「コミュ障」と軽くいわないで
暮らし出典:Photo by Felix Rostig on Unsplash
「オレ、コミュ障だからなあ」「陰キャコミュ障なのでコンパとか地獄」など、ネット空間で頻繁に飛び交う「コミュ障」ということば。
ここ数年、少し話が苦手だったり、会話で口ごもりがちになると、みんなすぐに「コミュ障」といい過ぎなのでは?と疑問に思うことがあります。
もっとも、中には本人の思っている以上に深刻なレベルの「コミュ障」の方もいらっしゃるのですが……
周囲からコミュニケーション力を心配されるレベルの「コミュ障」
今や猫も杓子も多用する「コミュ障」ことコミュニケーション障害ですが、実は「コミュ障」には医学的に診断基準がある疾患として、分類されているものがあることをご存じでしょうか?
最初に少し触れた、ネットスラングとしての「コミュ障」には、いくつかの特徴があります。
特徴の例として「人見知りでまともに話せない」「会話が続かない、キャッチボールがなりたっていない」「距離感を詰めすぎて相手から引かれる」「ネガティブなことをいわれるとすぐ怒る」などがあります。
こうした「コミュ障」と自称する人の多くは、少し人見知りであったり、あがり症傾向であったり、少しばかり自分に自信が持てていないだけだったりします。
しかし「コミュ障」が生活に多大な影響をおよぼすレベルである場合、話は変わってきます。
私生活でも職場でも人間関係を構築できず、社会生活がうまくいっていない人は、自己肯定感が下がり、精神疾患を抱えやすくなります。それが元で退職にいたったり、ひきこもりになることも少なくありません。
そうした人々の中には、DSM-5という診断基準で「コミュニケーション症群/コミュニケーション障害群」に該当するレベルに達しているために、生きづらくなっている人もいるのです。
医学的に診断される「コミュ障」とは?(1)
医学的な意味での「コミュニケーション障害」には、主に次のような症状があります。
1、正しい言葉の使い方が困難
2、相手の話をうまくくみ取れず、言葉をうまく返せない
3、言葉を流暢に話すことが困難
4、他の人との円滑な会話が困難
しかし「コミュニケーション障害」といっても症状には個人差がありますし、発症した背景や要因もさまざまです。
さらに「自分で強くコミュニケーションがうまくいっていないと感じる場合」と「他人からコミュニケーションがうまくいっていないと心配される場合」では、また事情が変わってきます。
もしも、自分自身「コミュニケーションが上手くいかない」と強く感じている場合は「社会不安障害」であるかも知れません。
社会不安障害とは、強い対人面の不安が持続する障害であり、その中にはコミュニケーションへの不安も含まれます。
背景には不安を強く感じやすい生まれながらの性格や、自己肯定感の低さがあります。そして、過去に会話で嫌な経験をしたことがあると、会話そのものにいっそう不安を持ってしまうのです。
この場合は軽めの会話で体を慣らし「小さい成功体験」を重ねることで、徐々に自信をつけていくこともできますし、人によっては抗うつ薬の服用により、不安が改善する場合もあります。
会話に対する不安がストレスに感じたり、気持ちが滅入るほど辛いときは、心療内科へ一度相談してみて下さい。
医学的に診断される「コミュ障」とは?(2)
さて、もうひとつの「周囲からコミュニケーションが上手くいっていないと心配される」というケース。これはいったい、どのようなものなのでしょうか。いくつか例を挙げてみました。
1、こだわりが強い物事について、はなし過ぎてしまう(時には相手の話をさえぎってまではなし続ける)
2、カッとなると、衝動的に相手が傷つくことを言ってしまう
3、思ったことをそのまま口にして、相手を怒らせたり悲しませたりする
4、不適切な表現を使う
5、会話に協力的ではない
6、文脈との関連付けに失敗している
このような項目の裏には、ADHDの「衝動性が高い」「多弁になりやすい」、ASDの「こだわりが強い」「言葉の裏を読めない」「相手の気持ちを察せない」という障害特性が隠れていることがあります。
これは発達障害と診断された人だけではなく、グレーゾーンであっても、コミュニケーションに上記のような特徴が現れることも少なくありません。
