「同情してほしくて作ったのではない」──『バグダッド・メッシ』サヒム・オマール・カリファ監督インタビュー
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『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』8月7日(金)全国公開 © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
2009年、イラク戦争下のバグダッド。メッシに憧れる11歳の少年ハムディは、爆撃で左脚を失いながらも、サッカーへの想いを手放さない——。映画『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』が8月7日(金)から全国公開されます。2015年アカデミー賞短編実写部門の最終候補に残った短編『バグダッド・メッシ』を自ら長編化し、第97回アカデミー賞国際長編映画賞のイラク代表に選ばれたのが本作です。監督は1980年イラク・ザーホー生まれ、クルド系ベルギー人のサヒム・オマール・カリファ監督。障害者ドットコムは公開に先立ち、単独インタビューを行いました。戦争と障害を"感動の道具"にしないために、この映画はどう作られたのか。逐次通訳を介して聞きました(取材日:2026年7月14日)。

サヒム・オマール・カリファ監督
「同情してほしくて作ったのではない」──哀れみを拒む、ハムディの造形

両腕を突き上げるハムディ © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
劇中のハムディは、同情を誘う「可哀想な子」としては描かれていません。バグダッドの地元チームではキャプテンで得点王。移住先の村でチーム入りを拒まれても、テレビを持っているという立場を交渉材料に、自分の力で居場所をこじ開けていきます。
──主人公のハムディは、観客の哀れみを必要とする形では描かれていませんね。脚本や演出で、特に意識したことはありますか。
「同情や哀れみを引き出すために作ったのではありません。私たちの出発点は、片足の少年がサッカーをする——ただそれだけでした」
カリファ監督は、そう即答しました。ただし、と続けます。
「彼が脚を失う瞬間だけは、観客に彼とともに感じてほしかったのです。最大の夢が消えてしまった、という喪失を。そして、何年も夢を抱き続けてきた人間は、そこで立ち止まりません。さらに先へ進み、プレーしようとする。彼にとってサッカーは、幸福のほとんど唯一の源でしたから」
哀れみは拒む。しかし、喪失の痛みだけは観客と分かち合う。その先の歩みを支えるのは同情ではなく、ハムディ自身の情熱である——。この設計が、本作を「気の毒な障害者の物語」から遠ざけています。
「キャスティングは、本当に苦しかった」──届き続けた、片足の子どもたちのリスト

左脚を失い、松葉杖で立つハムディ © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
──最終的にアフマドさんを主役に選んだ決め手は何でしたか。そして、選ばれなかった子どもたちに、どんな思いを持っていますか。
「本当に難しい仕事でした。主演には5つの条件があったのです。8歳から11歳であること。片足であること。アラビア語を話せること。サッカーができること。そして、演技ができること。この映画で最も困難な課題でした」
条件を満たす子どもを探すため、製作陣はイラク各地の団体に協力を求めました。すると各団体から、候補となる子どもたちのリストが届き始めます。そこに並んでいたのは、片足の、8歳から11歳の子どもたちの名前でした。
「キャスティングは、本当に苦しかった。その年齢だけで、これほど多くの子どもたちがイラク戦争の犠牲になっていた。リストを見ること自体が、つらいことでした。同時に、驚くほど才能のある子どもたちが大勢いることも分かりました。こうした子どもたちに注意を向けてもらうことが、私たちには重要だったのです。もちろん、選べるのはひとりだけでしたが」
最初に選ばれたのは、イラクではよく知られた少年でした。しかしその2カ月後、少年は病のため亡くなります。
「私たちにとって、とても痛ましい出来事でした」
キャスティングはやり直しになり、別の少年が選ばれました。ところが最終決定の2日前、監督のもとに一通のプロフィールが届きます。それが、アフマド・モハメド・アブドラさんでした。
「バグダッドから車で2時間の街に住んでいて、当時そこへ行くのは本当に危険でした。それでもプロデューサーに『行く価値がある。彼のプロフィールがとても気に入ったんだ』と伝えて、向かったのです」
対面したアフマドさんの演技は、最初は「とてもひどかった」と監督は率直に振り返ります。引き返そうかと思ったその時、プロデューサーが言いました。「私たちは2時間かけてここまで来たんだ。彼にもう少し時間をあげよう」。
「すると突然、彼は素晴らしくなった。緊張が解け、とても自然で、とてもよかったのです」
「アフマドは、私が人生で出会った最高の子ども」──記憶と重なる場面と、2つの撮り直し

