引き出し屋と「ひきこもり人権宣言」後編~結局引きこもりには何が必要なのか

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2021年末、引きこもりの当事者や経験者らによる団体「暴力的『ひきこもり支援』施設問題を考える会」(以下、考える会)から、「ひきこもり人権宣言」が発表されました。35,000字に及ぶこの宣言は、引き出し屋の台頭に危機感を覚えた当事者らが2年余りかけて完成させた、社会への提言でもあります。

宣言は7つの条文と、これらを補足する説明で構成されています。引きこもりにも人権はあること、抑圧・蔑視・自己責任論に長年晒され続けていたこと、引き出し屋という暴力が未だに残っていること、そして引きこもりに対する新たな捉え方などが綴られています。

7つの条文

宣言の序盤には、引きこもりが持つ人権として7つの条文が載せられています。以下、宣言の全文より引用されたものとなります。

第一条「自由権」
「人は、ひきこもる権利を有し、これを行使できる。ひきこもる行為は、命と尊厳を守るために必要な自衛行為であり、十分に尊重されなければならない」

第二条「平等権」
「ひきこもり状態にある人は、人として平等に扱われる。人種、性別、信条、障害、年齢、経験によって、ひきこもる人は、差別されない。ひきこもり状態にある人とひきこもりを経験した人は、ともに等しくリカバリーに必要な利益を享受する」

第三条「幸福追求権」
「ひきこもり状態にある人は、幸福を追求する権利を有する。ひきこもり当事者は、自分らしく生きるために、自己決定権を行使でき、他者から目標を強制されない」

第四条「生存権」
「命と尊厳を守るために、ひきこもり生活の質が保障されなければならない。ひきこもり当事者・家族は、生活の質を確保するために、必要な手段を求めることができる」

第五条「支援・治療を選ぶ権利」
「ひきこもり当事者は、支援・治療を選ぶことができる。支援者は、適切な支援・治療のために、必要な情報を事前に提供し、当事者自身が選択できるようにしなければならない。ひきこもり当事者は、当然に支援・治療の対象者になるのではない」

第六条「暴力を拒否する権利」
「ひきこもり当事者は、不当な支援・治療・説得を拒むことができる。当事者の本心に反する働きかけは暴力的であり、ひきこもり当事者は、これを拒否できる。引き出し屋の説得による連れ去りは、決して許されない人権侵害である」

第七条「頼る権利」
「ひきこもり状態にある人は、人や社会に頼る権利を有する。自己責任論によって孤立し、ひきこもり状態を自分の力で抜け出せなくなった人は、人や社会に頼ることを否定されない」

きっかけは引き出し屋への危機感

「考える会」の中心メンバーである木村ナオヒロさんは、2016年から「ひきこもり新聞」の刊行もしています。これらの啓発活動をする原点となったのは、「引き出し屋」への危機感からでした。

家族に頼まれたからと自宅に突然現れ、無理矢理自らの施設へ連れていく「引き出し屋」。これがテレビで好意的に取り上げられていました。「引きこもりというだけで、何故不当な仕打ちを受けねばならないのか」という疑問を持つ、同じ引きこもり経験者や精神保健福祉士らと共に「考える会」を立ち上げることとなります。

引き出し屋の存在には、宣言の「第六条『暴力を拒否する権利』」でも触れています。「ひきこもり支援」を謳い当事者の考えを無視して勝手に連れ去りや監禁をするのは、もはや支援と呼ぶに値しない暴力行為です。当事者を無視した支援などあり得ないという当たり前のことですが、それをわざわざ書いているのです。

同じ「考える会」のメンバーとして宣言を作成した一人は、「引き出し屋のような悪質業者が生まれる土壌に、引きこもりに人権など要らないという差別意識がある」と指摘します。「引きこもりは家に寄生する悪い奴だからどう扱ってもいい」という価値観から社会が脱却していかねばなりません。

引きこもりに限りませんが、「不当に扱っていい層」を定義づけるような動きは選民思想そのものであり、「えた・ひにん」の制度を現代に蘇らせようとする蛮行に他なりません。しかし、こと引きこもりに限っては長年メディアと引き出し屋が率先してそれを推し進め社会に根付かせてきました。差別意識が巨大であるからには、「人権宣言」という目立つ形で訴えていく必要があったのです。