項目のうち1、2、3については「発達障害あるある」の典型例のようなもので、何となく想像しやすいかと思います。
しかし4、5、6については、ピンとこない人が多いかと思います。実は私も、最初はどういうことなのかよく分かりませんでした。
次の章からはそこを深堀りしていきましょう。具体的な例は、自閉症のコミュニケーション障害について長年研究・実践をしてきた大井学氏の著した「子どもの『コミュ障』 発達障害のもうひとつの顔」から見ていきます。
たくさんの人が亡くなって「感動」?不適切な表現が嫌悪感や身の危険を呼ぶ
ではここからは、大井学著「子どもの『コミュ障』 発達障害のもうひとつの顔」から具体的なコミュニケーション障害について見ていきます。
「津波でたくさんの人が亡くなったのを知って僕は感動しました」
これは東日本大震災について調べるという学習があったとき、あるASDの少年が実際に書いた言葉です。
その後彼は「こんなことを書くなんてひどい」と、周囲の児童たちから責められることになりました。
文章を見ただけだと「彼はサイコパスなのか?」と驚いてしまいそうですが、これこそが「不適切な表現」の現れなのです。
ここで大事なことは、彼は字義通り多くの犠牲者が出たことに感動したのではなく、「感動して泣く」と「悲しくて泣く」の違いが分からないまま「感動」という表現を選択してしまったことにあります。彼は周囲の児童から責められたことで「この文脈で『感動』を使うのはよくない」と気付きました。
しかし「コミュニケーション障害を持つ人が、会話で不適切な言葉を選ぶことがある」と周囲が知らなかったり、本人が「自分の語彙の選択は正しい」と思いこんだままだと、お互いに嫌悪感を持ちかねません。
この例は、名付けるならば「嫌悪感を呼ぶ不適切な表現」となるのでしょうか。不適切な表現としてもうひとつ、小学生男子同士のふざけあいで起きた事案を見てみましょう。
別の児童の事例です。子ども同士がふざけあっている時に、ついエスカレートして軽く背中を押すつもりが、強く押してしまうというのはよくあることでしょう。強く押された方が、ふざけあいをやめたい場合は「もうやめて」と、相手に制止を求めますよね。
ところがこの事案、しつこく絡んでくる相手に対し、ASDの少年は「あんた誰?」といったのです。相手の少年は挑発されたと思ったのか、このあと大喧嘩になってしまいました。
その後両者が落ち着いてから話を聞くと、ASDの少年は「『あんた誰?』と言えば、相手が絡むのをやめてくれると思った」と話しました。
彼は以前読んだコミックで「あんた誰?」と登場人物がいってから喧嘩が中断した場面を見て「『あんた誰?』と言えば、喧嘩を止められるんだ」と思いこんだのです。
この例を名づけるなら「危険を招く不適切な表現」でしょうか。不適切な表現は相手を不愉快にすることだけでなく、自分を守れないこともあると、知っておく必要があるでしょう。
ちなみにこの少年、同級生との喧嘩で明らかに劣勢なのに「今日はこのくらいにしておいてやる」といったこともありました。
吉本新喜劇を見て育った私としては「相手のツッコミ待ちかな?」と思いましたが、彼は真剣に「これで喧嘩を止められる」と思っていたのです。
会話に協力的でないとこんなことに……
基本的に、会話というものは2人以上の人間でやりとりをするものです。 特に2人での会話のとき、どちらかが明らかに話を聞く気がないように見えたり、あるいは急に目的がわからない話を始めてしまうと、もうひとりは戸惑ったり、悲しくなりますよね。
それでは実際の例を見てみましょう。
あるとき、子ども同士の会話の途中で、学習障害の少年が突然「おいしいんだよ」といい出しました。
話相手は何のことか分からず、聞き返したところ「だから僕はA幼稚園だっていってるでしょ」と、もっとよくわからない返事が帰ってきたそうです。
実は「おいしいんだよ」と突然はなし始めた少年は、普段からいきなり自分のいいたい部分を話しはじめるため、相手を戸惑わせることが多かったのです。
これは非常に極端なケースですが、無意識のうちに会話の中の目的語を省略してしまうこと、全くないとはいい切れませんよね。
例えば、会社で同僚と「この間頼んだ『あれ』どうなりました?」「あぁ『あれ』なら昨日に『あれ』しましたよ」と、目的語をはっきりさせずに会話をするような経験、したことはありませんか?
