「誰もがうつ病になりうる」また証明か

うつ病
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かつて、うつ病は誰もが罹りえるものと伝えるために「うつは心の風邪」という標語が生まれました。一部では「風邪程度で大したことはない」と都合よく曲解されているようですが。

さて、東洋経済オンラインにてうつ病にかかった男性の記事が取り上げられました。注目すべきは、その男性が陸上自衛隊の幹部自衛官だったことです。自衛隊という厳しい環境の中で出世してきた人間の心を、いとも簡単に折ってしまったのは上司からの執拗なパワハラでした。

また、強いストレッサーがなければうつ病にならないというのも誤解で、思い当たる原因もないのにうつ病になるケースもあるようです。うつ病は今でも解明されていないことだらけと言えます。

「人一倍メンタルが強いと思っていたのに…」

うつ病で幹部自衛官を辞めた「わび」さんは、現在外資系企業で働きながら自らの体験や社会復帰までの道筋などを書籍として著しています。

自衛隊はいうまでもなく厳しい環境で、わびさんが通った幹部候補生のルートではなおさらです。午前6時にラッパの音で起こされ、数分で着替えとベッド整理を済ませ、上半身裸で外に集合し点呼を取って腕立て伏せ…というのが毎朝の様子でした。卒業後も暑いところは50度前後、寒いところは氷点下15度と極限の環境に身を置くことも多く、普段温厚な人でも怒りっぽくなるほどだったそうです。

わびさんは当時「自分は誰よりもメンタルが強い」と自負しており、その証拠に厳しいエリートコースでも優秀な成績を収め、出世街道は順風満帆ともいえる状況でした。過酷な環境を乗り越えた筈の幹部自衛官ですが、そんな彼の心はどうして折れてしまったのでしょうか。原因は、部署異動でパワハラ上司にぶつかったことでした。

上司は毎日激しい怒号を飛ばし、報告・連絡・相談は夜にしか受け付けず、毎回長時間ネチネチと人格否定され、業務自体も月200時間以上の残業が当たり前の激務でした。上司の出勤までに仕上げねばならない業務も残業の一因です。

はじめは「自分のためを思って叱ってくれている」と思っていたわびさんですが、何をやっても改善されない様子が長く続いて精神も摩耗してきます。愛妻弁当や子どもの名前や家の車にケチをつけてきてようやくパワハラを疑いだしたのですが、すでに精神は限界を迎えていました。買った缶コーヒーの種類ひとつでも怒鳴ってくるのではないか等と、日常生活の節々で上司の幻影に怯えるまでになっていたのです。

結局わびさんはうつ病の診断を受けて自衛隊を辞め、社会復帰までに1年2年と費やすことになります。最後の記憶は曖昧で、叫び声をあげてデスクの下に潜り込んだところを病院に運ばれたそうです。

うつ病への考え方

わびさんは自身の経験を踏まえ、自分なりにうつ病やそれをもたらすストレッサーへの考え方をまとめました。まずパワハラに対しては「パワハラをする人間は誰かにマウントを取って自分の力を誇示したいか、或いは自分の要求を押し通したいだけ」「そういう人間にとって『利用できない』と思わせることが大切」と振り返ります。「自分はマウントを取って気持ちよくなるためのポルノではない」と態度で示すことです。

とはいえパワハラの長期化で精神が摩耗すると、抵抗するための判断力も行動力も鈍ります。我慢を続けても心の傷が深くなって立ち直れなくなるだけなので、精神の弱りを感じたら「逃げ」の姿勢も大切だとわびさんは説きます。

その精神の弱りは様々なサインとなって表れます。「食事が美味しくない」「休日に動けない」「なかなか寝付けない」「嫌な記憶が蘇る」「希死念慮」などです。これを感じ取れるうちに対策を立てておくのが、うつ病を重症化させないうえで大事なことだといいます。俗にいう「早期発見」というものです。

パワハラで心を折られ幹部自衛官を離れることになったわびさんは、自らの経験を通して「メンタルは鍛えられない」と一言残しています。自らの心のサインを聞き届けるだけでなく、オフの時間といくつかの趣味を持っておくのも精神の摩耗を遅らせるために有効といえるでしょう。

うつ病の原因、本当は分からない

勘の良い読者はお気づきかと思いますが、わびさんの提言を全て実行すればうつ病にならないという保証はどこにもありませんし、わびさんと類似の環境にいればうつ病になるとも限りません。もっといえば、パワハラ上司のような明らかな原因がある症例ばかりでもありません。

うつ病については、脳内の神経伝達物質に不調があることこそ分かってはいるものの、そうなる原因については決定的な解明に至っておりません。ストレス要因と本人の気質が悪い意味で噛み合うと罹りやすいのではといわれている程度です。なお、栄転など嬉しい出来事もストレッサーになるため、幸福の絶頂に居ながらうつ病になる可能性もあります。

双極性障害で准教授を辞めたという與那覇(よなは)潤さんは、文春オンラインに連載した「うつに関する10の誤解」で「うつ病の原因は過労やストレスばかりとは限らない」と発信しています。同連載はなかなか興味深いので、後の機会で圧縮してお伝えするかもしれません。

確かにストレスが原因のうつ病も多く、世間一般のステレオタイプにまでなっています。その一方で、思い当たる原因が無いにもかかわらず脳の機能障害として発生するうつ病もあり、そちらは医学的な原因究明にはいたっておりません。まさに原因不明のうつ病です。

また、うつ病になる背景次第で「この程度で折れるとは情けない!」と説教する言説を與那覇さんは「過労でないなら甘えと叩いて良いことにはならない」と強く否定しています。「産後うつの専業主婦に対して『仕事もないのにうつになるとは、夫に済まないと思わないのか』と罵るようなもの」とは秀逸な比喩だと思います。

「(原因の分かっている)うつ病は原因から引き離して休ませればすぐ回復する」というのも間違いで、明らかな原因と引き離して"すぐ"回復するなら「適応障害」と診断されることが多いそうです。適応障害とうつ病の違いもまた不鮮明なところで、適応障害と思っていたらうつ病の初期段階だった症例さえあります。

病院の予約は早めに

「この程度で病院にかかるのも……」と尻込みせず、精神の弱りを感じた段階で精神科・心療内科・クリニックの門を叩くべきであることは前述したとおりです。

早期発見や早期改善も大事ですが、精神科などの予約を早めに行うべき理由はもうひとつあります。精神科・心療内科・クリニックの類は予約がギッシリ詰まっており、1か月や2か月のタイムラグは当たり前だからです。所によっては半年以上先まで埋まっていることもあります。

相談する気力を失ってから病院を調べるようでは遅すぎます。今は耐えられても数か月後同じように立っていられる保証はありません。早期発見の重要性と月単位のタイムラグ、二重の要因から病院へのアクセスは早めにおこなうことを推奨します。

参考サイト

メンタル崩壊から復活した30代男性が語る「教訓」
https://toyokeizai.net

うつ病とは|すまいるナビゲーター|大塚製薬
https://www.smilenavigator.jp

うつ病は「ストレスが原因」とは限らない――「うつ」に関する10の誤解 5・6
https://bunshun.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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