特別支援学校の校長が「犬発言」、現場は人間扱いに限界も?
暮らしPhoto by Jonathan Borba on Unsplash
くわな特別支援学校(三重県桑名市)の校長である50代女性が不適切な発言をしたとして、学校では事後対応に追われています。支援学校とは、障害のある児童や生徒の通う学校のことで、一般の学校内に設置する支援学級よりも比較的重い障害を想定しています。
そんな生徒への関わり方に悩んでいたという教諭に対し、校長は「犬だってそうでしょ」と犬のしつけに例えたアドバイスをしました。その件なのか、或いは普段からそうなのかは分かりませんが、「生徒を犬のように扱っている」などと匿名の告発が教育委員会に寄せられます。校長は人権研修を受けながら処分を待つ身となった一方、アドバイスを受けた教諭も「一身上の都合」を理由として退職しています。
ただ、ネット上の反応を見ていると「犬のように」の意味は如何様にも取れる感じがします。どういう意味で校長がそう言ったのか分かりませんし、本人が心中を打ち明けたとしても言い訳として処理されるでしょう。単に言葉尻を捕らえただけの騒ぎであれば、それはそれで問題です。
ところで、実際に障害者と接する現場、特に重い知的障害者と接する支援学校や施設で働く人の間では「一人の人間として接するにも限界がある」とよく言われます。意思疎通が難しいほどの障害者と何人も接するにあたって、全員に人格のある人間としての接し方を続けると、職員側の心身が摩耗してしまいます。そのため、一種の防衛反応として「人間扱いの限界」というものがあり、資質や性格によらずどの職員も大なり小なり持っているそうです。
いかに心身を守るためとはいえ、人間扱いをやめた先にあるのは虐待行為です。世の中には「過剰防衛」という言葉があり、いくら防衛反応でも許されないラインがあります。かといって支援や介護を受ける側が自重するのは難しいでしょうし、心身を擦り減らす側が入れ替わるだけです。
それでも、「内なる植松」に屈し飼い慣らされることが、人間性の破棄でありヒューマニズムへの冒涜であることに変わりはありません。ヒトと人間の境界線は、捨ててはならぬ矜持を守っていられるかどうかにかかっています。
参考サイト
生徒とは“犬と関わるように”特別支援学校の校長が不適切な発言 三重・桑名市
https://news.yahoo.co.jp