この場合2人の「この間」と「あれ」の内容が一致していればよいのですが、そうでなければ大変なことになる可能性があります。
「この間」ひとつ取ってみても、1週間前が「この間」なのか、それとも3日前がそうなのか、人によって違うと思いませんか。会話において目的語をはっきりさせることは、おたがいのためにとても大事なのです。
会話に協力的でないもうひとつの例を紹介します。ASDの少年はテレビを見ながら勉強をしていたのですが、ある単語の意味が分からなかったので、母親に聞くことにしました。
母親は説明し始めましたが、少年がテレビに釘付けなので「聞いてないでしょ、テレビ見たいんでしょ」と途中で説明をやめました。
少年は母親が説明を止めたので「うん?」と続きをうながしたつもりが、「だって、話を聞いてないじゃない」と言われたことに腹を立て「聞いとるわ!」と大声を出してしまったのです。
ASDの児童には、聞き手として誠実でない態度をとってしまい、そこから相手に誤解されるということも起こります。
少年の母親は医師から「率直に、相手の目を見てはなしを聞くよう、少年に求めて欲しい」とアドバイスを受け、早速実行することにしたそうです。
質問に対する答えがちぐはぐ?文脈との関連付けはとても大切
会話というものは、おたがいの協力なしには成り立たないことをお話しして来ましたが、相手の聞きたいことに対してズレた答えを返すことが多いと「この人は話をちゃんと聞いているのだろうか」と心配される可能性があります。
それでは、会話における文脈との関連付けがうまくいっていない例を見てみましょう。これは、ASDの少年が風邪で学校を休んだ翌日に担任の先生と話をしたときのことです。
先生は風邪の具合はどうか確認してから「今日はいつもと同じようにできた?」と少年に聞くと、少年は「今日は音楽の授業で、アコーディオンの音が出なかった」と答えました。
先生は、少年が今日の授業を風邪のためにいつもどおりできたのかを気にかけているのですが、少年は風邪とは関係ない、音楽の授業での困りごとを話しています。
おそらく、体調よりも楽器をうまく演奏できなかったことの方が、彼にとっては気がかりなのでしょう。
先生はその後「アコーディオンできるようになった?」と少年の話につき合い「できるようになったけど疲れた」と少年が答えると「しんどいよね、風邪治ったばっかりだもん」と風邪の話に誘導することにしました。
さて、今度はもう少し小さな子どものケースをお話ししましょう。ある4歳の知的障害を伴うASDの幼児は、かかりつけのクリニックで療育を受けています。
ある日、療育の担当者が「このクリニックで好きなものは何?」と聞くと、幼児は「トミカ」と答えました。ところが「じゃあ、嫌いなものは?」とたずねられると「鉄棒」と答えたのです。実は、このクリニックの中や周辺には、鉄棒はありません。
そこで担当者は「『このクリニックで』嫌いなものはなに?」と改めて質問しました。質問しなおしたのは、この幼児にとっては「嫌いなもの」が「クリニックにあるもの」と紐づいていないことに気づいたからです。
連続性のある発話の関連を見つけるのは「橋渡し推論」と呼ばれています。
今回の質問には連続性はないのですが、ひとつめの質問とふたつめの質問に関連性があることをつかむために、橋渡し推論に近い考え方をする必要がありました。
担当者が言葉にしなかった部分をおぎなうために改めて質問したことは、この幼児にとっては重要な支援だったのです。
コミュ障とうまくつき合っていくための「社会技能訓練」
幼少期に発達障害があると診断された場合は、療育を受けることをすすめられます。その「療育」の中で円滑なコミュニケーションをおこなえるよう訓練しまいます。
しかし、成人後に発達障害の診断を受け、さらにコミュニケーションに困難があるときは、どうすればよいのでしょうか。
近年、成人してから「自分は発達障害かもしれない」と受診する人が増えたことにより、多くの精神科や心療内科が発達障害の専門外来をもうけています。
そしてそのような外来では、社会生活技能訓練(ソーシャル・スキルズ・トレーニング、通称SST)をグループワークあるいはマンツーマンのレッスンのような形で提供していることが多いのです。
また、病院だけでなく、就労移行支援事業所や就労継続支援事業所などでも、おこなっていることもあります。
SSTは認知行動療法にもとづく精神科リハビリテーションのひとつで、人間の学習理論にもとづいた、理論的背景があります。
なかでも就労移行支援事業所でよく行われているSSTの内容は、ビジネスの場でのコミュニケーションに特化しています。
職場でのコミュニケーションが、ソーシャルスキルの不足により上手くいかず、精神的に追いつめられて休職、最悪の場合は退職につながることがあります。
