「病気にしちゃダメなんです」──映画『お終活3 幸春! 人生メモリーズ』香月秀之監督・勝俣州和が語る、認知症と”心"のリアル

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『お終活3 幸春!人生メモリーズ』が、5月29日に全国公開を迎えました。シリーズ第3弾となる本作は、認知症の母・豊子(三田佳子)と、それを受け止めきれない息子・博(小日向文世)の姿を軸に据えた人間ドラマです。終活を「死に支度」ではなく「生きるための人生の整理」として描いてきたこのシリーズが、今作で正面から向き合ったのが認知症でした。脚本・監督の香月秀之さんと、タクシー運転手・佐伯を演じた勝俣州和さんに、認知症の描き方、人生会議、そして「心は最後まで残る」というメッセージについて聞きました。終活を描いた映画ですが、障害や老いとともに生きる人にとっても、どこか自分のことのように響く。そんな一本でした。


© 2026「お終活3」製作委員会

「大物が多すぎて、なぜここに俺が」──勝俣州和が”お終活ファミリー"で過ごした時間

シリーズを重ねるごとに、出演者の顔ぶれは厚みを増しています。橋爪功さん、高畑淳子さんを中心とした”お終活ファミリー"に、勝俣さんが加わったのは第2弾から。今作で2作目の参加となります。

「大物が多すぎるんですよ」と勝俣さんは笑います。
「撮影の合間に待っている時も、なぜここに僕がいるのかなって。橋爪さんがメイクをしていたり、西村さんがいたり。今回は三田さんですよ。橋爪さんと三田さんが二人でお芝居をされている、その場に自分も入って作品に参加できている。それがすごく楽しいんです。僕はお芝居ができるわけじゃないんだけど」

役者として現場に立ちながら、一人の観客でもあったといいます。
「今回、僕は2度泣いたんです。監督のところへ行って『今回、泣けましたね』って言いました。特に僕は、おじいちゃんもおばあちゃんも一緒に暮らしていたので、いろいろなことを思い出して。こういう映画を見ないと、日頃は忘れているんですよね。たまに見ると、そうだ、会いに行こう、電話しようって思えるいい機会でした」

監督の香月さんは、シリーズの変化をこう振り返ります。
「第1弾は、どうしてもコメディでやりたかったんです。山田洋次さんの寅さんのような映画をやりたくて。でも、だんだん感動の要素が多くなってきて。人は、やっぱり感動した方がいいみたいなんですね。笑うのも必要だけど」

「認知症だからと、諦めたくなかった」──香月秀之監督が描いた、もう一つの向き合い方

なぜ、コメディから出発したシリーズが、認知症という重いテーマに踏み込んだのでしょうか。香月監督の答えは明快でした。
「『お終活』というタイトルで映画を作る限り、認知症は避けて通れないんです。どこかでやっておかないといけないと思っていました」

監督は撮影前に、認知症について徹底的に調べたといいます。そこで出会ったのが、画一的なイメージとは異なる、認知症の多様な姿でした。
「いろいろな認知症の方がいるんです。これが正しい、という型はない。3日くらいは普通なのに急に様子が変わって、また戻ったりする。調べていくと、認知症は病気じゃないという医師もいるし、こうすれば回復の兆しがあるという先生もいる。僕は、認知症だからと言って諦めてしまうことを、映画の中でしたくなかったんです」

その手がかりになったのが、音楽でした。
「アメリカのドキュメンタリーで、認知症の方に昔好きだった音楽を聴かせると、涙を流すんです。それまで娘のことも認識していなかったのに、娘に向かって涙を流しながら反応する。音楽ってすごい力があるんですよ。僕らでも、懐かしい音楽を聴くと、あの時代を思い出していい気持ちになる。この力を使って、いい映画にできないかと思っていました」

そこに、さだまさしさんの主題歌「神さまの言うとおり」が重なりました。プロデューサーの一言から、構想は一気に動き出したといいます。劇中では「秋桜」「精霊流し」「無縁坂」といったさだまさしさんの名曲も、千賀子たちのコーラスとして物語に織り込まれています。


