HSPと、ともに。

パニック障害の薬をやめて5年経ちました〜HSPと、ともに。<vol.55>

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HSPと、ともに。vol.55 <毎月1日連載>

薬をやめた5年前は、激しい禁断症状と、ものすごい恐怖と不安で1人で外出する事がもちろんできず、自分の家と車と夫だけが安心する場所でした。家を離れる事が恐怖で、1人で外を10m歩くのもやっとでした。それから5年経ち、今では電車や飛行機に乗れない以外は、頑張ったらできるようになった事もたくさんあります。

高所とエレベーターが苦手でしたが、1月に映画「えんとつ町のプペル」にハマり、総指揮の西野亮廣さんが大阪の映画館に来られる日に頑張って行っていたら、建物の8階までは平気になっていました。去年の今頃は、百貨店の9階に頑張って1度行けたくらいでした。嬉しくなって、家族で良く行った梅田阪急百貨店の、9〜13階に練習がてら行ってみたら、そのくらいの高さは平気になったので今は嬉しくて、幸せです。夫がランチで、会社近くのビルの33階へ行ってみて良かったと言うのでチャレンジしてみたら、食事にも行けました。さすがに怖かったですが、景色も綺麗で嬉しかったです。トップの写真は、その時の景色です。今までは、私が住んでいる5階までしか無理な事を知っている方に話したら、「成長してるねんなー!」と言われて嬉しかったです。一度みんなで高い階にある場所でランチをする話になった時に、私が行けないから地下のお店に変えた事があり、次は行けると思ったら嬉しいです。こうやって、パニック障害の私がいるから場所が変更になる事が度々あるので、いつも申し訳ないなと思っていたのです。だからいつか、みんなで行きたい所へ行けるようになるために、私も日々頑張っています。

ところが、11月20日の夜、会社の近くで大きな火事がありました。仕事の後、食事をして帰ろうと地下街を歩いていたら、突然白い煙が充満してパニックになりました。夫や通行人は普通に歩いています。大阪の人凄いな、私だけ焦っていたと思いました。やっと地上に出て、「新鮮な空気が吸える!」と、パニック障害なら嬉しくなるところでしたが、地上に出てみるとさらに、辺り一面が煙で真っ白になっていました。さすがに夫や通行人も何事かと、Twitterなどで調べてみると、近くで火事が発生したことがわかりました。原因を知って、ほっとしましたが火事ならどんな被害があるのか…また心配になってきました。私は、阪神大震災で震度7を自宅で体験し、その後、気分転換にと祖母と東京へ新幹線で向かっていた朝に、地下鉄サリン事件が起きたので、この煙が何か毒だったらどうしようと、ものすごい恐怖でした。火事の煙も大量に吸ったので、喉や目も痛くなって、しばらくは不安でした。会社の近くだったので、行ったらまた思い出して呼吸困難になったり、体調が悪くなったりしてしんどかったです。今は、治療の甲斐あって平気になってきました。幸いその火事では逃げ遅れた方や、ケガ人もいなかったとニュースで見たので安心しました。東京で起きた地下鉄サリン事件の日は、負傷者がどんどん増えていくのを知って、怖かったです。家に帰ると、「良く生きて帰って来たな!」と友達に驚かれました。

私が電車が苦手なのがまずこの事件で、次に、良く利用していたJR福知山線の事故です。父は、ニューヨークでこの事故を知り、あちらでも大きく取り上げられていたらしく、「ああ、またこれで直美はショックで体調を崩すだろうと思った。」と言っていました。それからは、本当に電車が苦手になり、薬を飲んでいても電車に乗るのは苦痛でした。最後に電車に乗ったのは、5年前の熊本地震の被災地に、集まった募金を届けに、被災地障害者センターくまもと代表、東俊裕さんにお会いしたくて行った時の新大阪から熊本の往復です。これが、かなりしんどかったです。まだ薬をやめる前でポイポイ飲んでいたのですが、長距離の新幹線が辛くて、音楽を聴いたり、ホームに降りて休んだり、泣いたり、うずくまったりしながら、やっとの思いで熊本の駅に着き、迎えに来ていただいた東さんの車に乗せていただいた時は、ほっとして、あの時の安心感や、やっとお会いできた喜びは、忘れることができません。たくさんの募金を渡せて、喜んでいただいて嬉しかったです。また、熊本の被災地で障害や病気のある方が困っている事や支援の状況などを知っていただくためのイベントを開催するために、東さんに益城町を案内していただきました。阪神大震災で倒壊した景色と似ているので、見ていて辛かったです。ですが、倒壊して更地になった家の方や、そこで仕事をしている東さんの明るく優しい気遣いに、こちらが勇気をいただきました。「喉渇いたでしょう」と九州名物の袋に入ったかき氷や、豆乳などを頂き、大事な食料なのに…と思いながらも皆んなで笑いながら食べたあの時間はとても温かく、一生の想い出になりました。大阪で開催したイベントでは、また、たくさんの募金が集まり、被災地支援にはお金が必要なので、本当に嬉しかったです。

「パニック障害なのに、大阪から新幹線で熊本に来て、イベントもするの?パニック障害じゃなかったら、もっと活躍していただろうな!」と、熊本にボランティアで来られていた方に言っていただき嬉しかったのですが、パニック障害じゃなかったら、ここまで辛い人の気持ちに寄り添う活動が出来ていただろうか?と思います。たくさんの辛い体験をしたからこそ、なんとかして力になりたいと思います。またいつか、新幹線に乗って熊本へ、九州へ行ってみたいな。温かい人柄に、美味しい食事に、大好きな場所になりました。

川田 直美  障害者ドットコム株式会社スタッフ

川田 直美  障害者ドットコム株式会社スタッフ

HSP、ASD(自閉症スペクトラム)、ADHD、LD(学習障害)があり、発達障害をコンプリート。パニック障害もあり、生きづらさも感じながらも、日々楽しくいこうと考えている。今まで、花屋、ケーキ屋、カフェ、デザイン企画、オリジナル雑貨制作などいろいろな仕事を経験。自然と犬と本が大好き。

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