與那覇潤さんの「うつに関する10の誤解」を圧縮してみた

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双極性障害を患い大学准教授を辞めた與那覇潤(よなは・じゅん)さん。彼は自著として上梓した「知性は死なない――平成の鬱をこえて」の一部を文春オンラインに丸ごと寄稿しました。その題は「うつに関する10の誤解」です。

うつに関して世間が誤解している10の事柄を與那覇さんは丁寧に解説しておられます。それでも長いものは長いので、なるべく主旨を残すよう努めながら圧縮してお伝えしようと思います。元記事ないし原著を読むのが最も確実とは思いますが。

誤解1「うつは心の風邪」

「うつは心の風邪」というフレーズは日本特有といわれ、「独りで悩まず気軽に医者に相談していいんだよ」というカジュアルな意味合いが込められていました。その反面「たかが風邪だから少し薬をもらえばすぐ直るだろう」という曲解も出始め「薬を続けているのに良くならない、自分はダメな奴だ」という自責にまで繋がります。

うつ病には治療抵抗性のものがあるため薬物療法で効果が出るのは2~3割程度で、臨床実験では3か月ごとに薬を切り替えてようやく1年後の寛解率が6割半になると出ています。ただ、これをもって「抗うつ剤など無意味」「うつ病は製薬会社のでっち上げ」などと陰謀論に走るのは理性に欠けたおこないです。

「抗うつ剤の効果がない」という記事も、実際は「抗うつ剤と偽薬のどちらを投与しても同程度の割合が回復した」という内容で、薬物療法の効果そのものは否定していないのです。

誤解2「うつ病は意欲がなくなる病気」

「うつ病は意欲がなくなる病気」というのも部分的には間違っています。「気分の落ち込み、それってうつ病かも」などといった近年の広告は早期受診に貢献している反面、うつを気持ちの問題に還元することで「甘え派」が調子に乗る結果も招いています。

與那覇さんの経験では、まず能力の低下が徐々に進んで、文章の読み書きすらまともに出来なくなった段階で自己嫌悪に陥り意欲がなくなった流れがあります。つまり、意欲の低下はうつ病の主症状ではなく結果です。うつ病のサインを作業パフォーマンスの低下に求めるとしても、病識の自覚は(特に対人業務の多い教職や営業職などで)困難とされています。

付け加えると、うつ状態による身体の動かなさは未経験者の想像を超えるものです。「鉛様(えんよう)の麻痺」とも呼ばれるように、身体が鉛のように重くなって食事やトイレすら行けなくなってしまいます。ラグビー部の大学生という屈強な若者ですら尿瓶を本気で検討するレベルだそうです。

誤解3「うつ状態は軽症のうつ病」

與那覇さんは一度、「うつ病まではいっていませんが、うつ状態です」と診断されたことがあります。ここから「うつ状態はうつ病の軽い形態」という誤解が生まれ、「実際にうつ病という訳でもないくせに」と罵る者さえいます。

「うつ状態」とは、正しくは「どの病気が原因なのかはまだ特定できない」ことを意味します。うつ病ではなく双極性障害や統合失調症(陰性症状)の線が残されているならば、性急な診断をせず一旦「うつ状態」とする必要があります。また、患者や家族の心情に配慮して「うつ状態」と曖昧に言うこともあるそうです。

症状を表す「うつ状態」と病名である「うつ病」で同じ言葉が使われていることも混乱の一因といえるでしょう。日常用語と正式な病名が一緒になっていることで、どうにも甘く見られている節があります。

誤解4「うつにはリラックスが効く」

うつ病を告白すると、「この機会にリラックスや気晴らしになることをすればどうだい?」と勧められることがあります。しかし、うつ病患者がすぐリラクゼーションや気晴らしの実践を出来るかと思えば大間違いです。

うつ病には「反応性の欠如」があり、以前なら楽しかったことが全く楽しくなくなってしまいます。これが進めば「無快感症(アンヘドニア)」となり、快楽や喜びを一切感じられない状態となります。気晴らしが気晴らしにならないどころか、無理に動いて病状を悪化させるリスクさえあるのです。

誤解5「うつ病の原因は過労やストレス」

長時間労働による過労やパワハラによるストレスなど、劣悪な労働環境がうつ病に繋がるという見解も増えてきました。これは部分的には合っているのですが、すべての症例に当てはまるわけではありません。

うつ病には過労やストレスなど心理的要因への反応によって起こるタイプとは別に、医学的に原因が掴めていない脳の機能障害が存在します。思い当たる原因が無いのにうつ病となってしまう症例もあるのです。

うつ病の原因を過労やストレスにばかり求めると、「このぐらいの負担は大したことないだろ!甘えだ甘え!」とこれまた「甘え派」が調子に乗ってしまいます。産後うつの専業主婦に対し「働きに出る夫よりマシだろ!甘えるな!」と罵るのが正しいといえるのでしょうか。

また、これに関連して「原因から引き離せばすぐ良くなる」という誤解も生まれています。原因から離してすぐ回復するのであれば、適応障害という別の診断がつくでしょう。その一方で、適応障害と診断されていたのが予後を見るうちにうつ病の初期症状だったケースもあります。

