RISTEXによる、3Dプリンターを用いた視覚障害者向けプロジェクトについて

身体障害

Photo by Jr Korpa on Unsplash

去る10月12日、RISTEXによるオンラインメディア説明会「『誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ触れられる社会』の創成に向けた、3Dモデル提供体制の開発と実装」が開催されました。これは簡単に申し上げますと、3Dプリンターを視覚障害者向けに応用するためのプロジェクトで、必要な3Dモデルを提供しやすい体制を社会に実装するのが目的です。

プロジェクトを主導するのは、南谷和範さん(大学入試センター研究開発部教授)、渡辺哲也さん(新潟大学工学部教授)、岩村雅一さん(大阪公立大学情報学研究科准教授)の3名で、南谷さんは自身も全盲の視覚障害者です。

なぜ視覚障害者に3Dプリンターが必要なのか

大学入試センターで働く南谷さんは、視覚障害を持つ受験生に対し点字という配慮の限界を感じていました。例えば数学の図形問題で出される正十二面体です。通常の問題では3次元の立体を2次元の紙面に落とし込みますが、視覚障害者向けの点字冊子問題では展開図を論理的に2次元の紙面へ書き連ねています。これが3Dモデルを実際に触りながら解く問題であれば皆がやりやすくなるのでは、という思いが3Dプリンターへの期待となりました。

南谷さん自身も、3Dプリンターによってニュースの重大性を実感する出来事がありました。2019年にノートルダム大聖堂が火災に遭ったというニュースがあったのですが、耳で聞いただけでは単に観光名所が損なわれただけの認識に過ぎませんでした。そこで、職場の3Dプリンターで実物を印刷してもらうと、認識が大きく変わります。ノートルダム大聖堂の3Dモデルを触ることで初めて、火災で受けた損害の重みを実感したのでした。

3Dモデルを実際に触ることで圧倒的に伝わりやすくなる情報が数多くあります。しかし、一般の視覚障害者にとって3Dプリンターは決して身近なものではなく、3Dモデルに接する機会は極めて少ないと言わざるを得ません。プロジェクトが取り組むべき課題は、3Dモデルのリクエストを受けてそれを作成し必要とする人へ届けるシステムと、それを支える人材の創出となります。

具体的には、ユーザー(視覚障害者)から触りたい3Dモデルの依頼を受け、プロジェクトメンバーで3Dデータを探したり造ったりして、3Dプリンターで印刷しユーザーの元へ送るという流れです。

これまでプロジェクトには、のべ116人の依頼と254点の要望がありました。要望としては建築物が最も多く、次に地形・生物が続きます。建築物が多いのは、それを好む人が多いのではなく、実例として分かりやすいからとされています。

小さな好事家集団から大きな社会実装へ

3Dモデルの依頼を受けて作成し納品する流れは、既にプロジェクトの方でやっていますが、南谷さんは「好事家(こうずか)の集団を越え、事業として定着させねばならない」と言います。この事業を視覚障害者以外にも広めていくためには、人員も規模も足りないのです。

要は、社会的に広く実装し、確立したシステムのもとでより多くの人がサービスを受けられるようにしたいということです。それまでには数多くの課題が想定されています。

まず、3Dプリンターそのものの運用ハードルです。とても複雑な構造を持つ3Dプリンターを運用し管理するのは容易ではないため、ファブラボ(共創工作施設)と協働するなどして、運用のサポート体制を築く対策を取り始めています。

次に、利用者と直接応対するノウハウの習得です。3Dモデルを作れば終わりではなく、被造物そのものの構造や歴史といった情報も提供せねばなりません。それには視覚障害者と応対する経験に富んだ人材が必要不可欠です。対策として、そうしたアクセシビリティの高い図書館や博物館をサービスの主体へ据えることが考えられています。

プロジェクトを進めていって新たに分かったこともありました。その一つがリクエストの内容で、打ち上がっている花火の様子や空に浮かぶ雲、果てはブラックホールといった想定外のリクエストも受けています。そういった不定形とまでいかずとも、前例のない3Dデータはモデリングソフトで作っていき、いずれ視覚障害者自身が3Dモデルを作れるようにもなってほしいと説きます。

直近の目標は3Dプリンターの社会定着、視覚障害者に限らず全ての人が3Dモデルを活用できるようになり、全ての人が3D造形できる社会にしていくことだそうです。

今後の発展とその先へ

「『誰もが知りたいもの、必要なものを自由に手に入れ触れられる社会』の創成に向けた、3Dモデル提供体制の開発と実装」というプロジェクト名そのものが最終目標でもあります。誰もが触れたいものを触れられ、誰もが知りたいものを知れる社会を目指すプロジェクトでもあります。

協力団体のひとつである日本点字図書館は「目が見える職員でも、原爆ドームが実は楕円形だと初めて知った。3Dモデル作りは目が見える人にとっても新発見に繋がる」と言いました。視覚障害者に限らず、全ての人が3Dモデルの提供による恩恵を受けられるのです。

また、南谷さんたちは3Dプリンターで白杖を立てかけるスタンドを作ったこともあります。需要が狭いと世の中で販売されることはないので、必要なものを自分で作れる環境もアクセシビリティの向上には必要なことではないでしょうか。

提供への体系化や、3Dプリンターのエラーを音から検出するシステム作りなど、3Dモデルを提供しやすい体制を整えている真っ最中です。その恩恵は視覚障害者に限らず、全ての人が享受できるものとなるよう、このプロジェクトは引き続き進められています。

質疑応答

──未来館プロジェクトと連携する予定はありますか
「直接の連携となるかは分かりませんが、来年の未来館主催イベントに参加する予定です」

──印刷はリクエストから届くまでどのくらい時間かかりますか。無料ですか
「時間は物によりけりですが、数時間~十数時間の範囲ではないかと思います。手元に届くには最短で数日、あるいは数週間、手こずったら未知数かもしれません。今は社会実装のテスト扱いなので無料ですが、社会実装が近づけば何らかの自己負担も必要になってくるでしょう」

──今までで一番苦戦した模型はなんですか
「簡単そうで手ごわいと思ったのが、『ニューロン』でした。三次元的な形で3Dプリンターを動かす意義は大きいのですが」
「最近は阿修羅像も難しかったですね。データが見つからないものやニーズが分かりにくいものも難しくなりがちです」
「コロナウイルスの模型も難しかった気がします。目が見える人ほどイメージしづらい側面もありますし」

──倫理を逸脱したリクエストが来たらどうしますか
「それは断然断ります。知る権利という観点からサービス提供をしているが、逸脱した目的で使うことまで求めているわけではないですし、そもそも本人のモラルや順法精神に介入する余地もありません。倫理的に宜しくない行いを奨励するものではないことははっきりと申し上げておきます」

障害者ドットコムニュース編集部

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