実技もなんとか合格し、電気工事士の資格を取得することができました。電気工事士の取得は、自分にとって達成感が物凄くあり、自分でもチャレンジすればできるのだと自信も生まれました。

それから、設備の業務をこなしていくうちにボイラーにも興味が出てきてボイラー技士と、乙4種危険物取り扱い者も取得することができました。この設備の仕事で、自分は、チャレンジすることの大切さを学びました。

そしてまたある日人事から仕事が変わる話が来て、設備から客室清掃の方に行ってほしいとのお話しがあり、設備から客室清掃の方に移りました。

客室清掃の業務は、文字どおり客室を清掃する仕事ですが、自分の仕事は、清掃が終わった客室を点検する仕事を行いました。職場の方達は、リーダーの男性が1名、主婦の方達約20名の人数が多い職場でした。客室の仕事は、ホテルに泊まっている人数によって仕事の量や質が変わる変則的な仕事でした。リーダーや主婦の方達は、皆優しく接してくれて、気持ちよく仕事をすることができました。電気工事士の資格を活かして、客室の電気関係の修理ができた事も良かったです。客室清掃で大変だった事は、アメニティの数や、タオルの位置やシーツの向きを覚えて、全てクリアできているかをチェックする事が大変でした。一つでもクリアできていないとクレームに繋がるからです。

客室での仕事も慣れてきたころ、人事から、ホテル内にある中華レストランの食器洗いに移ってほしいとの話がきました。この中華レストランでの食器洗いが最後の職場となります。

食器洗い場での職場は、厨房と一体になっているので、料理人の男性5名、食器洗いの女性2名と自分で働いていました。食器洗いの職場もお店の混雑状況により働く時間が長かったり、短かったりと不規則な状況で働いていましたが、中華の職場の方達も皆いい人で、楽しく仕事することができました。

ホテルで働いて5年が経った時、自分は、将来の事や自分自身の障害の事について悩んでいました。ホテルの仕事は、人に恵まれたおかげで長く続くことができましたが、何度も変わる職場や、不規則な労働環境や給料について考えるようになり、将来のことについてとても不安を抱いていました。それと自身の障害についてホテルで働いていた時は、人事の人以外自分の口から障害を持っていることを伝える事はできませんでした。これは、自分自身が人から見られた時、障害を持っているとは、思われなかったからです。自分が持っている知的障害は、中の障害なので、外から見ると、普通の人となんら変わらないのです。自分は、障害をもっている事に対し、人に気付かれないのは、良い事なのか悪い事なのか、ホテルで働いていた時に結構考えていました。自分の口から言わない限り気づくことはないのですが、本当にそれでいいのかとなんとも言えないもやもやに苦しんでいました。上手く言えないですが、ずっと葛藤していました。

ホテルに勤め約7年、介護の専門学校に行く事を決意し、人事の人に、障害を持っている事に対し苦しんでいた事、介護の専門学校に行く事にしたこと、これまで働かせてもらえた事に感謝している事を伝えたところ、人事の人は、涙を流し、応援してくれました。そのことは、今でも鮮明に覚えています。そしてホテル勤務最後の日、職場の方が送別会を開いてくださり、自分は、この時初めて自分の口から自身が障害を持っていること伝えました。伝えるまで、すごい緊張しましたが、伝えた後、職場の方は、「ロックはロックだよ」と言ってくれたことが凄く嬉しかったです。

自分で障害の事を伝えた後は、何かスッキリした気持ちになりました。これまで障害は、人に言うものではないと思っていました。しかし、自分にとって障害はずっとあるものだし、障害をもって歩んだ人生は消せないもの。これからは、障害をもっていても前を見続けて生きていこうとこの時決意したのでした。

ライタープロフィール
ロック
ロック

中学時代にいじめを受け、人と喋れなくなり、軽度知的障害の認定を受ける。中学卒業後は、千葉県にある特別支援学校に通い、織りや藍染を3年間学んだ。特別支援学校卒業後は、千葉にあるビジネスホテルに障害者雇用で入社。約7年間勤めたのち、人に直接関わり役に立てる仕事がしたいと思い退社し、介護の専門学校に入学。学校生活の中で、医療福祉エンターテイメント集団NPO法人Ubdobeを知り、ボランティアスタッフとして携わる。

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