「性犯罪リスクは3倍、被虐待リスクは13倍」乳児院から見た精神疾患や障害者の実像

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世の中には、育児困難に陥っている親を支援するための施設があります。例えば、親の代わりに乳幼児を預かりケアする「乳児院」、母親の社会性や生活能力を高める役割も兼ねた「母子生活支援施設」などです。これらの活動は社会的に子どもを支える「社会的擁護」とも呼ばれています。

乳児院や母子生活支援施設は、数多くの困窮する母子を見てきた中で「ある傾向」を掴んでいました。それは、精神疾患や障害を抱える親が育児困難に陥りやすいという傾向です。なぜそのような傾向が表れているのか、ノンフィクション作家の石井光太さんが取材した記事から紐解いていきましょう。

生活力を付ける機会が奪われている

2018年のデータによると、乳児院に子どもが預けられる原因のうち、最も多いのが虐待(26.9%)です。そして、次に多いのが「親の精神疾患」で、23.4%となっています。乳飲み子を手放す理由として、親のメンタルが虐待に次いで多くなっているのです。

そもそも親になる前から障害者の環境は過酷で、子どもの頃でも健常児に比べて虐待を受けるリスクが13倍も大きいとされています。また、障害者の女性の場合、性犯罪を受けるリスクが3倍以上にも膨れ上がっているというデータもあります。

虐待やネグレクトに起因する機能不全家族ぶりによって、生活力を身に付ける機会が失われます。子どもを育てる以前に生活力が足りないまま妊娠・出産し、結局育てられなくなって乳児院に頼るという構図があるのです。また、幼い頃からの分離教育や施設暮らしによっても生活力が養われないことがあります。幾つになっても身の回りのことを周りがやるために却って生活力が身に付かないからです。(そういう管理体質ではなく、個人個人の自主性を重んじる所であればあまりそのような心配はないのですが)

石井さんが過去に取材した困窮女性の中にも、精神疾患や障害を抱える人間は決して少なくありませんでした。就職も自立もままならず、配偶者や家族からは支援どころか捨てられ、そんな中で妊娠・出産するというのは不幸の再生産でしかありません。性教育が健常者以上に難しく、正しい性知識が付きづらい点も厄介な所です。

乳児院の見た弱肉強食の世界

乳児院で20年以上働いているAさんは、石井さんの取材にこう語りました。
「確かに、精神疾患や障害を持つ親が乳児院を頼るケースは多いです。それ以上に気になるのが、そういう親、とりわけ母親が未婚というケースです。彼女らは男性に逃げられたり捨てられたりするため、未婚で妊娠します。加えて元々のハンディキャップがあるので、十分な支援がなければ子育ては困難を極めます。ゆえに、行き詰って乳児院へ預けに来るのです。結婚していても、DV被害を受けたり経済的に窮していたりする方もおり、そうした女性は夫と共依存のような状態になって別れられず、やはり子どもだけ預けに来ます」

石井さんは一つの事例を載せます。軽度の発達障害と知的障害を持つ「その人」は、3歳の頃に父親が離婚して男手一つで育てられていました。高校卒業の間際に父親が重病に苛まれ、「その人」はお金の為に高卒で工場へ就職します。その工場には寮と食堂が備わっており、衣食住で困ることはありませんでした。

「その人」は若い女性なのもあってか様々な男性社員から言い寄られ、何人かと交際していました。就職から1年もたたないうちに、DVを受けたりお金を貢がされたり、果ては妊娠したことで中絶を強要されるなど様々なトラブルに巻き込まれます。

やがて寮に居づらくなった「その人」は、就職から1年半後には当時付き合っていた43歳男性と同棲することになります。彼は「その人」の名義で借金を重ねたばかりか、妊娠が発覚すると即座にアパートから追い出しました。実家へ戻った頃には人工中絶できる時期を過ぎており、父親は病気で不安定なため相談できず、仕方なく一人で子どもを出産し育てることにします。

しかし、高校から寮生活続きだった「その人」には、子育て以前に多くの生活習慣が身に付いていませんでした。オムツを変える以外何もできない「その人」の家はあっという間に使用済みオムツで溢れ、保健師が訪れたときには水で柔らかくしたカップ麺を0歳児に食べさせるような有様だったそうです。

