AIスーツケースが視覚障害者の移動に革命を起こす〜日本科学未来館の高木副館長にインタビューしました

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2022年7月に「Mirai can FES -ミライキャンフェス- ~あなたと未来をつくる 3 日間~」を開催した日本科学未来館。今回は高木啓伸副館長にインタビューする機会を頂きました。

インタビューの主軸となるのは、フェスで展示し、体験会も開催したコンテンツの一つ「AIスーツケース」についてです。最先端技術を詰め込んだ、視覚障害者向けのツールなのですが、社会実装へは多くの難題が横たわっていました。

AIスーツケースについて

「AIスーツケースは、未来館の館長で、IBMフェローの浅川智恵子のアイデアで開発が始められたものです。浅川は小学生の頃のけががもとで、中学生の時に失明しました。視覚障害者である彼女にとって課題のひとつは『移動』だそうです。視覚障害者は一人で出かけるのが極めて不便で、白杖や盲導犬を利用する場合でも、あらかじめ行きたい場所への移動を練習することが一般的です。このAIスーツケースは、一人で街の中を思いのままに移動する、そんな自由をサポートすることを目指したツールです」
「出張の多かった浅川は、右手に白杖、左手にスーツケースを持って空港を歩いていた時にスーツケースを自分の体の前にして 歩くと先に障害物に当たったり、段差があれば先に落ちたりして、白杖の代わりになることに気づいたそうです。そこで、スーツケースにAIやモーターを搭載すれば、自立的な移動をサポートしてくれるのではないかと思いつきました」
「また、街に自然に溶け込めるのも大きなポイントです。視覚障害者は白杖などでどうしても目立ってしまい、言わば『目立たない自由』がない状態と言えます。AIスーツケースは市販品を改造したものなので、そうしたニーズも叶えられます」
「2017年ごろから、浅川が客員教授を務める米国カーネギーメロン大学で開発が始まり、2019年には日本IBMなど5社で『一般社団法人 次世代移動支援開発コンソーシアム』を立ち上げ、本格的な開発が進められてきました。2021年には、未来館もこのコンソーシアムに参画しています。長らく大規模な体験会を実施することはできませんでしたが、今回のフェスでようやく開催することができた訳です。様々な年代ののべ25人の視覚障害者がお越しになり、好評を頂きました」
「体験会では未来館の中を移動し幾つかの展示を巡るだけでなく、展示の内容までスーツケースが解説するという実験を行いました。今後はこれを拡張し、定期的に体験会が出来るようにして、利用者からのフィードバックをもとにさらに開発を進める計画です」
「今回の体験会での一つの収穫は、AIスーツケースが一度も問題を起こさなかったことです。モーター・センサー・コンピューターなどの詰まったロボットなので、不具合が出ることもあります。それが一度もなく、人混みや飛び出しにも対応でき、円滑に運用することができました」
「フェスでは、AIスーツケース以外にも多くの展示やイベントを開催しました。『ジオ・コスモス』という巨大な地球ディスプレイでは、雲や温度だけではなく、そこに生きる多様な人々を表現する新しいコンテンツを制作し、お披露目しました。これもまた一つの新たな挑戦です」

技術がアクセシビリティを上げる

──浅川館長は全盲の当事者として、ホームページ・リーダーの開発など偉業をお持ちですね。今回のAIスーツケースで視覚障害者のアクセシビリティが上がると思ったのですが、その点について何かお聞かせ願えますか。

「浅川の原点には、『科学技術によって自分の人生が拓かれた』体験があります。浅川が視力を失った80年代はパソコンすらなく、点字や録音音声の書物しか読めませんでした。そのため、毎朝の新聞も銀行通帳の残高も、誰かに代読してもらわねばなりませんでした。そういった中で浅川は1985年に日本IBMに入社し、『デジタル点字』を開発しました。これによって点字の修正やオンラインで書籍の共有ができるようになり、点字製作に革命が起きました」
「90年代には、インターネットが誕生したおかげで大量のテキストが速報性を持って出てきます。浅川は、これに音声合成を組み合わせて、視覚障害者もネットで情報を集められるようなシステムを開発しました。それが1997年に発表された『IBMホームページ・リーダー』です。このように、新しい科学技術を組み合わせることで情報環境を改善し、学習・就労・生活といった人生を拓いていったのが浅川のこれまでの人生です」
「2021年4月、浅川は館長就任にあたり、『ワクワクするような科学技術を来館者にいち早く体験してもらい、社会に実装するための道筋を開いていく。未来館はそんな未来の実験場になっていく』と話しています。就任後、実際にどのような取り組みを行うかという議論を重ね、その第一歩として開催したのが今回のフェスとなります」
「フェスでは、Life・Society・Earth・Frontierという、未来を体験する4つの『入り口』を設定しました。『入り口』と表現したのは、科学好きだけが楽しむ場というイメージを脱却し、科学と縁が無くても気楽に来てもらえる明るい場所にしたいという願いからです」