これは一番最初の章でも触れていますが、逆に言うと職場でのコミュニケーションがうまくいっていると、休職や退職のリスクが下がるとも考えられます。そのため、就労移行支援でのSSTはビジネスでのコミュニケーションを重視するのです。
「同僚や上司に質問する仕方」「ほかの人に仕事などをお願いする仕方」「残業などの依頼を断る方法」「質問に的確に答える方法」などを主にロールプレイなどの実践を通して学ぶことになります。
そのほかにも「基本的な挨拶」「人との空間的な距離の取り方」「会話でうまく間をとる方法」「他人のペースにあわせる方法」などがSSTの研修内容に含まれていることがあります。
ここで「自分も人からコミュニケーションについて指摘を良く受けるけど、コミュニケーションスキルを身に着けるにはSSTしかないのか」という疑問があるかたもいるでしょう。
そこで、最後に自分でも実践できるコミュニケーションの工夫をご紹介したいと思います。
今日からでもできる!コミュニケーションの3つの工夫
1、聞き役に徹する
自分から話題を考えることが苦手であったり、しゃべり過ぎる傾向があると自覚している場合は、一旦聞き役に徹してみることをおすすめします。
聞き上手であることはコミュニケーションにとって不可欠ですし「この人は自分の話をよくきいてくれる」と、好感をもたれやすくなるのです。
聞き役に回って、話しに相槌をうったり「そうなんだ」など共感する言葉を、時々はさむように意識してみましょう。
2、避けた方がよい話題を知る
会社内で自分から話すのを避けた方がよいのは、主に政治の話題、宗教の話題、収入の話題、他人の外見(特に体型)、年齢、学歴、プライベート(特に恋愛、結婚、出産)などへの言及です。
実は最近のアメリカでは、他人の体型はもちろん目や髪などの色についても、自分には好ましく思えても「当人にとってはコンプレックスかも知れない」と、触れなくなっていることはご存じですか?
外見への言及というのは、それほどまでに危険をはらんでいるのです。また、恋愛や出産の話題では話の内容によってはセクハラになる可能性がありますので、注意しましょう。
スポーツの話題についても、当たり障りのないレベルなら話してもよいと思いますが、特定のチームや選手への過剰な賛美・批判などはやめておいた方が無難です。
3、無難な会話のヴァリエーションを持つ
年配の女性が「奥さん、今日はえらく暑いわねえ」「本当に。最近は急に雨も降ってくるし、嫌になるわ」とおしゃべりしているのを聞いたことがある人は多いと思います。
「こんな会話に何の意味があるのだろう」と思う人もいるかも知れません。しかし、天気や気候にまつわる話は、個人的には一番無難な話題だと思っています。
これはビジネスだけでなく、プライベートでも有効です。初対面で何を話していいか分からない相手にも、とりあえず天気や気候の話をしておけば間が持ちますよね。
気候の話から「ここ数日寒暖差が凄いけど、体調はどうですか?」「それが、自分は大丈夫だけど家族が風邪をひいてしまって」など、さらに無難に話を広げることも可能です。
休日に旅行や遊びに行った先の話をしたり、イベントに参加した話も無難な話題としておすすめです。もしかすると「私もいってみたいな」「僕も彼女と一緒にいこうかな」と話が広がるかも知れません。
そのほか「その服可愛いね、どこで買ったの?」「もしかして髪切った?いきつけの美容院とかある?」など、相手を見てわかる情報から話を広げる、女性ならではのコミュニケーションは万人におすすめしたいですね。
このような当たりさわりのない話を、上手にできるようになっておくと、後々困りません。当たりさわりのないところから少しずつ関係性を深めていくためにも、こうしたテクニックを軽視してはいけないのです。
実際の事例でもあったように、コミュニケーションは自分の好感度を上げてくれることもあれば、相手を不快にさせたり、場合によっては傷つけることもあります。ときには自分が傷つくこともあります。
そこを念頭に置いたうえで「コミュ障だから仕方ない」と開き直らず、かといって「絶対に相手を傷つけてはならない!」と気負い過ぎず、相手の肩を借りるくらいの気持ちでいきましょう。
参考文献
大井学著 子どもの「コミュ障」発達障害のもう一つの顔 金子書房
参考サイト
【コミュニケーション障害】
https://osakamental.com
【橋渡し推論(はしわたしすいろん)】
https://www.kanjifumi.jp/
【社会生活技能訓練(SST)】
https://funabashikita-hp.jp
【ソーシャルスキルトレーニングとトレーニングを受ける方法について解説】
https://www.atgp.jp
【会話ネタおすすめ10選と避けた方が良いNGネタ5選を紹介!】
https://www.shanti-ok.com