© 2026「お終活3」製作委員会

「病気にしちゃダメなんです」──”心は忘れていない"に込めたもの

本作には、シリーズ随一の名場面とされるシーンがあります。認知症が進む母・豊子に手を焼き、つい強い言葉をぶつけてしまう息子・博。そんな博に、千賀子(高畑淳子)が「心は忘れていない」と語りかける場面です。

「あのセリフを思いついた時は、『やった、この映画はいける』と思いました」と監督は声を弾ませます。「このドラマのへそになるもの。主役の高畑さんが何か言えないかと、ずっと考えていて、降りてきたんです」

このセリフに、監督は自身の認知症観を込めています。それは、当事者を「患者」として見る視線とは、根本的に異なるものでした。
「病気になっている人も、みんなそうなんですよ。心はちゃんとある。それを表現できなくなったり、閉ざしてしまったりしているだけなんです。だから、それをどうやって開いてあげるか。周りの人がいろいろな形でやってあげれば、いけるんですよ。子供と一緒なんです。子供は、バーッと怒られると、その人を嫌いになる。嫌なことをされると、心を閉ざす。心と感情で判断しているんです」

監督は、認知症を「病気」の枠に閉じ込めること自体に、異を唱えます。
「病気にしちゃダメなんです。病気だからこれをやっちゃダメ、というのが一番よくない。だから、料理なんかは絶対にさせた方がいいんですよ。手を動かして、考えて」

その考えは、世界の文化にまで話が広がっていきました。
「インディアンの人たちは、年を取って認知症になった人を、神に近づいたと考えるんです。アイヌの人もそう言います。わけのわからない言葉をしゃべりだしたら、神の言葉をしゃべっていると。それを大事にするんです。そういうことも全部、調べて書いていました」
僕たちが「正常」と思っている価値観で測るのではなく、その人が幸せかどうかで考える。監督がたどり着いたのは、そういう向き合い方でした。


© 2026「お終活3」製作委員会

「家族全員を忘れても、祖父は猪木だけ覚えていた」──勝俣州和が、飴の場面で思い出したこと

豊子には、印象的なモチーフがあります。出会った人に飴を手渡し、「この飴はね、魔法の飴なの。舐めると幸せな気持ちになれるのよ」と語りかけるのです。勝俣さん演じる佐伯も、徘徊していた豊子をタクシーに乗せ、その飴を受け取る場面があります。

あの飴をもらった時、どんな気持ちで演じたのか。問いかけると、勝俣さんは自身の祖父のことを語り始めました。
「実際に僕のおじいちゃんが認知症だったんです。うちのおじいちゃんは、乗馬ズボンの職人で。一日に一言もしゃべらないくらい、寡黙な人でした。それが認知症になって、子供に戻ったんです。本当に小学生くらいに。だから僕は、毎日じいちゃんと遊んでいました。飴をもらった時、フラッシュバックじゃないけど、おじいちゃんの姿が見えたんですよ」

監督が語った「思い出は消えない」という言葉を、勝俣さんは自身の経験で裏打ちします。
「家族全員を忘れたんです。一夜にして。でも、アントニオ猪木だけは覚えていた。金曜の8時になると、プロレス中継をつけるんです。家族全員を忘れたのに、『猪木、猪木』って言うんです。『じいちゃん、猪木覚えてるの』って聞いたら、『猪木、猪木』って」

寡黙だった祖父と、孫を結んでいたのはプロレスでした。
「僕は、じいちゃんからプロレスの知識や面白さを教わっていたんです。だから覚えていてくれた。ある時、じいちゃんと二人でいたら、『州和』って僕の名前を呼ぶんですよ。『え、俺のことわかるの』って言ったら、『州和、ちょっと待ってろ。お前に渡したいものがあるんだ』って。2階に上がっていったんです」