──テーマパークのようで、科学に詳しくなくても楽しめそうな感じが素晴らしいですね。

「まず体験して興味を持っていただいたうえで、実際に社会に新しい技術を導入するためのさまざまな課題についても考えていただきたいという思いも込めています。自動運転車ひとつとっても、安全性やインフラ整備といった課題は幾らでもあります。それを皆で乗り越えていくためのプロセスでもあるんですね」

AIスーツケースの課題

──浅川館長の発想だけでなく、そのイメージが実現に近づいているのが凄いと感じました。実現に向けて課題も多いですが、これらにどう取り組まれるのでしょうか。

「未来館は、先に紹介した『一般社団法人 次世代移動支援開発コンソーシアム』に参画するだけではなく、自らの研究室として協働型の『未来館アクセシビリティ・ラボ』を立ち上げました。日本IBMが第1号として参加し、共同でAIスーツケースの開発を続けている状況です」
「直近の目標は、屋外で動かすことです。現在は屋内でしか使えないのですが、ゆくゆくは屋外でも使えるようにして、駅から未来館まで来られるようにしたいです。そのための技術開発をしながら、館内でも体験会を繰り返し行い、経験を積んでいくつもりです」
「AIスーツケースのような新たな移動手段には、まだ名前すらありません。まずは人を導くロボットの重要性を訴えつつ、制度を整えていくつもりです」

──資金面の課題について考えていることはありますか。

「資金面は常に課題です。各社の最先端技術を集合させている分、ビジネスモデルそのものが確立されていません。それでも、技術で社会課題を解決したい思いは皆が持っているので、うまく乗り越えていけたらと思います」
「浅川もプレゼンでよく話題にするのですが、重度の視覚障害者や聴覚障害者のニーズが、世界的発明に繋がることさえあります。例えば、電話の発明で知られるグラハム・ベルは母親や妻が聴覚障害者で、その影響で音響工学の勉強などをしていました。こうした経験が、電話の発明に繋がったのです。必要は発明の母といいますが、アクセシビリティのニーズが発明のきっかけとなり、世界的イノベーションにまで発展した事例は歴史上幾らでも存在します。我々もそれに続いていけたらと思います」
「個人的には、クラウドファンディングは現代的な方法のひとつとして有望ではないかと思います。特に、少しの投資でアクセシビリティの研究が大きく前進するならば非常に効果的です」

──視覚障害者以外にもニーズがあれば広まりそうな気がします。

「例えば、スーパーマーケットは商品がどこに何が置いてあるか店舗ごとに異なっていまが、カートにガイド用のAIを入れれば、どの店舗でも対応できるのではないでしょうか。そういった活用も一つの道ではないかと思います」

フェスでは終わらない

──聴覚障害者向けコンテンツについても聞かせて欲しいです。

「未来館には、大学などの研究室が常駐する『研究エリア』があり、先端科学技術に関する研究チームが研究活動や実証実験などを行っています。そのうちの一つ、『xDiversity(クロスダイバーシティ)』プロジェクトは、聴覚障害者と健常者のコミュニケーションを円滑にするツールの一つとして透明字幕パネル『See-Through Captions(シースルーキャプションズ)』を開発しています」
「聴覚障害者にも未来館の展示を楽しんでほしいという想いがありましたので、研究プロジェクトと協力して、科学コミュニケーターによる透明字幕パネルを活用した展示ツアーなども行っています。同じ聴覚障害者でも文字を読むのには個人差がありますので、手話通訳も並行して行っています。こうしたコミュニケーション手段が社会に広まっていけばいいなと思います」

──最後に、今後のビジョンについて何かあればお聞かせください。

「今回のフェスでも発表しましたが、幾つかの常設展示の新規企画を進めています。五感をフル活用するような展示手法にも挑戦して、それが結果的にアクセシビリティの向上にもつながるような取り組みをしていきたいです」
「未来館では、4月に微生物の多様性を取り上げた常設展示『セカイは微生物に満ちている』をオープンさせました。展示内には、雑木林を切り取ったようなスペースがあります。落ち葉の中には、分解者である多様な微生物が存在していて、歩けば落ち葉の感触や音や匂いがあり、五感で空間を感じることができます。また、微生物の塊とも言える糠床(ぬかどこ)を搭載したロボットがあり、話しかけると糠の状況などを色々と答えてくれます。これが子どもにも人気で、80歳近い母も『家に欲しいくらい』と言っていました。このように、新しい技術を紹介しながら、誰でも楽しめる展示を作っていきたいです」
「いつの時代も、最先端の科学技術には『ついていけない』と不安になる方がいるのではないでしょうか。個人でも、社会でも、新しい科学技術を活用していくことで広がる可能性を発信し、技術を社会実装するための実証実験などにより多くの方に参加していただきたいと思います」

障害者ドットコムニュース編集部

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