胡蝶蘭で知的障害者の工賃を倍増させる〜AlonAlonの那部智史(なべ・さとし)理事長の挑戦

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NPO法人「AlonAlon(アロンアロン)」の那部智史(なべ・さとし)理事長へリモート取材をさせて頂くことになりました。AlonAlonでは胡蝶蘭の栽培と販売を主とするB型事業所の運営を行っています。胡蝶蘭(こちょうらん)とは贈答用の花で、企業間ではお祝い事などの時に贈り合うのがマナーとされています。

那部理事長へのインタビューからは、現在のB型事業所が抱える工賃と就労率の問題と、障害者の就労や経済的自立が難しい現状、そして解決策となる考え方が垣間見えてきました

胡蝶蘭農園とはこういう所です

──すごく広いですね

敷地がだいたい2000坪あります。胡蝶蘭の栽培をする温室が400坪で、建築途中のものもあります。野菜やフルーツなどを作る農園を1000坪。第1農園である胡蝶蘭農園は3年前に稼働を始めており、企業向けに販売しています。

胡蝶蘭は障害者が栽培したからと言って安売りせず、大手フラワーショップと同じ価格設定で販売しております。

──生産から販売まで手掛けているのですね

私たちは福祉を主な事業体としておりますが、福祉事業だけでは働くスタッフの収入が頭打ちとなってしまいます。そこで、福祉を軸にしながらも様々な事業へ派生していくよう努めました。

胡蝶蘭の苗が入ってから商品として出荷されるまで約半年かかり、それまでの作業をB型事業所として行っています。作業の中で最も難しいのが環境設定で、気温25~30℃で湿気のない「常春(とこはる)」を24時間365日維持せねばなりません。この課題を解決したのがコンピュータ管理された温室でした。

月1万6千、就労率1%に疑問

──プロジェクトの立ち上げで定着支援もされるそうですが、どのような思いで始めたのですか

工賃が安い原因について考えると、B型事業所は工賃が上がることに対して評価されていなかった背景があるように思います。全国約30万人の利用者が平均月16,000円で働いていると聞いて、「安すぎるな」と考えていました。

障害者に能力が無いから月16,000円なのかというとそうではありません。健常者でも机一つで一か月内職だけしてどれほど稼げるでしょう。大半のB型事業所が机一つで内職という形態ですが、それが障害者の持つ100%の力ではありません。私は福祉以外の人間として、作業場に投資をすればその分工賃も増えるのが当然と考えました。

世の中のB型事業所が机一つならば、自分は5000万円投資して胡蝶蘭農園を作り作業場とします。割り箸の袋詰めと何万円もする胡蝶蘭では配分される工賃が違うのも当たり前です。

福祉をやる上でもう一つ気になったのが、B型事業所の利用者が1%しか就職できていないことです。机一つでやる内職に「技術の積み上げ」がないことは原因の一つでしょう。割り箸の袋詰めやペンの組み立てを繰り返すだけでは(一般就労で通じる)ノウハウとして蓄積されません。

対して設備投資をした作業場で働いていくならば、ここなら「胡蝶蘭職人」になれます。「胡蝶蘭職人」になれば、年間330億円の胡蝶蘭市場に入れるわけで、それは企業が胡蝶蘭を自家栽培する為の特例子会社への雇用に繋がることを意味します。日本企業の半分が法定雇用率の未達成に喘いでいる中、(ノウハウを積めば)うちの利用者を雇用してはどうかと提案も出来るのです。
現在AlonAlon利用者の就労率は50%で、長くとも2年間働いていれば半々は就職が決まるような感じです。そうした今までにないB型事業所のスタイルが事業計画書からも見えてきたので、事業所の方向性も定まりました。

──企業に雇用された元利用者がAlonAlonへ出向する感じですか?

まず贈答用の花に年3000万~4000万円を使う企業様から私たちの活動に共感して頂きます。そこで胡蝶蘭を買っていただくだけでなく、胡蝶蘭に精通した利用者を雇って自家栽培しませんかと提案する訳です。
後で就職先にも胡蝶蘭を栽培する環境を整えることがあります。AlonAlonのスペースを少し貸しただけでは必要な胡蝶蘭を賄いきれませんので、企業独自の胡蝶蘭農園を協力して造るのです。

つまり、利用者を雇用する企業様に胡蝶蘭の自家栽培について共感して頂き、特例子会社や農園を設立するためのお手伝いもします。その特例子会社は支援学校の卒業生の就職先にもなりますし、苗の供給や花の配送といった仕事もあります。企業様と長く契約を続けることで収益が上がり工賃アップにも繋がります。