ですが、祖父は降りてきませんでした。
「下で待っていても来ない。見に行ったら、2階で寝ているんです。それが5、6回続きました。何を渡そうとしてくれていたんだろうって。別に渡すようなものはないんですよね。ただ、壊れた腕時計だけはあって。それを僕は今も持っていて、自分の部屋に飾ってあるんです」

なぜ、家族の中で自分だけを覚えていたのか。勝俣さんなりの答えがあります。
「僕は、じいちゃんの話し相手になっていたから。お父さんやお母さんは、たぶん怒っていたんですよ。それやっちゃダメ、とかね。でも僕はただ、いろいろ喋っていた。だから今、監督の話がすごくよくわかりました。子供と同じで、共感してくれる人を好きになる。共感してくれない人は避ける。認知症だろうが、人の接し方は同じなんですよね」

「面倒を放棄するから、街は住みづらくなる」──タクシー運転手・佐伯が示す、地域のまなざし

佐伯は、家族ではありません。豊子にとっては、街で出会う他人の一人です。ですが、その関わり方に、勝俣さんは大切なものを見出しています。
「あの役を演じていて思ったのは、嫌な客が乗ってきたら、降ろすことだってできるじゃないですか。でも佐伯は、ちゃんと派出所まで連れて行って、丁寧に対応する。みんながそうなれば、街も良くなっていくんじゃないか。面倒なことをみんなが放棄するから、住みづらい街になる。人と人の関係が崩れていくんじゃないかって」

その思いやりが広がった先に、勝俣さんは誰もが暮らしやすい街を見ています。
「そういう人が一人でも増えていけば、障害があろうが、知的障害だろうが、認知症だろうが、怪我をしていようが、ベビーカーを押している人だろうが、みんなが思いやりを持てる。街全体がそうなったら、どんな人でも住みやすい環境になっていくんじゃないかなって」

そして、こう付け加えました。
「人間だから、文句は言うんですよ。この映画の登場人物も、文句は言う。でも、根は思いやりがある。だから見ていてあたたかくなる。みんながいい人になるとは思わないけど、思いやりは誰でも持てるじゃないですか。それがあるなら、使おうよっていう」


© 2026「お終活3」製作委員会

「まず、家族の会話がない」──人生会議と”親なきあと"、意思を託すということ

本作は、厚生労働省が普及啓発を進める「人生会議」(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)とタイアップしています。人生会議とは、自分が望む医療やケアについて、元気なうちに家族や身近な人と話し合っておく取り組みです。劇中では、千賀子が終活フェアで人生会議や家族信託、遺言の公正証書について学ぶ姿が描かれています。

タイアップのきっかけは、監督自身の素朴な気づきでした。
「人生会議って、僕も知らなかったんです。第2弾の頃に、人生会議というものをやった方がいいんじゃないかと、誰かから聞いて。調べてみたら、厚生労働省がやっているのに、知らない人が多い。じゃあ映画で宣伝した方がいいんじゃないかと思って」
その認知度の低さは、舞台挨拶でも実感したといいます。
「熊本の上映会で2か所、『人生会議を知っていますか』と質問したんです。知っていたのは、5人くらいしかいなかった」

監督は、行政の啓発のあり方にも一石を投じます。
「行政のやっていることは、一方通行なんですよ。自分でホームページを見に行きなさい、という。でも映画でやってあげると、こういうものがあるんだと知って、話し合うきっかけになる。厚生労働省も、全国の自治体や医師会などにポスターを貼ってくれて」

この「前もって話しておく」という考え方は、障害のある子を持つ家族にとっても切実です。親が老いた後、亡くなった後、子はどうなるのか――「親なきあと」と呼ばれる、福祉の大きな課題があります。人生会議にせよ親なきあとの備えにせよ、意思を前もって託しておくことの意義を、監督はこう語ります。
「まず、家族の会話がないんですよ。人生会議の前に、会話がない。自分に子供ができて一番びっくりしたのは、食事に行って、家族4人がみんなスマホをやっていて、しゃべっていない。じゃあ、なんで4人で来たのって。だから、こういう映画を見て、きっかけにしてほしいんです。今日見た映画はああだったね、じゃあ俺たちはどうする、って一度でも真面目に話してほしい」