「障害の社会モデル」の応用

「ひきこもり人権宣言」には「障害の社会モデル」という概念が応用の上で取り込まれており、宣言の中でも度々触れられています。障害の社会モデルとは「障害者にとって障害とは、社会の側からもたらされるものだ」とする考え方で、本人の問題とする個人モデルとは対となっています。

引きこもりは、それに至った経緯を問わず本人の甘えや自己責任とされる個人モデルで考えられてきました。ゆえに「個人を叩き直す」と称した引き出し屋のような暴力さえまかり通っています。

その上、個人モデルには「誰にも頼ることなく自分の力で困難に対処しようとした結果がひきこもることなら、ひきこもることから脱出するためには、人や社会に頼ることが許されなければならない。しかし、人や社会に頼ることを阻むのが自己責任論である」という致命的な矛盾が存在します。個人モデルは引きこもり問題を真面目に考えていません。

引きこもりに至る経緯は様々ですが、差別・ハラスメント・労災など多かれ少なかれ社会の不合理が絡んでおり、全責任を個人に求めるのは無理があります。いわば「社会によって引きこもりを強いられている」という状態であるならば、尚更社会の変化が求められていくといえるでしょう。

宣言の中には他にも、「自立とは依存先を増やすことである」「医療保護入院には必要な手続きがあるが、民間の支援業者は手続きなしで引きこもり当事者を連れ出してしまう」「引きこもりはまさに抑圧を受けてきた存在である」などといった旨が書かれており、どの項目も興味深いものとなっております。

自己受容しなければ何も前に進まない

一方で、全ての引きこもり当事者がこの宣言を評価しているわけではありません。「考える会」を途中で脱退したある当事者は、「ひきこもっている人たちの尊厳を否定しがちなのは、社会以上に、ほかならぬ当事者自身だ」と述べています。つまり、当事者自身が自己嫌悪や自己卑下に陥りがちなのが問題だとする声です。

宣言の中では「行政の引きこもり支援は就労だけがゴールとされ、就労支援一辺倒になっていた」「就労以前の段階で支援を要するものがある」と述べられています。その一方で、2022年6月8日に東京都江戸川区が区内の引きこもり当事者に向け実施した調査では違った考えが示唆されています。

江戸川区の調査における「当事者が求めるもの」という項目で、最多が「何もいらない、今のままでいい」の32%、次いで「就労に向けた準備、仕事の紹介」が21%、「短時間(15分から)でも働ける職場」が18%と続いています。「何もいらない」の意味するところは推察のしようもありませんが、それを抜けば「仕事が欲しい」「手に職さえあれば引きこもりはやめられる」という声が多いことになります。

ここからは個人的な意見になりますが、職にあぶれることが引きこもりになる最大のトリガーであることは疑いようもありません。なにせ父が難病による失職で引きこもりになり、段々と荒れていったのを見てきたので、働き口の不足が引きこもりを増やすと言い切ってしまいたいくらいです。

無職の状態は引きこもりのきっかけとなり、長引かせる原因にもなり、自己受容を妨げる要因にもなります。自己受容とは、引きこもり状態の自分自身を受け容れることで、これにより精神的に余裕が出来て安定してきます。安定すれば自然と引きこもりから脱する為の動きを何かしら始めていく筈です。

しかし無職で引きこもっているという境遇を受け容れるのは至難の業で、かといって自己受容が出来ていないままでは精神もすさんでいき、家庭内暴力にも繋がります。家庭内暴力を伴う引きこもりは、自己受容できず焦りだけで月日が流れた成れの果てかもしれません。

結局、引きこもり支援で必要なのは当事者の自己受容からになると思います。これは家族が発破をかけようとすれば逆効果ですし、引きこもり状態を詰るような態度や発言は論外です。例え何年かかろうとも、自己受容に至るまで焦らず様子を見るのが大事なのかもしれません。

参考サイト

『ひきこもり人権宣言』全文
https://note.com

ひきこもり当事者らが作った「人権宣言」って何?七つの条文、社会の価値観変える一歩に
https://news.yahoo.co.jp

“ひきこもり”初の大規模調査 見えてきたものは
https://www3.nhk.or.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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