「うまさとか下手さじゃないんですよ」──怪談家・稲川淳二が障害者アート2,182作品の審査で見ているもの

エンタメ イベント ニュース

参加者20人と稲川淳二さん、西村由紀江さんで記念撮影をしました。前列中央が2023年稲川賞アワードの中村優志さんです。

9月9日、渋谷・宇田川町のビル3階に20人が机を並べ、色鉛筆や絵の具で「たのしいおばけ!ゆかいなおばけ!」を描きました。怪談家の稲川淳二さんが2021年に立ち上げたパラアート(障害者アート)の祭典「稲川淳二の稲川芸術祭」と、渋谷の若者拠点Sponge(スポンジ)によるコラボイベントです。稲川芸術祭には5年間で2,182作品が寄せられました。囲み取材で稲川さんは、パラアーティストの絵を見るたびに「自信なくすんですよ」と語りました。工業デザイナーとしてグッドデザイン賞を受けた人が、なぜそう言うのでしょうか。審査で何を見ているのかを、稲川さんに聞きました。

稲川芸術祭とは──市原のグループホームから2,182作品へ

稲川芸術祭は、精神・知的・身体の障害のある人から絵画作品を募り、オンライン美術館と絵画集で紹介する取り組みです。主催は一般社団法人あゆみ文化芸術振興会で、稲川さんはエグゼクティブ・プロデューサーを務めています。

始まりは、夏の全国ツアー「稲川淳二の怪談ナイト」のスタッフの一人が、千葉県市原市で障害者グループホームを運営していたことでした。稲川さんは囲み取材で、そのスタッフからの誘いが元だったと振り返り、こう続けました。

「私には障害を持った息子がいて、亡くなりましたけどね」
「それを思い出すので、私にできるかなと思った」
「決して世の中は悪いことばかりじゃないなと思いますよね」

2021年のパイロット版に全国から285点が集まり、2022年は320点、2023年は473点、2024年は574点、2025年は530点と続き、5年間の合計は2,182点になりました。応募作品はすべてオンライン美術館で公開され、参加者全員に全作品を載せた絵画集が贈られます。最優秀作には「稲川賞アワード」が贈られ、受賞者は稲川さんが着ているものと同じ緑のちゃんちゃんこを受け取ります。ほかに技能賞、敢闘賞、殊勲賞、クラウドファンディング賞があります。

会場のSpongeは「若者が作る、みんなで吸収し合う場所」をコンセプトに、渋谷区SDGs協会、渋谷・原宿表参道新聞、株式会社まなぶやの3団体が拠点にしている施設で、中高生や大学生が集まります。この日はパラアーティスト10人とSpongeのメンバー10人が同じ机で描きました。パラアーティストは、これまで稲川芸術祭に参加してきた都内近郊の就労継続支援A型・B型(障害のある人が働く福祉事業所)などと、渋谷区でアートに力を入れているB型事業所に、事務局が声をかけて集まりました。


パラアーティストとSpongeのメンバーが同じ机で描きました。手前は中村優志さんで、タコのぬいぐるみを傍らに置いています。

「うまさとか下手さじゃないんですよ」──稲川淳二が審査で見ているもの


参加者の手元をのぞき込む稲川さんと西村さんです。

囲み取材で、応募作品を審査するときにどこを見ているのかを尋ねました。稲川さんの答えは、うまいか下手かではありませんでした。

「うまさとか下手さじゃないんですよ」
「極端に言うと、形になってなくてもいいんですよね」
「見てて思わず、なんかいいね、そういう感じですよね」

応募作の作風は毎年さまざまで、見ていると心が和むと稲川さんは言います。そのうえで「賞、本当はもうつけたくないぐらいですよね」「賞は限りがあるもんですからね」と話しました。