監督の父親は、家族会議を好む人だったといいます。
「『おい、みんな後で会議するぞ』と言って。夏休みの旅行の場所を決めるのでも、子供の意見も重要視する。そういう親でした」

死を遠ざけるのではなく、見据えること。それが、よりよく生きることにつながると監督は言います。
「絶対に死ぬとみんなわかっているのに、それを遠くに置きたがる。怖いんでしょうね。でも、死ぬとわかっているなら、どう生きていくかを考えた方がいい。先延ばしにして怖がりながら生きるんじゃなくて、こういう生き方をするぞと決めた方が、幸せになれるんですよ」

「誰もが、いつかどこかに障害を持つ」──バリアフリー上映と、読者へのメッセージ

本作は、音声ガイドと字幕ガイドに対応したバリアフリー版(HELLO! MOVIE方式)でも公開されます。目の見えない人、耳の聞こえない人も、同じ劇場で映画を楽しめる取り組みです。スマートフォンの無料アプリを使えば、誰でも利用できます。

このバリアフリー上映について、監督はこう受け止めています。
「みんなで、そうした方がいいんじゃないかと話したんです。遠くにいる人にも届くといい。障害がなくても、年齢が高い方にもいいわけですから」
劇中にも、補聴器をめぐる場面が登場します。聞こえにくさは、誰にとっても他人事ではありません。

最後に、生きづらさや障害とともに生きる読者へ、お二人にメッセージを求めました。監督からは、問い返すような言葉が返ってきました。
「生きづらさを抱えている、という捉え方が、僕にはちょっと腑に落ちないんです。それは、生きづらいと思っているだけなんじゃないか。障害のない人が正しいのかどうかも、わからない。その人も何か違う生きづらさを持っている。だから、そう考えるんじゃなくて、ではどうやって幸せになりますか、と前向きに考える」

監督が引き合いに出したのは、パラスポーツの選手たちでした。
「足のない人、手のない人が、水泳やテニスで世界に挑戦するじゃないですか。なってしまったものは仕方ない。でも、どうやって生きるかを自分なりに見出して、世界一になっている。ああいうのを見ると、僕はものすごく嬉しいんですよ」

勝俣さんは、自身の経験に根ざした言葉で締めくくりました。
「みんな、いつかはどこかに障害を持つわけですから。だから、障害を持っている人がかわいそうという気持ちで見ないで、その人たちから学ぶという姿勢を持った方がいい。目に見えるところに障害があればわかりやすいけど、目に見えないところで障害を抱えている人もいます」

そして、自分にできることを語りました。
「僕は、相談してくれたら相談に乗れる。閉じこもらないで、誰かに話してほしい。僕は手紙をもらうこともあって、笑いの力ってすごいなと思うんです。自分が誰かを元気にできると思うと、僕らも勇気づけられる。だからどこかでつながれたら嬉しい。免許が必要なこともあるだろうけど、助けるというより、お互い学び合おうよという姿勢を持てたら、つながるんじゃないかなと思います」

認知症の母が手渡す「魔法の飴」も、寡黙な祖父が孫にだけ残した壊れた腕時計も、形あるものとしては小さなものです。けれど、そこに宿った心は、最後まで消えませんでした。『お終活3』が描くのは、記憶が薄れても残りつづける感情の手ざわりです。それは、障害や病いとともに生きる人を「できないこと」で測るのではなく、その人の心がどこを向いているかでまなざす視点と、深いところでつながっています。劇場の暗がりで、誰もが自分の家族を、そして自分自身のこれからを、そっと思い出すことになるはずです。

映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』は全国公開中です。
公式サイト:https://oshu-katsu.com/3/

バリアフリー上映情報(映画みにいこ!)
https://www.bfeiga.net/

厚生労働省「人生会議」特設ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/tie-up_oshu-katsu3.html


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障害者ドットコムニュース編集部

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