暴力、学級崩壊-国際保育士が語る、海外の発達支援の現状

発達障害

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1.【国際保育士が語る海外の発達障害支援】

こんにちは。国際保育士の陣内マリアです。私は日本とオーストラリア両国で保育士資格を持ち、また自身もLD(非言語性学習障害)の当事者でもあります。今回は、オーストラリアの現地保育園で2年半働いた経験をもとに、海外における発達障害支援の現実について書いていきたいと思います。

2.【理想と現実】

発達障害の支援といえば「海外の方が進んでいる」という声を、発達障害界隈ではよく耳にします。私自身もそうした話を信じていた一人です。オーストラリアの保育園で働き始めたときには、きっと素晴らしい発達支援教育が学べるのだろうと期待していました。
「先進国であるオーストラリアでは、発達障害の子どもたちは苦手な部分をしっかりとサポートされ、得意なことはどんどん伸ばされて、たくさん褒められながら自己肯定感を育んでいるのだろう」と。
しかし、実際に現場で見たのは、その理想とは大きくかけ離れた現実でした。
2‑1. 足りない支援
オーストラリアでは、発達障害と診断された子どもがクラスに入ると、担任、副担任に加えて加配教員が1人つきます。支援はそれだけです。しかも彼女たちは発達支援の専門家ではなく多くはアルバイト教員です。私自身も資格取得前に加配教員として配置されましたが、主な仕事は発達課題のある子の支援というよりはクラス全体のアシスタントでした。
2‑2. 診断がなければ支援は得られない
診断を受けていない子どもには加配教員は付きません。保護者が診断を拒否すれば、どんなに噛んだり殴ったりする問題行動があっても支援は現れません。

3.【崩壊するクラス】

資格取得後、私は副担任として4〜5歳児クラスに配属されました。そのクラスには診断はされていないものの加害行動が激しい子どもが9人いました。彼らは毎日のように泣き叫び、保育士に対しては「お前を蹴りだしてやるよ」「黙れよ。お前はクソ女だ」といった暴言を吐き、噛んだり蹴ったりといった暴力行為も繰り返していました。他の子どもにも加害行動が及び、クラスの子供たちがパニックを起こして、崩壊状態に陥りました。修士課程を修了した幼児教育の専門家や小学校教諭資格を持つ者、30年以上のベテラン保育士など様々なスタッフが担任として関わりましたが、状況は改善しませんでした。その結果、1年の間に3人の担任が退職し、最終的には副園長と私が交代でクラスを担当することになりました。担任が定まらないことで子どもたちはますます不安定になり、ハサミを持って暴れたり家具を倒したりと制御不能な状態が続きました。

4.【障害を認めない保護者】

もちろん、保育士たちも現状を改善しようと努力していました。加害行動のある子どもたちについては、一つひとつの問題行動を丁寧に記録し、診断を受けたらこれらの問題がどう改善できるのかを説明して発達障害の診断を保護者にお願いしてきました。というのも、診断がなければ加配教員をつけることも支援を受けることもできないのがオーストラリアの制度だからです。
しかし、多くの保護者は「子どもならそのくらい当然」「うちの子に障害があるはずがない」と支援そのものを拒否してしまう現状がありました。

5.【支援を受けられない子どもはどうなるのか】

支援を受けられない子どもには以下のような現実が待っていました:
    1. 自己肯定感が低下
 加害行動は本人も制御できないのに、安全のため制止され、厳しく叱られることがありました。子供たちは自分の気持ちを理解してもらえないというストレスから更に加害行動を繰り返すといった悪循環に陥っていました。
    2. 仲間から嫌われる
 通常発達の子どもや、加害行動のない発達障害の子どもたちは、加害行動を繰り返す子どもに対して強い恐怖を感じていました。最初は戸惑いながら距離を取っていた彼らも、次第に加害行動のある子どもが近づいてくると、大きな声をあげたり、パニックを起こしたりして、はっきりとその子を拒絶するようになっていきました。
加害行動をする子どもは、自分が他の子どもたちから拒否されていることには気づいています。しかし、どう対応すればよいのかが分からず、不安や混乱からさらに他の子どもを攻撃したり、保育士に暴力を振るったりと更なる問題行動を起こすよいになりました。
3. 被害者になる子どももいる
クラスの子どもたちの中には未診断で加害行動はなく、大人しいが言語や運動の発達に遅れが目立つ子がいました。そのような子どもは加害行動のある子どもたちの標的になってしまうことがありました。保育士もそうした子どもに気を配っていますが、未診断の加害行動のある子どもが9人もいるため、あちこちで問題が起き、その対応に追われている間に、大人しい子どもがいじめられたり、そちらの対応をしている間にまた別の問題が起きたり、といったことが続き、保育士も疲弊していました。

6.【このような事態を防ぐために何ができるか】

改善のために必要なことは次の2点です:
6‑1. すぐに診断を受ける
保護者の方が「まだ小さいから」「子どもなら当然のこと」と感じる気持ちは、私も痛いほど理解しています。毎日子どもの問題行動に一生懸命対応しているのに、さらに保育士から「診断を受けてほしい」と言われると、自分の子育てを否定されたように感じて苦しくなる方も多いと思います。
しかし、保育士はよほどの問題がない限り、声かけを工夫したり、活動内容を支援したりして対応しています。それでももうどうにもならない状況、つまり加害行動があり他の子どもたちに危険が及んでいる場合や、逆にその子が他の子どもから危害を受けて安全が守り切れない場合に、切羽詰まった状態として診断をお勧めしています。
そのため、診断を勧められた際には、その子自身のためにもぜひ受けていただきたいのです。

6‑2. 外部の力を借りる
保育園は発達支援の専門施設ではなく、基本的にはお子様をお預かりし、家庭に代わって生活スキルを身につける支援や、他の子どもたちとの交流を通じて社会的スキルを育む場所です。そのため、1人のお子さんにじっくり向き合って発達支援を行うのは難しい現状があります。
診断を受けて外部の療育など専門の支援を利用することで、お子様に本当に必要な支援を受けられる体制を整えることができると思います。

7.【海外でも発達支援は大変】

この経験を通して私が学んだのは、「どの国でも発達支援は難しい」という現実です。オーストラリアは先進国の一つであり、年間9,163人もの日本人の子どもが教育留学に訪れる人気の留学先(留学日本学生支援機構・文部科学省の公表データより)です。
しかし、そのような国であっても発達支援が十分に進んでいるわけではありません。
私は現地の保育園で働いて初めて、発達障害の分野でよく聞かれる「海外の先進的な発達支援」というイメージが幻想に過ぎなかったことに気づきました。
だからこそ大切なのは、国を変えることではなく、今自分がいる場所で専門機関と協力しながら、お子さんにとって最適な支援方法を模索していくことだと考えています。

陣内マリア

陣内マリア

LD(非言語性学習障害)のある20代。とくに知覚推理の分野に大きなハンデがある。大学を卒業後、新卒で大手企業に入社したり、海外で幼児教育の資格を取って幼稚園で働いたりと、いろいろなことに挑戦してきた。けれど、発達障害にともなう困難から長く続けられず、どれも退職。今はライターとして細々と暮らしている。いつか自分にもできる仕事を見つけて、正社員として働くのが夢。

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