このように、福祉事業を軸としてはおりますが、企業様とのやり取りは福祉と違ったビジネス目線で取り組み、グループ全体の収益を上げて高い工賃を出していきます。

利用者の自立を第一とせよ

──ほとんどの事業所が資金や広報力に欠けている現状ですが、何かアドバイスはありますか

自分たちもAlonAlonを設立するまで4年間は花の営業しかしていませんでした。販路の開拓だけに時間を費やしていたのです。事業所を建ててから工賃を上げようとしても遅く、働く利用者にしっかりと工賃を出すならば先に販路を開拓すべきです。

B型事業所の運営で「何人の利用者が入ればどのぐらい回るか」を考える人は多いですが、それは単に施設長の食い扶持しか考えておらず、福祉の精神からは大きく外れています。福祉の世界に足を踏み入れるならば、利用者の幸福について考えることが大事ではないでしょうか。

──事業所の運営で手一杯で利用者のことが後回しになる所が多いのですが、これについてどう思われますか

事業所の運営資金として合計1億円を工面した時に、ある福祉事業者にこう言われました。「お前は馬鹿だな。B型事業所など1000万円あれば出来るんだぞ。1億もあったら20人の事業所が10できて200人、200人もいればこんなに儲かる…」

これを聞いて「あっ、終わってるなこの人」と思いました。その程度のB型事業所が量産されたところで世の中は良くなりません。
障害者の経済的自立、働ける能力を引き出すことがB型事業所の存在意義だと私は考えています。能力を引き出した障害者が一般企業に就職し、経済的に独立する事をひとつの社会インフラとしていきたいです。

B型事業所の問題とは、事業所の利益と利用者の経済的自立が相反していることです。確かに障害の程度は様々ですが、経済的自立が出来そうな障害者まで一緒くたに抱え込んでいる所が多いのではないですか。経済的自立が出来るなら就職させればいい筈なのに、させてくれません。そういう所は利用者へ「君が一番の稼ぎ頭だよ!」などと励ましていますが、稼ぎ頭だとしても工賃として分配されるとなると高が知れています。

B型事業所と利用者の利益が相反しているという構造上の問題を解決するには、まず利用者の経済的自立を第一に考え、その延長線上に事業所の利益を置くことです。利用者の自立ありきで事業所の利益が出る構造ならば、積極的に就職させたくなるでしょうし、1%に過ぎなかった就労率も上がってくるでしょう。

B型事業所を取り巻く制度の不備

──コロナ禍の影響などは大丈夫ですか

その間は個人向け商品のネット販売やクラウドファンディングを中心に行い、1,500件もお買い上げいただいて売れ残りはありませんでした。現在は段々通常通りとなり、栽培している胡蝶蘭の行き先も決まっています。

去年の台風15号の折、停電して温室の温度調節が出来なくなり苗が全滅したことがあります。以後は災害へのリスクヘッジも意識するようになり、発電機の導入や野菜やフルーツの農園にも力を入れ始めました。コロナ禍では企業向けから個人向けに注力し、1,500人ものお客様からご契約頂く中で個人向けの窓口も整いました。

確かにコロナ禍で痛い思いはしましたが、足掻くことで得られたものもまた存在します。

──最後に伝えたいことをお願いします

私は世の中のB型事業所が悪いと言いたいわけではありません。ただ制度設計が破綻しているのが問題です。利用者が経済的な自立を果たせるかどうかを意識して制度を変えていけば現状は改善されるのではないでしょうか。

会計(銀行の融資)ひとつとっても、投資して利益を出しても全て工賃に充てる以上銀行からの借金を返済する足しにはなりません。ゆえにB型事業所は銀行から融資を受けるという手段が取れず、自分の財力を頼るしかないのです。

このように、現制度は「B型事業所は机一つの内職しか出来ない」という仮定で組まれている嫌いがあります。利用者が高度な作業をして就職するというビジョンに沿った制度改革をこれからはしていかねばなりません。銀行から融資を受けてチャレンジする環境が出来なければ、机で内職をする現状から離れることは出来ないのです。
銀行の融資でなくとも、施設外就労の現場を作るなど何らかのイノベーションを起こさなくては、B型事業所を取り巻く現状は変わらないと思います。

参考サイト

AlonAlon公式ページ
https://www.alon-alon.org

那部理事長が日経新聞に寄稿した提言(PDFファイル)
https://www.alon-alon.org/news/detail153.html

障害者ドットコムニュース編集部

障害者ドットコムニュース編集部

「福祉をもっとわかりやすく!使いやすく!楽しく!」をモットーに、障害・病気をもつ方の仕事や暮らしに関する最新ニュースやコラムなどを発信していきます。
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