テーマをなぜ「たのしいおばけ」にしたのかも聞きました。怪談は暗いものだと思われがちですが、そうではないと稲川さんは言います。

「日本人なら一つくらい誰でも話してるんですよ、子どもの頃から。そんな中で、誰が語っても楽しい、誰が描いても楽しい、誰でもできるものって怪談かなと思うんですよね」
「お化けって怖いって言うけど、その怖さって楽しいんですよね」
「ゲラゲラ笑う楽しさではなくて、その楽しさを表現したいなと思って」

「今考えると、本当につまんないんですよ」──工業デザイナーの受賞歴と、計算できない線

稲川さんは桑沢デザイン研究所を経て工業デザイナーとして活動し、1996年には自身がデザインした「車どめ」が当時の通商産業省選定のグッドデザイン賞を受けています。その受賞歴を、稲川さんはこの日、自分でこう語りました。

「通産省のグッドデザイン賞を取ったことあるんですが、今考えて本当につまんないんですよ、やっぱり」
「必要で作ることももちろんすごいんだけど、必要じゃなくても、なんか楽しいものだったりするじゃないですか。幸せにしてくれる。そういうものを感じてね、毎回このパラアーティストの皆さんの絵を見るとね、自信なくすんですよ」

囲み取材では、8月に97歳で亡くなった前衛芸術家・草間彌生さんの話題も出ました。工業デザインの線は計算して引けるが、草間さんのかぼちゃの線は計算では引けないと稲川さんは言います。

「あの方だけが持っている計算力があるんでしょうね」
「学校行って勉強したことで、これがあってるなと思ってしまった瞬間に、何かを忘れているのかもしれない」

同じ見方は、この日参加した中村優志さんの絵にも向けられました。普通は枠を決め、何をどこに置くかレイアウトを考えてから描きますが、中村さんは違うと稲川さんは言います。

「彼女の場合はどんどんどんどん描いてるんですよ」
「視点がバラバラじゃないんですよ。みんなと目が合っちゃうんです」


会場に展示された作品です。左は中村優志さんの『おばけの盆踊り』で、稲川さんが「みんなと目が合っちゃう」と語った絵です。

稲川芸術祭のクラウドファンディングのページには、稲川さんの次の言葉が載っています。「みんな障害って言うんだけれど、彼らは私たちが持ってない優れた才能をいっぱい持っている。私たちが気付かないものを絵にしたり、形にできる」

「好きなものを好きでい続けたこと」──2023年稲川賞・中村優志さん


西村さん、中村さん、稲川さんで怪談話でおなじみの「決めポーズ」。西村さんのTシャツとイーゼルの絵は、中村さんの『おばけの盆踊り』です。

中村優志さんは、2023年の稲川賞アワードを『おばけの盆踊り』で受賞しました。この日、西村由紀江さんが着ていた黄色いTシャツには、その絵がプリントされていました。西村さんは「タコとか、いろんなおばけとか、一緒に踊ってる」と紹介しました。

中村さんは緑のちゃんちゃんこを着てセッションに参加し、大きな作品を持って登壇しました。今の気持ちを聞かれて、こう答えました。

「やっぱり好きなものを好きでい続けたことと、活動を続けてみたこと。それが一番良かったかなって思ってますね」

「私はピアノで、今日の皆さんは絵で」──西村由紀江が語る、不登校とピアノ

稲川芸術祭のイメージソング「キ·ラ·リ」を担当するピアニストの西村由紀江さんは、1986年のデビューから今年で40周年を迎え、5月にはベスト盤『40th Anniversary ~ ALL TIME BEST』を出しました。参加者の絵を見た西村さんは、自分の話を始めました。

「私自身が実は、人見知りで不登校になったんですね。そんな時に必死で表現したのがピアノのメロディで、そのメロディを作っていたのが今のピアニストとしての活動になるんですけども」
「表現方法が私の場合はピアノで、今日皆さんは絵で。心の中から湧き出ているものっていうのはすごく大事だなって」

