「12連休こさえた人」は許せないが「祝日ゼロ月間」には何も言わない人々
暮らし
Photo by amirali mirhashemian on Unsplash
「若手が有給休暇並べて12連休も取ってきたくせに『お休みありがとうございました』の一言も無かった。即刻くたばってほしい」みたいな書き込みがGW明けに垂れ流されていました。有休を使ったお詫びも使わせてもらった感謝もないことへ炸裂する不満。これに対する反応は冷ややかで、有給制度を否定する感性そのものが古いと一蹴されます。
一方で「有休を無遠慮に使う奴らは実質ニート」という思想の者らはこれに賛同し一斉擁護。有休強者へのルサンチマンを爆発させつつ、「有休そのものではなく『ありがとう』『すみません』といった挨拶の領域での話。叩く奴は挨拶も出来ないんだな」と反論できないよう話題をずらし、議論を拒否しながら優位な立場をアピールする無敵論法を展開してきました。
この「12連休」は冷笑の的としても消費されていました。「12連休前提でものを語るオールドメディアはバカ」「有休を取れないor取らない自分こそ本当の社会人」とでも言いたげな様子。カレンダーすら嘲りの対象になるのかと、冷笑依存が研ぎ澄ました嗅覚にはある意味驚かされます。
ただ、休日格差による怒りや冷笑はあれど、「祝日ゼロ月間」に対する感情の発露はほとんど見られません。6月に祝日が無く、次の祝日まで75日前後かかる状態に、本気で恨むほどの熱量は感じられない訳です。長い伝統に噛みつくよりも、その年特有のものだけを叩く選択。ある程度は不快な思いをする人間の反応を二次燃料とする連鎖。露悪や叩き活がお手軽楽しいホビーとなっているネット言論の現代病が窺えます。
単に怒りを発散したいだけなら、祝日ゼロの伝統に対してバカヤローと言えばいいものを、なぜ「休む奴ら」「連休を作る奴ら」に向けるのでしょうか。「敵」や「悪」にある程度姿が見えていることを求めるようになったのはいつからでしょうか。ひとつ彼らの習性で分かったのは、「残響室」作りに賛同者の数はそれほど求めていないのだということです。
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