「人の名前を呼べない子」は結構いるという話

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Photo by Myke Simon on Unsplash

私には中学生時代まで「人の名前を呼べない子」という通り名がありました。保育園のころはまだ平気だったのですが、幼稚園時代から急激に名前を呼ぶことへの悪寒・躊躇い・壁のようなものを感じだし、他人の名指しを徹底的に避けるようになったのです。理由は分かりません。

どれほどのレベルかと言いますと、小学校時代を通して名前を呼ばなくて済むよう文字通りの子ども騙しを続けてきたほどです。それでも気にする大人はこだわりの強さを発揮し、「今笑ったな!?なぜ笑ったかと『なぜ名前を呼べないか』を反省文に書け!」などと言い出す担任さえいました。

酷いときには自己紹介すら億劫になったり、有名人やキャラクターの名前すら呼べなくなったりしたものです。後者は「ウッチャンナンチャン炎のチャレンジャー」や「ポケットモンスター」のお陰で割と早く改善出来ました。

自分だけの特殊な悩み事と刷り込まれてきましたが、ネットで検索すれば同じような悩みを持っていた人はかなり多かったことがうかがえます。

名前が呼べないと言うだけであって、学校で会話や音読などが出来ないわけではありません。しかし、その程度でも人間社会では重い枷として作用しますし、医師によっては「場面緘黙症」の診断が下る可能性さえ十分にあります。

場面緘黙症について

「場面緘黙症」とは、その名の通り「場面」によって全く話せなくなることです。例えば、家では普通に会話出来たのが学校では全く喋れなくなるといった具合です。選択性緘黙症とも言われますが、意味は一緒です。また「緘」が常用漢字でないため「かん黙症」と表記される場合もあります。

世界的にも場面緘黙症は認知されているらしく、WHOの診断基準にも「小児期に発症する情緒障害」として載っているほどです。割合としては0.5~1%程度で、どちらかといえば女子に多く見られ、就学前から症状が出始めて小学校の間にピークをむかえる傾向があります。

直接の原因が極度の緊張感や不安感にあることは判明しているものの、それを生み出す元凶については特定が不可能です。ゆえに、原因の追及よりも対症療法的に不安を取り除いていくアプローチが求められます。とはいえ、どうにか喋らせようと躍起になるのは逆効果になりがちです。

よく「喋って恥をかいたから」と当事者の自己分析でさえ語られますが、それは間違いです。失敗を引きずって喋らなくなることはあるでしょうが、それは一時的なものであって何か月も何年も続くものではありません。喋れない期間の長さは場面緘黙症の診断において重要な基準のひとつとなっています。

子どもの場面緘黙症は成長に従って心理的な障壁が減っていきますが、小学校を出れば誰でも改善されるという訳ではなく、中学校どころか大人になっても喋れないままの当事者も少なくはありません。

実際、B型事業所にいたころ全く喋らない(そしてほとんど来ない)女性の利用者が親に連れられて来たのを見たことがあります。彼女はイラストが上手で、ポストカードにして作品を持ってきていました。将来の夢はコミックマーケットで自分が描いた作品を頒布することだと親御さんの口から語られていたのを覚えています。しかし、場面緘黙症かどうかを抜きにしても、コミケの厳しい環境に対応できるかどうかは疑問視せざるをえないのが素人の感想でした。

「なぜ喋らないの」は論外

場面緘黙症の改善を促すアプローチに100点満点の正解はありませんが、0点の回答なら存在します。それは「なぜ喋らないの」と理由を追及したり詰ったり責めたりすることです。緊張感が抜けなくなって改善に遅れが出てしまいますし、そもそも煽り運転のようなアプローチで改善するなら場面緘黙症の概念自体存在しなくなります。

個人的には担任の教師が最大のリスク要因だと考えています。授業中に飛び出すなど分かりやすい行動がないために、大抵の担任からは見過ごされてしまって問題が明るみになりにくいです。一方で、担任が自力で何とかしようと躍起になる場合もまた大きな負担を強いてきます。冒頭に述べた、反省文を書かせようとした担任ですね。

場面緘黙症の困りごとは、「授業中トイレにいきたくてもいけない」「音読や受け答えができない」「コミュニケーション自体が取れない」など幾つか考えられます。そして、ひと声すら出ないのを非行と捉えているかのような担任にぶつかれば、暴走にひたすら付き合わされてしまいます。

本来、場面緘黙症の改善には小さな成功体験を積み重ねていく「スモールステップ」の考え方が欠かせないものです。しかし、結果を急いで無理矢理喋らせようとしていては、緊張感を高め却って改善を遠ざけてしまいます。「困らせる子は困っている子」という観点が欠落している教師は、往々にして「勤勉な無能」になりがちです。

場面緘黙症は段階的に少しずつ喋れるようになっていくのが通説で、筆談やジェスチャーといった非言語的コミュニケーションから入っていくこともあります。たとえ担任やクラスメートが理解しなかったとしても、せめて家族だけは焦らず見守れる最後の砦となってもらいたいものです。

成人まで緘黙が残ったとしても、理解度は昔に比べて比較的上がっていますので、合理的配慮が得られるかもしれません。絶対ではありませんが。

もう一つの原因、HSP説

他人の名前を呼べない原因は、場面緘黙症の他にHSPも挙げられています。「何て呼べばいいか分からない」「呼んだら嫌がってきそうで心配」などの心理が働きやすく、名前が呼べなくなるのだそうです。HSP全員に当てはまるわけではありませんけれども。

理由は何であれ、名前を呼べない子と普通の子には大きな意識の差があるのは確かで「名前を呼べない?理解できない」という反応もそれなりに見受けられます。だからこそ無理矢理喋らせようとこだわって躍起になる人も出てくるわけです。

参考サイト

場面かん黙Q&A(場面緘黙症・選択性緘黙症)
https://www.itu-net.jp

かんもくネット~場面緘黙症とは~
https://kanmoku.org

【HSP】人の名前が呼べないときはどうすれば良い?理由と対処法|のどかびより
https://nodobiyo.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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