「障害のある子は水に惹かれる」という俗説の真偽は?
岩手県小松市の特別支援学校に通う児童が、授業中に「トイレに行く」と言い残して行方不明になり、1km近く離れた滝つぼで遺体となって発見された事故。これを受けてある俗説が注目されています。それは「障害のある子、とりわけ発達障害の児童は水場に惹かれやすい。だから水難事故が多い」というもの。真偽どちらの側にもそれなりの言い分が用意されていました。
しかしどちらの立場にも決定的なエビデンスが欠けているので、現状では「そうとも言えるし、そうでもないとも言える」でしかない、勝負も議論も始まってすらいない状態であることは念頭に置いていた方がよさそうです。
信じる派の言い分
信じる側、すなわち「障害を持つ子が水場に惹かれる」という俗説に説得力を感じている側の言い分はこうです。
ちゃんとしたデータがあるよ派
ASD児と水難事故の関係については幾つかの先行研究があり、「アメリカの救急外来データでは、非ASD児に比べてオッズにして2.31倍もの救急受診があった」などASD児の溺水リスクが高いという結果が複数報告されています。理由としては水の刺激や規則性に惹かれるなどが挙げられていますが仮説の域を出ません。
一見すると尤もらしい意見ですし、実際に論文やデータとしても残されています。ただ、飽くまでASD児に限定される話を発達障害全般に広げているという論理上の欠陥は無視できないでしょう。
自分や周りがそうだった派
自分や周囲の人間にそんな体験談があるという経験ベースの意見です。ある時は当事者から、またある時は施設や支援学校の人間から語られる体験談は、少なくとも本人にとっては実際に見た真実です。その体験談が複数集まれば、確かにそういう傾向があるのではないかとも思わせられるでしょう。
しかし、いくら体験談が集まったところで有意なデータになるとも限りません。研究として体験談を何千何百と集めれば紀要論文程度にはなるかも知れませんが、そもそも主観と偏見が混ざりがちな感想文に正当性などあるのでしょうか。本人にとっては真実でも聞き手にとっては個人の感想でしかないという温度差も解決されていません。
信じない派の言い分
一方で信じない側、すなわち「障害を持つ子が水場に惹かれる」という俗説を否定する側の言い分はこうです。
証明に値する統計がないよ派
アメリカとオーストラリアにはASD児と水難事故の関連を示す先行研究があるものの、飽くまでASDとの関連に留まっており他の障害種については分かりません。日本の水難事故統計ではそもそも障害の有無をカウントしておらず、比較すらままならなくなっています。ASD児という狭い領域ならいざ知らず、他の障害も含めた途端に因果関係を説明できる正当なデータを示せないようでは、証拠としては弱いと見做さざるを得ません。
一方で否定するためのエビデンスもまた確立されておらず、証拠の出し合いに限って言えば議論は始まってすらいないのが実際のところでしょう。
障害特性ではなく年相応だよ派
「じっとしてられない子も年齢によっては年相応と言えるから、すぐADHDと決めてかかるのは問題だ」という議論があります。これも似た話で、水場に興味を示して爆速で寄っていくのが必ずしも障害特性によるものとは言えません。
ただ死亡児童は10歳なので、年相応なのかは少し疑問符が付きます。年相応と言える年齢がどのぐらいかは決まっていないのですけれども。
いずれ水場にぶつかる派
逸走や徘徊をすると、いずれ川や池や用水路などの水場に辿り着くという地理的な仮説も挙げられています。飛び出したことで道に迷い、偶然水場にぶつかって事故を起こすという線でしょう。少し目を離すとすぐ居なくなる年相応の態度と合わせればある程度の説得力は生まれますし、そこに障害を理由とする要素はありません。
しかし、逸走は障害児の方が多いのではないかとかなぜ徘徊からの事故が溺水ばかりと決めつけるのかといった反論もまた予想できます。
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