養育能力がなく、押し付けられた借金で首が回らない状態で、更にメンタルも病みかけています。「その人」は保健師の提案を受け容れ、子どもを乳児院へ預ける決断をしました。父親の世話をする必要があったことも判断を後押ししたそうです。

Aさんはこう言います。「大企業など意識の高い世界ではジェンダーフリーやダイバーシティと言った言葉に影響力があるのでしょうけれども、社会的擁護が仕事の私達から見た世界は違います。ハンディキャップのある女性たちは、弱者としてしばしば食い物にされているのが現実です」乳児院のベテラン職員であるAさんから見た世界は、未だに弱肉強食を是とする古い世界のままです。

まず一人暮らしすら覚束ない

母子生活支援施設で働くBさんはこう語ります。「施設に来る母親の中には障害や病気のある方も多いです。それは、性暴力やDV、経済困難や離婚のリスクが健常者より高く、難しい人生を強いられている表れでもあります。ただ、障害の有無に関わらず共通しているのは、生活面での常識が不足していることです。子育て以前の問題で、家事どころか着替えさえ出来ない人も居ます。それは彼女らの自己責任ではなく、生活力を身に付ける機会が得られないまま孤独な妊娠をしたせいなのです」

石井さんの出会った事例では、幼い頃から施設とグループホームで暮らしていた知的障害の女性が居ました。身の回りのことは全て職員がしていたため、20代後半で彼氏と同棲しても生活のことがまるで分かりませんでした。やがて出産を機に彼氏から捨てられ、路頭に迷っている所を保護されたそうです。

母子生活支援施設には、子育て以前の生活習慣を母親に教える役割もあります。しかし、生活力の無さが深刻なケースも多く、例えばゴミの出し方を教えても「回収場所へ出しに行く」というプロセスを知らなかったせいでゴミ屋敷になるという具合です。それだけ多くの機会を奪われていたともいえます。

Bさんも自分の仕事について「例えば、洗濯機の操作を教えても洗濯物を干すことを知らないとか、ガスコンロの操作を教えても火を消すことを知らないとか、それまでの生活でしていなかった作業にまで頭が回らないようなのです。うちにいる1~2年の間に全てをマスターさせるのは難しいですが、せめて最低限のことは覚えてもらおうという心構えで取り組んでいます」と説明しました。

Bさんは続けます。「社会的に弱い立場の女性にも出産する権利はあります。しかし、昔みたいな地域との繋がりが望めない今、彼女たちの子育てを支えてくれる環境はありません。何か起きてからでは手遅れなので、社会全体でこの問題に向き合うべきだと思います」

石井さんは、北海道のグループホームが不妊処置を提案していた件を挙げ、「そのグループホームがやったことには反対だが、反対するだけでは問題の改善には至らない。反対するならば、相応の支援体制を整えなくてはならないのだ」として記事を締めました。

みんな違ってみんなツラい

ネット上では障害の性差が日常的に揶揄されています。「同じ障害でも、女性には『理解のある彼くん』が生えてくるから恵まれている。男性にはそういう支えがない」というボヤキを見たことはないでしょうか。こと性愛の分野に関しては、常に女性の方が恵まれているという指摘はしばしば為されています。

しかし、石井さんの記事にもあるように女性ならではの艱難辛苦もまた存在します。「精神疾患や障害を抱える女性は、男性関係で騙されるリスクが高く、出産を機に問題が雪だるま式に膨らむことさえある。生活力が養われていなければ、ただでさえ難しい育児がさらに困難となる」

言ってしまえば「みんな違って、みんなツラい」のです。男性と女性どちらが辛いかなどと低次元の争いに明け暮れて分断している場合ではありません。それぞれに多様な艱難辛苦があり、本人が苦しんでいる以上それに序列はないのです。

また、想定されるリスクや負のステレオタイプを辿らず、各々の幸福を掴んで生きている人も居ます。彼らの存在を否定したり嫉妬したりするのもまた、賢い行動にはならないでしょう。それにしても、壁やハードルには多様性があるというのに、人類の多様性は頑として認めたがらない現実逃避がまかり通るのは何とも情けない話です。

参考サイト

使用済みオムツの山でカップ麺を…「DVや性被害リスク倍以上」の壮絶実態
https://news.livedoor.com

母子生活支援の女性たち「ネグレクトや路頭に迷った」
https://friday.kodansha.co.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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