児童向けメンタルヘルス予防教育プログラム「こころあっぷタイム」について

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去る10月28日、RISTEXのオンラインメディア説明会で児童向けメンタルヘルス予防プログラム「こころあっぷタイム」について紹介されました。共同開発者の一人である石川信一教授(同志社大学心理学部)は、メンタルヘルス予防教育が必要とされる背景について説明しています。

まず、メンタルヘルスに関連して想定される社会全体のコストで、2011年の慶応大学の調べでは約2兆円かかっているといわれています。これは本人の治療にかかるコストだけでなく、家族の負担増加や本人が生み出すべき利益の損失なども含まれるためです。もはやメンタルヘルスは社会全体で真剣に考えていかねばならない課題となっています。

更に、学校内で子どもを巡る問題が急激に増加したことも2021年のデータから浮き彫りとなっています。いじめの認知件数は615,351件と過去最多、不登校の数も244,940人と過去最多になっており、暴力行為76,441件や自殺数368人も過去2番目に多い数字です。不登校に注目すると、ほぼ半数の子どもが理由として無気力や不安を挙げていますが、そこまで踏み込んで注目する動きは鈍いのが現状です。

近年のコロナ禍による影響も大きく、うつの傾向が見られる子どもや強い不安を感じている子どもが世界的に増加しているとされ、国立成育医療センターが2021年12月に行った調査によると日本国内でも中程度以上の抑うつ症状を持つ中学生が12~13%、3年生に限ると42%と高い割合が出ています。

これらの背景から、予防的介入のプログラムとして、「心の不調を予防するための様々なスキルを系統的に学ぶ時間」を学童期に設けます。学校の授業に委託することには「自分や皆の力で困難を乗り越える方法を知る」「自分や友人の為に使えるスキルを身に付ける」「精神的な症状に対する偏見を解消する」といった狙いがあります。

漫画と討論で考え抜く


©2017 Shin-ichi Ishikawa & Yoko Kamio

「こころあっぷタイム」は漫画による個人学習と、討論によるグループ学習によって構成された授業プログラムのことで、主にメンタルヘルス増進のための知識と技術を教えるのが狙いです。

個人学習で使う漫画は、それぞれ「イライラしがち」「落ち込みやすい」「不安を抱きがち」な3人の子どもたちと、彼らに様々なマジックアイテムを授ける発明家をメインキャラクターとして展開します。マジックアイテムには、気持ちの種類や度合いを測る「きもちセンサー」や、嗅いだり齧ったりすると落ち着く「ゆったりんご」などがあり、例え話を用いた説明の役割を与えられています。

マジックアイテムの中には変わり種もあります。例えば殺虫剤型の「おじゃま虫バスター」は、他人や自分を傷つけてしまうような考えを「おじゃま虫」と捉えて「いい虫」に進化させるというアイテムです。このように、負の感情を抱いたり話したりすること自体は悪いことでないと教えるのも狙いの一つです。

かなり作り込まれた教材ですが、肝となるのは後にやるグループ学習です。例えば「不安になりがちな子が皆の前で発表するときの気持ち」なら、個人学習の段階だと大抵の児童が予想できています。しかし、いざグループになって「どうしてですか」と話し合ってみると、共感の度合いに個人差が出てきます。集団で話し合う中で違いを理解できるわけですね。

授業を受ける子どもたちに堅苦しい雰囲気はなく、和気あいあいとした中で「これが普通なんだ」と教えることが偏見をなくすことに繋がります。

自己効力感を高めるメリット

「こころあっぷタイム」を続ける中で、子どもたちの「自己効力感」が高まったという嬉しい効果もありました。自己効力感とは「ある結果を生み出すため必要な行動を、どの程度うまくやれるかという個人の確信」のことです。

人が行動し結果を出す中で、人と行動の間には「効力予期」が、行動と結果の間には「結果予期」があります。何かの試合に例えるなら、効力予期は「試合に勝てるかどうか」で、結果予期は「試合に勝って評価されるかどうか」で、プラスの結果を強化していくには効力予期と結果予期の両者がプラスでなくてはいけません。「勝てる試合に勝って周りから称賛される」というのが理想的です。

これが「試合には勝ったが誰にも評価されない」では続ける意義がありませんし、「勝利を周りから強く望まれるが勝賛がない」では自分に自信を持てません。「勝算も無ければ勝ち負けも顧みられない」という両方マイナスは論外で、諦めたり投げ出したり3無(無気力・無関心・無感動)になったりします。不登校児のほぼ半数が原因に無気力を挙げていることとも関連はあるでしょう。

児童一人ひとりの「効力予期」をプラスにするだけでなく、「結果予期」もプラスになるような環境づくり、つまり児童ができることを提供できる環境と,児童が達成したらそれを前向きに評価してもらえる環境が理想的で重要な要素となってきます。

今後の展望

今後の展望として、受ける対象や実施場所の拡大、授業時間の確保、人材育成といった課題を解決していくことが重要であると語られました。

この「こころあっぷタイム」は小学4年生から6年生を対象としたプログラムなのですが、他の年代にも応用がきくとされており、幼児向けや中高生向けへのアレンジや、フィンランドなど海外向けのローカライズなども進められています。

元々、「こころあっぷタイム」は認知行動療法から出発したプログラムとなっており、アレンジ次第ではあらゆる年代や施設にも応用がきくとされています。現に支援学校や通級指導教室に留まらず、学校を出た成人が集まる就労支援施設への展開をも視野に入れているそうです。

これらの問題を解決するため、現在では研修会の実施や研修受講者による交流会の実施、さらには指導者のための教科書の作成といった取り組みが行われています。

質疑応答

──メンタルヘルス教育における家庭や親の貢献度はどの程度とお考えでしょうか。無気力や不安への対策として出来ることはありますか
「一般的に子どもが生活する上で最も近しい存在が家族で、その外側に学校という社会があると考えられます。従って、幼少期は家庭の影響が大きく、学童期が進むにつれて学校の影響力も増していくでしょう」
「無気力や不安への対策は一言でまとめられませんが、『話し合う機会』が設けられているかどうかは大切ではないかと思います。特に不安に関して言えば、漠然としているほど悪化していくので『口に出して何が一番不安なのか』を話し合うのが最初のステップとなります。家庭として話し合う機会を作るのが難しければ、学校が補う必要があるでしょう。学校が補うこともあれば、家庭が補うこともあります」

──家庭内で父母の役割差はあると思いますか
「片方の親が話を聞くならもう片方が決まりをきちんと守るように伝えるというような役割分担を明確にすべきです。実際には性役割のようなものが社会の傾向として現れますが、父母のどちらがどう影響するかは個人差なので、親や家族のチームワークが大切であることには変わりません」

──学校に通えない子どものため、学校外での展開も意図されていますか
「プログラムの基本コンセプトは授業や集団に関わらず実施できるので、それ自体は問題ありません。ただ実際には個人や小集団に向けたアレンジが必要となり、その過程で期待された効果が残るのかは検証中の段階です。その意味での限界はありますが、まずは知ってもらい実施してもらうことを優先したいです」

障害者ドットコムニュース編集部

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