誤解6「心の弱い根暗がうつ病になる」

うつ病になりやすい性格の傾向すなわち病前性格論そのものは一応あるのですが、問題は素人とプロでその回答に違いがあることです。素人は「メンタルの弱い引きこもり体質」がうつ病になりやすい性格であると考えており、それが大間違いなのです。

いわゆる病前性格論が生まれたのは戦後ドイツといわれており、かつてナチスが「精神病は遺伝的な脳の欠陥」としていたことを反面教師とした背景があります。その病前性格論では「責任感が強く社会秩序を重んじ、社会奉仕を生きがいとするタイプ」がうつ病になりやすいとされています。素人の考えとはまるで正反対ですね。もっとも、病前性格論がいついかなる時も正しいとは限りませんが。

ドイツの病前性格論が日本に輸入されたのは高度成長期真っ只中の1960年代でした。滅私奉公を是とする高度成長期だからこそ「うつ病は頑張りすぎる性格ゆえだから、貴方に落ち度はない」というメッセージとしてドイツ発の病前性格論は日本国内で受けいれられ浸透していったのです。

まとめると、ナチスの優生学を反面教師として生まれたドイツ発の病前性格論が、高度成長期で疲弊しがちな日本人に浸透していったのが「うつ病になりやすい性格」の正体です。「豆腐メンタルの根暗がうつ病になりやすい!」などという素人の妄言が支持されるのがおかしいのです。

誤解7「若い人に新型うつ病が増えている」

病前性格論がいつも正しいと限らないゆえに、2010年前後からいわれだした「新型うつ病」もかなり複雑な話となってきています。何もできなくなるうつ病と違って趣味やプライベートには影響せず、自罰思考より他罰思考が勝る特徴から「甘え派」を勢いづかせてきました。

新型うつ病の言葉が生まれたのは時代の変化、すなわちうつ病と精神病棟が安易に繋がらなくなったからこそ病識を認められるようになった反動です。あるいは、うつ病のごく初期か寛解間近で行動力に余裕がある状態をそう診ているのかもしれません。

與那覇さんは「新型うつ病などという言葉に頼るくらいなら、『自分にはうつ病に見えない。診断に納得がいかないなら他の病院を受けて欲しい』と告げるべき」と意見をのべています。

誤解8「うつ病は遺伝する」

「精神病は遺伝する」というナチスの価値観を現代日本でも引きずっている人はいるようで、與那覇さんは親戚から「うちの血筋に精神病はいなかったのに、迷惑だと思わないのか」と罵られたことがあります。このような呆れた妄言にも與那覇さんは丁寧に反論しておりますので、詳しくは元記事をご覧ください。

例えば、統合失調症では「“最低でも2つ以上”の遺伝子が関わっており、片方の変異だけでも全人口の3割も該当する。これが3つ4つとなれば該当者は急増するので、遺伝に原因を求めるのは無理がある」という研究結果が出ています。双極性障害にいたっては罹患リスクを高める遺伝子の発見すらできませんでした。

誤解9「重いうつ病にはカウンセリングだ」

「抗うつ剤より高いからよく効くはずだ」と高額なカウンセリングに飛びつくことにも與那覇さんは待ったをかけます。そもそも民間のカウンセリングが高額なのは健康保険の対象外だからであって、高い効果を保証するものではありません。

カウンセリングが効果を発揮するのは、トラウマやストレスなど原因が比較的ハッキリしている場合であって、症状が重いと効果も薄くなります。ましてや双極性障害など脳疾患ともいえる精神疾患には効果がありません。

また「薬のような副作用がない」というのも誤解です。通ううちに「高いお金を払い続けてでも、この人に話を聞いてもらわないとダメだ」と思い込むようになれば、すでに「洗脳状態」という副作用が出ています。

カウンセリングを検討しているのであれば、信頼できる医師や行政の窓口から真っ当なカウンセラーや公的サービスを紹介してもらうのが賢明な判断と言えるでしょう。

誤解10「認知療法が効果的」

認知療法・認知行動療法・集団認知行動療法がうつ病の治療において注目されています。端的に言えば「思考における悪い癖」を矯正する方法で、実際にうつ病治療において高い実績もほこっています。これが誤解というのはどういうことでしょうか。

うつ病患者の思考は出口のない負のスパイラルに陥っており、これを抑制して思考を修正していくのが認知療法となります。ですが、患者自身の認知の歪みを問題視して介入する治療法である以上「コイツの考え方が悪い」という自己責任論に行き着くリスクも高いのです。これを避けるため、治療者との信頼関係や同じ悩みを持つ仲間など時間をかけて構築すべきものが山ほどあります。

與那覇さんが集団認知行動療法を受けたデイケアでは、治療よりも「再発防止」として位置づけられており、受講できる段階まで回復して初めて受けられるようになっていました。もし症状の重いまま受けると「やっぱり自分の考え方がおかしいんだ」と自罰感情を肥大化させるばかりで、取り返しのつかない結果にさえなるでしょう。

参考サイト

「うつ」に関する10の誤解 與那覇潤『知性は死なない』より
https://bunshun.jp

「うつ」に関する10の誤解 全文(縦書き・PDFファイル)
https://bunshun.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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