マジョリティとは「気にしないで済む人々」のことである!

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Buzzfeedが「マジョリティとは、マイノリティとは、それが何か見せつけてやる!」とばかりに或る記事を公開しました。BuzzFeedの籏智広太(はたち・こうた)記者と社会学者のケイン樹里安(じゅりあん)氏による、森喜朗元JOC会長の発言をテーマにした取材記事です。

ケイン氏は「マジョリティとは『多数派』ではなく『気にしないで済む人々』を指す」と再定義しています。確かに、単純に数や人口比だけでいえば政治や国を動かす層がマイノリティとなりますので、「『マジョリティ=多数派』『マイノリティ=少数派』というのは違うのでは?」という疑問は割と「いい質問」だと思います。

一方、「騒いでもらえるだけ有難いと思いなさい」という別視点もあります。それは「かわいそうランキング」という独特の比喩ないし尺度です。

気にしないで済むのがマジョリティ

ケイン氏がこの定義を出したのは、ある時学生に「結局マジョリティって何ですか」と聞かれたことがきっかけです。ここで咄嗟に「気にしないで済む人々」と答えたことから、マジョリティの意味について再考しだしました。

ケイン氏が改めて組んだマジョリティの特徴はこうです。「社会の不公正や不平等といった障害に気付けないし、気付いたとしても無視できる」「無視することで無意識に不公平の維持や再生産に加担する。中にはそれで利益を得る事すらある」

対して、マイノリティ側は人生の要所要所で社会に横たわる障害にぶつかり、不公平を必ず知覚させられます。実際に不利益を被る以上、気付かないふりは不可能です。

例えば、「『(発達障害児は)昔からそういう子は居た』と言うが、どういう大人になったかまで言わないと無意味。『そういう子』で止まっているのは、歳を重ねる中で社会からドロップアウトしたからではないか」という文言が上手く言い当てています。

社会のレールからはじき出されるほどの障害は、ぶつかって初めて知覚するものです。ぶつかることのないマジョリティにとってぶつかった人など関係ないし、関係ないゆえに無視していられます。視野や想像力が育まれていれば気付くかもしれませんが、大抵はそこまで思考が回りません。

新定義は既存の差別問題に限らない

この新定義は既存の差別問題に限らず幅広い話題を照らすことが出来ます。例えば、公務員の削減を声高に叫ぶ人間はワーキングプア公務員の存在に気付きませんし、気付かないで済みます。クマの保護を要求する人間はマタギ(対クマ専門の猟師)がどう生計を立てているか想像することさえありません。

ヴィーガンや撮り鉄の過激派は最たる例で、畜産農家や鉄道関係者の立場など一切考慮しません。彼らへのカウンターパンチもまた「でもね、ヴィーガンや撮り鉄も悪いんですよ」とばかりに界隈全体への焦土作戦を仕掛けんばかりの勢いです。これは持論ですが、悪目立ちするのがごく一部と分かっていても、嫌いな界隈がやらかした時に「まあごく一部の馬鹿者がやったことだし…」とお互い様精神を発動させるのは無理だと思います。

何はともあれ、「気付かないで済む」ことがマジョリティの特権であり愚かさであるとするならば、誰もが加害者となり得ることは心しておくべきでしょう。全てを見通す視野も全てを慮る想像力も持つ人間は存在しません。ケイン氏は「知らなかった抑圧を否認しないこと」が大切だと述べています。

「かわいそうランキング」という尺度

一方、「かわいそうランキング」という別の見方もあります。平たく言えば「人の属性には『かわいそう』と思ってもらえる”序列”が存在する。上位は率先して助けられるが下位は見向きもされない」という思考原理で、誰もが無意識に抱いているそうです。

「かわいそうランキング」の下位は見向きされず「透明化」させられます。しかし、完全にいなくなったわけではなく、気にしないで済まされた溝の底で確かに感情を持って息づいています。これは当たり前の話ですが。

「かわいそうランキング」の提唱者は、下位層の鬱屈が表出した出来事として植松聖に対するネットの反応を挙げています。「気にしないで済む人々」によって社会の片隅に追いやられ、苦境を自己責任で片付けられてきた人たちです。

彼らは「植松のしてきたことは、社会が自分たちへしてきたことと一緒だ。被害者を偲び植松を憎むなど矛盾した偽善でしかない」と説きます。植松を英雄として崇め礼賛するのが、積もり積もった憎悪を発散する手段だというのです。

凶悪犯罪者の擁護までくれば相当追い込まれているかもしれません。しかし、被虐待児が「試し行動」をするかのように攻撃的な言動をやめない様子は、悲哀こそあれ同情しにくいものです。そうして互いに分断を深めていくわけですね。

世は大分断時代

「気にしないで済むマジョリティ」といい「かわいそうランキング」といい、データよりもリアリティに訴えて世相を斬った重い言葉だと思います。そして、現代はこれを容易く真に受けて分断意識を高める「大分断時代」に突入しています。

分断は共生と真逆の概念であるばかりか「可哀想な自分達に見向きもしないあいつらは愚か者だ!」などと思考を先鋭化させていきます。思考が先鋭化すると説得も議論も通用しません。

そこかしこで顕在化する「分断」ですが、昨日今日出来た溝ではなく長年多くの人が見過ごしてきた溝がようやく気付かれたといった方が正しいでしょう。それでも本当の意味でのマジョリティは、溝どころか峡谷になってもなお見て見ぬふりをしていられる特権を、今日も知らないうちに享受しています。

参考サイト

あなたは「自分が森さんじゃない」と言えますか?マジョリティの特権とは何なのか
https://www.buzzfeed.com

書評「矛盾社会序説」
https://webronza.asahi.com

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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