ディスカリキュリア(算数障がい)~算数がとても苦手なのは障がいなのか?

発達障害
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ディスカリキュリア(算数障がい)という言葉はご存知でしょうか?私自身はディスカリキュアと診断されたわけではありませんが、学校の授業で苦手な科目と得意な科目が人それぞれあったと思います。簡単に言えば、自分の得意なタイプが文系か理系どちらかが得意かと言われると、分かりやすいかと思います。その中で、極端に算数が苦手だった私の経験を踏まえて、ディスカリキュリア(算数障がい)について紹介してみたいと思います。

学習障がい(LD)の中の算数障がい

広汎性発達障がいという障がいという大きな括りの中で、学習障がいというのがあります。LDとも呼ばれています。さらに細かく分けていくと、ディスカリキュリア(算数障がい)という括りがあります。私自身、今もそうですが、子供の頃から算数が大の苦手でした。最初のつまづきは、小学校1年の時のです。足し算は理解出来ても、引き算の理屈が分からなったのです。これをきっかけに算数及び数学に対する嫌悪感を引きずり続け、高校を卒業するまで続く地獄の始まりでした。

小学校から高校まで

最初、算数における苦手意識のトリガーは小学校1年生の算数での引き算でしたが、他のクラスメイトと比べて遅れながらでも理解は出来ました。掛け算に関しては、それほど苦手ではなかったのですが、桁数が多くなると間違いが多くなり、担任にどこが分からないの?と、言われても自分自身がどこで何が何を分からないのが理解できていないので、答えることができませんでした。特に苦手意識を増長させたのが、小学校低学年の時の算数の授業中に、クラスの席順で順番に算数の問題の答え合わせを発表していました。その際、答えが合っていたら「合っています」とクラスの全員が一斉に発声するのです。その際、間違った答えを発表するとクラス全員の人間から「違います」と発声するルールがあったのです。毎回この時間がくると緊張と羞恥心で逃げ出したい気持ちに駆られていました。算数の問題の正解や不正解だけでなく、間違った答えを発表している自分自身の全てを否定されているように感じていたのです。今でも、思い出すと何故あのような授業をしていたのか全く理解できず、気分が沈みます。

小学校から中学校に入って、算数から数学に代わり、本格的に難しくなってきました。その時、中学1年の時に、虫垂炎の悪化から腹膜炎を発症し、約1カ月の入院をしたのです。そこで数学の重要な方程式の単元が授業でマルっと抜けていたのです。これに対して学校は補講などなく、淡々と授業を進めていました。これが致命的に数学嫌いに拍車が掛かってしまいました。その後に習う二次方程式や三次方程式などはただ授業を受けているだけで何も頭に入ってこなかったのです。数学の文章問題も苦手でした。問題の内容が全く理解できず、どの公式を使えば解答に辿りつけるのか見当もつかなかったのです。

他の科目は、平均点以上を取っても、数学で足を引っ張り、高校受験を控えて、志望校を選ぶ時に全国模試を受けた結果、数学と他の科目との偏差値の差が倍ぐらい離れていたのです。数学の学力を問題視されて、結局志望校を受験することが出来ませんでした。高校に入学しても、相変わらず数学は全く理解できませんでした。いくら教科書を読んでも、内容が全く理解できませんでした。結局、高校の数学は3年間、5段階で常に2の評価で、進級ギリギリの数字でした。ただ1つだけ得意だったのが何故か確率の単元だけが、満点でした。

その当時は算数障がいという障がいの概念はなく、何故ここまで数学が苦手だったのか分からなく、ただ単に嫌いという感情だけで障がいとは考えていなかったのです。教師や親も何故分からないのかと問い詰めるだけで、何も解決しませんでした。こうして数学に関しては、義務教育を通して高校まで、数学の事は、全く理解できずに終わってしまったのです。自分がディスカリキュリアと診断されたわけではありませんが、私が子どもの頃は日本の教育方針は得意分野を伸ばす方針ではなく、全ての教科の平均値を高めることに重心を置いていたように思えます。得意分野を見ず、不得意な分野だけを吊るし上げて、物申す教師は本当に理解して全科目を教えることが出来たのでしょうか?答えはNo!です。中学に入ると国語は国語、数学は数学の専門の教師が教えているはずです。全科目の専門的な分野までを1人の先生が教えることはないでしょう。

発想の転換

社会に出ても、簡単な計算や公式を覚える必要がありました。しかし、数学の微分積分や方程式を活用するような複雑で専門的な仕事には就かなかったので、数学の苦手意識は自然と忘れるようになりました。

若いころ、公務員試験を受けた時がありました。そこで必ず出てくるのが、数的推理と数学が試験内容の半分を占めていました。1から覚え直すことは不可能と思い、過去問を解く際も、まず答えを見て、何故それが問題文につながるのかを考え、自己流で解くことにしました。数学のどの公式を使えば理解できていれば、数分で解けるのですが、公式の取捨選択が分からないので、自分の拙い知識を活用して、様々な計算をノート数枚に渡って答えを導きだしていたのです。これをひたすら繰り返ました。1つの問題を解くのに最初は1時間以上掛かりました。これをひたすら繰り返すことで、少しずつ時間を短縮することが出来、最終的に公務員試験の過去問を時間内に正解するまでに解くことができたのです。

苦手な数学を問題文から解くのではなく、答えから問題文に導くことで、逆算思考が自然と身につきました。その結果、国家Ⅲ種の筆記試験は合格できました。その後、事情があり、辞退することになりましたが、この逆算思考が後々仕事で役に立ったのです。生きていく上で、数学は必ずしも必要ではないかもしれませんが、問題から答えを導き出すだけではなく、答え(目標)を見て、問題(タスク管理)を導き出す逆算思考という新たな武器を手に入れることが出来たのです。苦手だから出来ないと放棄していればこのような思考法を手に入れることは出来なかったでしょう。

私が子どもの頃は、本人の得意分野を見ずに、不得意な分野を何とか無理に伸ばそうとして、本人の個性が潰されているように感じています。現在、教育現場の状況は変わっていると思いますが、突出した1つの優れた才能より、何でもある程度こなせるが1番になれない2番手、3番手のスーパー器用貧乏(本人はマルチタスクが出来ているつもりですが)が重宝され、それを当たり前のように会社(主に中小企業)が何でもこなせる能力を労働者に当たり前のように強いることで、現代社会にゆがみを生んでいるように個人的に思えます。このような社会風土が混じった個性を才能とは認めにくい風土が、日本が世界で1番、発達障がいが多いと言われる所以ではないでしょうか?

参考文献

on dyslexia
https://ondyslexia.blogspot.com/

Dreamscope 逆算思考のやり方12のポイント
https://jp.dreamscope.me/

tkbn

tkbn

40代男性。30代半ばでうつ病を発症。40代になって発達障害の疑いありと診断される。就労支援機関で自分の特性について学び、最後の就活を終えコラムを書いています。趣味は鉱石収集。年2回大阪・京都で行わるミネラルショーや即売会に行って、気に入ったものをコレクションするのが楽しみですが、部屋で飾る場所が無くなっているのが最近の悩みです。

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