これを受けて稲川さんは、人見知りは悪いことではなく、自分がデリケートで、ものの見方が鋭いということだと話しました。

作品はその後どこへ行くのか──絵画集、グッズ、国会図書館、そして市場

応募作品は「稲川オンライン美術館」で、2022年から2025年の1,897点が公開されています。作品の著作権は応募者本人に残ります。応募の条件は、絵画集とオンライン美術館で公開されることです。参加者全員に届く絵画集は、これまでの分をまとめて国立国会図書館に寄贈する予定で、受け入れは図書館に確認済みです。寄贈はまだ実現していません。

入賞作は「稲川アートコレクションズ」で商品化され、歴代の受賞作をプリントしたマグカップは1,705円(税込)で販売されています。商品化する場合は、事務局が作者と別途マーチャンダイジング契約(商品化の契約)を結んだうえで進めます。


会場に並んだ稲川アートコレクションズの商品と、2021年から2024年の絵画集です。応募作品がマグカップやトートバッグになっています。

受賞作を企業の商品デザインに採用してもらう構想もありますが、事務局によると採用された事例はまだなく、これから進めたいとしています。

運営費はクラウドファンディングで賄われています。2025年は目標200万円に対し、62人から931,100円が集まりました。使い道は人件費50万円、絵画集の制作費50万円、リターン制作費40万円、WEB制作費30万円、広報費20万円、郵送費10万円と公開されています。

障害のある人のアートを事業として扱う動きは広がっています。盛岡市のヘラルボニーは、主に知的障害のある153人の作家と契約し、2,000点以上の作品データをライセンス管理して企業に提供しており、2027年の上場を目指しています。国は2018年に障害者による文化芸術活動の推進に関する法律を施行し、2023年度から2027年度を対象とする第2期の基本計画を進めています。稲川芸術祭は、賞金や販売よりも、応募した全員の作品を載せて残すことを続けてきた取り組みです。

2027年7月へ──募集のない1年と、パネル展、80歳

稲川芸術祭は2026年の募集を行わず、次回は2027年7月に募集を始める予定です。テーマは「たのしい!おばけ、ゆかいな!おばけ」で、参加者全員への絵画集と稲川賞アワード2027はこれまで通りです。応募要項もこれまでと同じ形を予定しており、正式には2027年7月に公式サイトで発表されます。

9月21日と22日には東京国際フォーラム ホールCで「稲川淳二の怪談ナイト」の公演があり、ロビーで稲川芸術祭のパネル展が開かれています。怪談ナイトは今年34年目で、39会場57公演はツアー史上最多です。稲川さんは来年80歳を迎えます。

「私の話はきっと優しい怪談だと思うんですよ」
「80から、稲川怪談の次の歴史に入っていこうと思っているんですよ」
「笑える怪談、すごく怖い怪談、ちょっと優しい怪談やろうと思っているんですよ」
「もう今、語れるうちにやっておこうと思ってるんですよね」

「誰が描いても楽しい」と稲川さんが言うおばけの絵の募集は、2027年7月にまた始まります。

稲川淳二の稲川芸術祭 公式サイト(募集要項・オンライン美術館)
https://www.inagawa-art-festival.com/

稲川芸術祭事務局 X(2027年募集の告知)
https://x.com/Inagawa_artfes

MYSTERY NIGHT TOUR 2026 稲川淳二の怪談ナイト(9月21・22日のパネル展会場)
https://j-inagawa.com/ev_tour_2026.php



オンラインサロン「障害者ドットコム コミュニティ」に参加しませんか?
月々990円(障害のある方は550円)の支援で、障害者ドットコムをサポートしませんか。
詳細はこちら
https://community.camp-fire.jp/projects/view/544022


障害者ドットコムニュース編集部

障害者ドットコムニュース編集部

「福祉をもっとわかりやすく!使いやすく!楽しく!」をモットーに、障害・病気をもつ方の仕事や暮らしに関する最新ニュースやコラムなどを発信していきます。
よろしくお願いします。

関連記事

人気記事

施設検索履歴を開く

最近見た施設

閲覧履歴がありません。

TOP

しばらくお待ちください