法定雇用率を上げるだけの懲罰主義が何をもたらしたか

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企業が一定の障害者を雇うよう義務付ける法定雇用率は、およそ5年に1度見直されています。現在は精神障害者も明確に対象となっており、今年3月末には2.3%(役所関係は2.6%、教育委員会は2.5%)にまで引き上げがなされている筈です。

これが施行された2018年の時点で、「もはや法定雇用率を上げるだけの懲罰主義は限界だ」という声が出ています。障害者を雇わなければ納付金では済まず、指導を受け報告書も書かされ、仕舞には社名を晒されるわけですが、こうした締め上げを苦にして企業が暴走を始めているというのです。

大企業しか対応できないし、その対応もマズい

2018年に慶應義塾大学商学部の中島隆信教授が東洋経済オンラインへ寄稿した記事によりますと、法定雇用率に今対応できるのは大企業でもないと難しいうえ、その対応も障害者の社会進出をうながしているとは言い難いようです。

1976年に雇用義務化(当時は身体障害者のみ)が始まってからしばらくは、雇用に積極的な中小企業を大企業からの納付金で支える構図が通用していました。ところが、雇える身体障害者の数が飽和したのか中小企業と大企業の雇用具合が入れ替わったのです。1997年に知的障害者を対象に加えたにも関わらず2000年を境に逆転し、雇う余裕のない中小企業が払った納付金が余裕のある大企業へ渡る構図となりました。

これを煽ったのが、2002年に施行された特例子会社制度で「障害者倉庫」として子会社を作れる大企業に大きな恩恵を与えました。雑務を与えて本業に集中したり外注に任せていた清掃などを取り込んでコストダウンを図ったりと、障害者を雇いながら隔離できる妙策でした。(一部は独自の仕事を任せ、本当の意味で「子会社」にした所もあります)

これに中島教授は「社内の雑用だけ押し付けても業績は上がらない」「特例子会社への報酬は『定額サービス』のようなもの」「特例子会社が一人当たりの仕事量を上げるのは、寧ろ頭数合わせの邪魔になる」と手厳しい評価です。

そもそも未達成企業から納付金を得て障害者支援(達成企業への給付など)の財源にする前提と、未達成企業への晒しも含めた懲罰主義が致命的に噛み合わないと中島教授は指摘します。確かに未達成企業の存在をアテにしながらそれを懲罰するのは矛盾の極みですね。(ちなみに、別のテレビ取材で中島教授が示した「真の法定雇用率」は5.4%でした。3%台でも発狂されそうなのに、まだ伸びるようです。)

法定雇用率だけ上げて締め上げるやり方は既に限界を迎えていました。しかも音頭を取るべき官公庁自体が40年以上も前から水増しで済ませていたことまで発覚し、説得力も失います。

抜け道たっぷり

法定雇用率制度には既に多くの抜け道が発見されており、ハッキリ言って障害者就労の足しにはなりません。いくらかご紹介しましょう。

貸農園
簡単な手順で管理できる養液栽培のビニールハウスごと障害者を雇わせる手法で、障害者を社内へ入れずに雇用率だけ達成できる画期的なビジネスとなりました。雇用率達成の救世主として様々な自治体からもラブコールを受け、現在もなお愛され続けています。
働く障害者やその家庭にとっても、「作業所ではとても貰えない給料(最低賃金)が貰える」と好評です。ただ、作られた野菜が市場に出回ることは無く、企業か本人に無償で渡されました。やろうと思えば野菜を隠れて廃棄することも出来ます。これで障害者が社会と共生し働けていると言えるのでしょうか。
湧きあがる疑問をよそに、精神障害者や知的障害者の「合法座敷牢」としてこれからも名を上げていくことでしょう。「障害者は単純作業」から「障害者は農業」へのシフトは、ある意味進化と言えるかもしれません。

雇うフリ
障害者雇用について国に報告するのは6月1日なのですが、その日を乗り切るためだけに障害者を一時雇用して報告が終わればすぐ解雇するという企業もあり得なくはないです。障害者雇用はほぼ確実に非正規なので、6月を乗り切れる程度の契約期間だけ雇って後で捨てる程度は造作もありません。
評判がガタ落ちしそうな下策に思えますが、企業名を出して告発すると逆に名誉毀損で訴えられるリスクがあるようなので、案外バレません。

開き直る
名前を晒されても忘れられそうな中小企業ならば、いっそ雇わないで開き直る選択をするかもしれません。納付金は必要経費と捉え、指導や企業名公表も「障害者を雇うよりマシ」という考え方です。いわゆる「無敵の人(失うものが無いため犯罪を思い留まる理由がないというネットスラング)」の企業版といってもいいでしょう。
ただ実際に企業名公表を受けるケースは稀で、大多数の企業は指導が入り始めた段階で慌てて採用活動を始めるパターンが多いそうです。
いざ採用活動をするにしても、在宅勤務に重度身体障害者(在宅ゆえバリアフリー不要+2人分算定される)だけを求めたり、不適性検査などで「手のかからない子」を探したりと甘ったれた行動も見受けられますが。中には「発達障害者に面接で軽く質問したら詰まったので落とした」と武勇伝のようにブログなどで書いている者もいます。

それでも納税者にしなければならない

経済を回すには多くの大人が手に職を持ち「納税者(タックスペイヤー)」とならねばなりません。しかし、簡単に納税者へなれない人も当然出てきます。これに想像力の欠如した者らが生産性だなんだと勝手な放言をして自分だけ気持ちよくなっています。

障害者が納税者になれないのは、納税者となるにあたって社会的に障害が数多く横たわっているためです。就活はあれこれ理由をつけて断られ、就職できても最低賃金で昇給もない万年非正規がザラです。とても納税者に出来ているとは言えませんが、周りはただ「やっぱ障害者は生産性がねぇなぁ~」と舌を見て気持ち良くなっているだけであとは素知らぬ顔です。

システム作り以前に、誰もが一人で納税者になっている訳ではないということを自覚させるべきだと思います。大なり小なり多くの人の関わりと縁があって初めて人はタックスペイヤーとなれます。まずは「エスカレーター式にタックスペイヤーとなれる」という思い込みを矯正するべきではないでしょうか。

障害者雇用の改善で、知的障害者の上司が生まれる?

仮に障害者雇用が本当の意味でポピュラーになると、職場に定着した知的障害者が昇進することも現実的になります。酷い予想ですが、知的障害者が上司というだけで部下が精神疾患になるリスクが増大するかもしれないと杞憂しています。

現在でも「中途採用と年下の部下」の関係は難しいとされています。部下が年下というだけで「この年になって自分はなんて駄目なんだ」と自己嫌悪や自尊心の低下が起きやすくなるそうです。無意識の偏見や差別で勝手に沈むから自業自得といえばそうなのですが、精神疾患に繋がるならば無視はできないでしょう。

これは杞憂に過ぎません。しかし、現実的な悩みとなったときは既に障害者の就労が上手くいっている時代になっているのではないかとも思っています。「仕事に就けるか」「給料は入るか」などと生存権に関わる切羽詰まった悩みから解放され、地に足の着いた社会人ならではの贅沢な悩みを持たせて欲しいものですね。

参考サイト

日本の「障害者雇用政策」は問題が多すぎる|東洋経済オンライン
https://toyokeizai.net

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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