映画「旅立つ息子へ」&「LITALICO発達ナビ」オンライン合同イベントレポート④~無意識な母親前提思考
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映画「旅立つ息子へ」の上映に先がけて「LITALICO発達ナビ」がオンラインでのトークイベントを開催しました。リモート通話による3人のトークが生配信され、映画に関連したアンケートの結果を解説しながらそれぞれの意見が表明されています。
最後は保護者のキャリアについてです。子育てと出世(キャリアアップ)の両立は難しく、子が障害を持っていれば尚更です。
出席者(敬称略)
牟田暁子(LITALICO発達ナビ編集長)
橋謙太(ファザーリング・ジャパン)
田中康雄(北海道大学名誉教授・児童精神科医)
両親のジェンダーギャップ
牟田「映画の中で、父親は売れっ子デザイナーというキャリアを捨てて息子に全てを捧げる決断をしました。そこで、保護者のキャリアについてもアンケートを取りました。形態を問わず働いているのは65%で、およそ3人に2人が働いているという結果です。悩みとしては主に『キャリアアップと子育ての両立が難しい』『仕事を重視すると子育てが疎かになる』が挙がりました。ひとり親となると更に難しく、社会的支援も求められています。障害を持つ子と仕事のキャリアを両立するにあたって、課題など感じていることはございますか」
橋「映画では父親が仕事を辞めて母親が働いていますが、現実の日本はジェンダーギャップ指数が121位と極めて悪いんですよ。障害者を抱えるのも一つですが、女性の社会的地位が低いのも大きな原因ではありますね。ここを直さないと他につながってこない。まず女性の社会的地位を上げていけば、他をよくする余裕も生まれてきます。目の前で改善すべきことはあるでしょうか。今回のアンケート、父親の回答が数%しかありませんでした。少なくとも3割は父親の回答が欲しかったですね。父親と母親がいて、それでも常に母親なんですよ。娘を福祉施設へ連れて行くとき呼ばれるのはいつも妻で、私はマイノリティなのかとナーバスにもなります。そういうモヤっとする固定観念は、父親がもっと入ってくればマシになると思います」
日本では、父親が前面に出るケースは稀で、多くの相談機関や支援機関もまた保護者として想定するのは母親(その次が祖母)です。いにしえの価値観が父親を相談機関から遠ざけ、母親前提の思考を醸成してきたという感じでしょう。
物言えぬ父親
牟田「我々には障害は社会の側にあるという考えがあり、社会の側を変えていくという理念を持っています。障害者に限らず働いての社会参加がしにくい構造を改善していけば、どんな人にっても働きやすい社会になり、子育て負担の軽減や障害者就労の改善にも繋がっていきます。障害者とその家族だけでない視点で見なくてはいけないのかなと思いました。田中先生はどのようにお考えでしょうか」
田中「まさしくそうなんだなと痛感している所です。これをどうすればいいのかは、今仰ったように世の中の価値観や我々一人ひとりの考え方を変えていかなければ難しいことです。会社の考え方と合理的配慮の兼ね合いといいますか、真剣な所はございますが希少です。ひとり親世帯では両立を強いられて生活が立ち行かない、本当に深刻な問題ではないかと思います。多くのアンケートでは、子育てがある程度落ち着くまでは現状で頑張るしかないという答えも多かったですし、一言で簡単に表せるものではありません。母親に対する位置づけがそうなんだろうという根深い所でもありますし、私自身もある意味作られたイメージを抱いているので、あれこれ口出しはしづらいです。一方、橋さんが『父親が少ない』と仰ったように、憤りを感じるのはまさしくその通りだと思います。親の会に出た時、ある父親が『子育てについて自分も言いたいことや考えていることはある。けれど、子どもと長く接している妻に対して口出しするのは、努力を否定するような気がして何も言えなかった』と言っていました。妻を慮るあまり、却って何も言わず出しゃばらない夫はいます。この国の男性社会が仕事中心で育休も与えない所にも問題があるのではないかと感じています」
子育てに協力しない父親像としてよく想像されるのが、全て母親に放り投げるネグレクトです。しかし現実はそういった一枚岩ではなく、気遣いや恐れなどから口出し出来ないでいる父親もいます。育休も与えない社会構造が原因の一端と語られていますが、家庭によっては母親が強すぎるという問題もあるでしょう。
トークは締め
配信時間も残り5分を切り、トークは各自が締めの一言を述べる段階となりました。
牟田「お子さんの障害の有無に関わらず、男女間でフィルターと言うか課題があるのではないかという問題提起ですね。今後のことを考えますと、本当はあるけども見て見ぬふりをしてきたフィルターだとか壁だとか制度の欠陥といったものに、もっと敏感になっていかねばならないと改めて感じました。私どもでは男性の育休は当たり前で、現に育休を取っている男性の部下がいます。どの会社でも『子ども生まれるの?育休取るよね?』という会話が当たり前になって、キャリアを上げるか蹴るかの取捨選択がなくなればいいなと思いました。元々、共働きの家庭も増えていますし、PTA活動に父親が参加するのも珍しくないですし、時代は確かに変わっていますので、両親それぞれ得意な事を活かして補い合えるといいですね。橋さんは、今後どういった社会になればいいのか等を最後に教えていただけますか」
橋「田中先生の仰ったように、父親がアドバイスすると母親が怒るのはよくある話ですけども、ちゃんと解決策はありまして、答えを言わず同調すればいいんです。まず相槌を打って聞いてください。それはそれとして、大袈裟な話をすると、男女差別も障害者差別も人種差別も、全て地続きで繋がっています。例えば、障害者のケアに携わる人が父親の存在を見ない(無意識な)男女差別があります。誰にでもどこかバイアスはあるので、常に自分の差別意識を振り返っていくことが、目の前の子どもが過ごしやすい社会へ繋がっていくのではないでしょうか。全て自分の子どもへ繋がっていくという意識を持つのが大切です。大体の母親は『自分がやらなくては』というバイアスを持っていますが、父親も出来ます。最初は出来ないかもしれませんが、誰だってそうです。出来るようになります。互いに忙しいかもしれませんが、親の余裕は子どもに連鎖します。家族皆が支え合っていけば家庭は円満になるかなと思っています」
牟田「加えるなら、もっと社会資源を活用して欲しいですね。『家で見たほうがいい』『親が見たほうがいい』といって遠慮する方も多いですが、活用できる人はそうしています。ぜひ社会資源を活用して欲しいですし、活用できる社会になって欲しいなと思います」
田中「ちょうど今似たことを考えていたんですけども、映画の中でいいなと思ったのは、息子が父親を父親たらしめるというか、父親の役割を担わせて、それで父親が生かされていて、しかし親離れしなくてはならないという場面があって、『貴方は貴方として生きていい』というメッセージがあるので、そういった何か、旅立つ息子を見送るだけでなく父親も旅立つ面もあるような気がしました。育ち合ってきた親子がどういった形で発展していくのか垣間見える所があります。今苦労されていたり出口が見えなかったりする方が見て頂くと、なんかこう、そういうことかと思える境地に至ればいいなと考えていました」
牟田「そうですね、息子さんも父親の期待に応えたいという思いで一緒に暮らしているというのは観てもらえれば分かるかなと思いますので、そこも実際に映画を観て感じて頂ければなと思います」
自閉症スペクトラム障害(ASD)