テレビとともに、村の道を歩くハムディ © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
主演経験のなかったアフマドさんは、撮影が始まると、監督の想像を超えていきました。
「私はこれまで、多くの映画を子どもたちと作ってきました。しかしアフマドは、私が人生で出会った最高の子どもです。まるでプロの俳優でした。5ページの台本を渡せば、翌日にはしっかり覚えてくる。あんな人には会ったことがありません」
その言葉を裏付けるように、アフマドさんは第10回ドホーク国際映画祭で最優秀男優賞を受賞しています。
──爆撃の場面や、片足を理由に拒絶される場面は、アフマドさん自身の記憶と重なるものだったはずです。撮影現場では、どんな配慮がありましたか。
「とてもいい質問です。ひとつ、答え忘れていたことがありました」と、監督は身を乗り出しました。アフマドさんを選んだ理由は、才能だけではなかったのです。
「彼の実人生は、この映画の物語ととても近いものでした。彼は父親と一緒にいるときに攻撃に遭いました。父親は兵士でもテロリストでもない、ただ通りを歩いていた民間人です。その場所が米軍の爆撃を受け、父親はその瞬間に亡くなり、彼は脚を失いました」
だからこそ撮影は、彼にとって単純なものではありませんでした。
「撮影中のアフマドは本当に見事でした。でも、彼にとって難しいものが何もなかった、という意味ではありません。チームから拒まれる場面や、父親にまつわる痛切な場面。彼自身が同じ出来事に直面してきたからこそ、これは現実なのか、映画なのか、分からなくなる瞬間があったのです」
そして監督は、キャリアで初めての決断をします。
「アフマドへの敬意から、2つの場面を後日、撮り直しました。その場で正しい感情が得られなかったからです。こんなことは、私の人生で一度もありませんでした」
感情が出るまでカメラを回し続けるのではなく、いったん止めて、日を改める。実体験を持つ子役と向き合った現場の、具体的な倫理がそこにありました。
「彼を幸せにできたことは、私たち自身の幸せだった」──義足、メッシ、そして守られた家

メッシ本人と対面したアフマド・モハメド・アブドラさん © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
映画は、アフマドさんの人生そのものも動かしました。カリファ監督が誇らしげに語ったのは、撮影後の変化です。
「誰にも知られていなかった少年が、映画のあと、イラクでとても有名になりました。私たちは彼のために義足を作り、募金を集めました。彼は2度ヨーロッパに渡り、メッシ本人にも会ったのです。彼の人生を幸せにできたこと、そして、人々が自分に注目してくれているのだと彼自身が知ってくれたことが、本当にうれしかった」
さらに監督は、思いがけないエピソードを明かしました。アフマドさん一家の自宅は無許可の建築物で、政府による撤去が予定されていたといいます。
「映画で彼はとても有名になりました。私たちも、撤去しないよう伝えました。そして彼らの家は、映画のおかげで取り壊されずに残ったのです」
「彼を幸せにできたことは、私たち自身の幸せのひとつでした」と、監督は繰り返しました。
ただし、この話は美談では終わりません。支援が届いたのは、キャスティングで届いたリストに並ぶ大勢の子どもたちのうちの、ひとりです。カリファ監督は取材のあいだ、必ず先にリストの苦しさを語り、そのあとでアフマドさんの変化を語りました。ひとりの人生が動いたことと、同じ境遇の子どもたちが残されていること。監督の語り順は、その両方から目をそらしていませんでした。
「映画は、観終わった人の中に数日間、居続ける」──釜山で聞いた、日本の物語

渡欧時、エッフェル塔の前で並ぶアフマドさんとカリファ監督 © A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
──日本は今、比較的平和な国です。ハムディのような子どもの姿を、日常で目にすることはほとんどありません。それでも、こうした物語を描き、届けることの意味を教えてください。
「それこそが映画の力です。映画館に行くのは、自分の日常から遠く離れた、ユニークで面白い物語に出会うためでしょう。2時間だけ、別の世界に入っていく。そこで何かを発見し、知らなかった文化や物語に出会う。それが映画の持つ力です」
そして監督は、釜山国際映画祭での出会いを語り始めました。
「韓国に行ったとき、私たちのメンターのひとりが日本の方でした。とても有名な撮影監督です。彼はこう言いました。『日本ではこういう物語は見られない。でも私たちには、別の種類の物語がある。たとえば孤独を抱えた人々や、家族の問題を描いた物語が』と」
「日本からそうした映画を観ることは、私たちにとって重要です。そして日本の人々が、私たちの地域のユニークな物語を観ることも。私たちは同じアジアに属しています。世界の反対側の物語を発見し合えるのは、とても面白いことです。私にとっては、日本でも、アメリカでも、ヨーロッパでも理解される、普遍的な物語を作ることがいつも大切なのです」
取材の最後、カリファ監督は自らの映画観を、こう締めくくりました。
「物語を語るうえで、いつも大切にしていることがあります。観た人が家に帰ったあとも、映画がその人の中に数日間、居続けること。家族と映画について話し続ける。『すごい映画を観たんだ。ずっと頭から離れない』と。そういう作品であることです」
ハムディとアフマドさんの物語が観客の中に居続ける数日間が、8月7日から、日本でも始まります。
映画『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』
2026年8月7日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
監督:サヒム・オマール・カリファ/出演:アフマド・モハメド・アブドラ、ザフラー・ガンドゥール、アセール・アデル
2023年|イラク・ベルギー・オランダ合作|アラビア語、クルド語|84分|日本語字幕:長夏実|後援:イラク共和国大使館|提供:ハーク|配給:Elles Films
© A Team Productions | Column Film | 10.80 Films | Macgyver
公式サイト:https://baghdad-messi.jp


