映画の中の障害者(第17回)映画『幸せの、忘れもの。』
エンタメ 身体障害
Photo by Geoffrey Moffett on Unsplash
今回は、スペイン映画『幸せの、忘れもの。』(2026年5月1日公開)を紹介します。
事前に「ろう者」がテーマの映画だと知り、「またかあ、他にも色々な障害があるのに、みんな“ろう”好きだよね」という邪(よこしま)な思いがよぎり、自己嫌悪を抱きました。
手話は映画的に“映える”ので相性よく、ろう者はこれまで様々な設定で映画の中で描かれてきて、個人的にはやり尽くされたのではと感じてました。当事者が喜んでいるならまだ意味があるとは思いますが、結構誤解されたり幻想抱かれたり迷惑しているとも聞きます(手話ボランティアには熱心でも、ほかの“映えない”障害には冷淡な人もいたので、筆者もかなりひねくれてしまいました)。
そんな低めのテンションで鑑賞したのですが、これが“ろう”をモチーフにまだまだ掘り下げられることに驚き、映画表現の可能性が広がる体験となりました。まず、見て損のない優れた作品であることをお伝えします。
実体験から紡がれるリアリティ
本作の特筆すべき点は、主演のミリアム・ガルロ自身がろう者であり、監督エバ・リベルタの実の妹であるということです。監督が「一生をかけてこの映画を準備してきた」と語る通り、血の通った一人の女性の生活そのものが映されます。そういう緊張感が全編みなぎっていて、すぐに「これはちゃんと見なきゃいけないやつ」と背筋を伸ばした次第です(ちなみに鑑賞時は、そうした背景を全く知りませんでした)。やはり、譲れない信念のある作品は強いなと改めて痛感しました。
またドキュメンタリー風の演出と自然な演技で、私たちの身近にいそうな人物が作品にリアリティを生み出し、他者と分かりあうことの困難や「集団と個」など普遍的なテーマをつむいでいきます。
かつてご紹介した『コーダ あいのうた』が、手話という言語を通じて聴者社会と繋がっていく「希望の共生」を描いたエンターテイメントとすれば、本作『幸せの、忘れもの。』はより内省的で、時に残酷なまでに現実を突き詰めて「境界」を浮き彫りにします。同じく、“ろう”を描いた『サウンド・オブ・メタル』に作風含めて近いものがあります。
以下ネタバレあります(作品の面白さを削ぐものではありませんが、ご注意ください)
愛ゆえに生じる、ふたつの世界の分断
物語は、ろう者のアンヘラと、彼女を献身的に支える聴者の夫エクトルの日常から始まります。二人は手話という共通の言語で心を通わせ、静かで平穏な日々を過ごしていました。しかし、アンヘラの妊娠という「幸せな出来事」を境に、二人の築き上げてきた均衡が、徐々に揺らぎ始めます。
エクトルはアンヘラを深く愛していますが、娘が生まれたことで、無意識のうちに「聴こえる世界」の価値観をアンヘラに強いてしまいます。良かれと思った小さくても無神経な振る舞い一つ一つが、アンヘラを傷つけ、再び「疎外の世界」へと引き戻してしまう。どれほど愛し合っていても、身体的な感覚の違いがもたらす「世界の捉え方」の差は埋められないのか。
アンヘラは次々と心のシャッターを下ろしていきます。
「聴者はみんな同じで見下してくる。娘もマネをして私を恥じる」
「尊厳のために戦う日々がまた始まる」
観る者は、エクトルの戸惑いに自分を重ね、アンヘラのこれまでの孤独に胸を締め付けられます。
実験的な演出が導く、観客の「体験」
本作の白眉は、ラスト15分に及ぶ革新的な演出です。聴者がろう者の世界を単に観察するのではなく、実際音響を通じて体験する試みがなされます(この手法は他の映画でも度々使われてきましたが、ここまでの長尺は今までなかったと思います)。
アンヘラは、決して「救われるべき弱者」として描かれてはいません。彼女は、世界が自分を受け入れる準備ができていない中でも、自分の足で立ち、自分の言葉で娘と向き合おうともがきます。静寂の中、その姿が際立ち、観る者の心に問いを残します。
「忘れもの」を探して
ラスト着地点は、やはり『サウンド・オブ・メタル』を彷彿させます(補聴器の使われ方も)。聴者であること、聴者社会を諦めて、ろう“種族”として生きていく「断念と再生」。
しかし本作は、その着地から更に先を描いています。厳しい現実を受け入れつつも、それでも時間をかけて、ふたつの世界を「共に生きること」を諦めない。
世界中がそれを忘れつつある時代で大変示唆的で、ささやかですが決定的なラストシーン(これはぜひ見てください)に目頭が熱くなりました。
“ろう”をモチーフにした作品ですが、普遍的な物語で今を生きる私たちにこそ、必要な道しるべであると感じてやみません。ぜひ、スクリーンの前でその「忘れもの」を思い出し、探してみてください。
■参考記事
映画の中の障害者(第1回) 「コーダ あいのうた」「サウンド・オブ・メタル」
https://shohgaisha.com/column/grown_up_detail?id=2460
■作品情報
映画『幸せの、忘れもの。』 公式サイト
https://shiawase-film.com
5月1日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国公開
配給: スターキャットアルバトロス・フィル
© 2025. Distinto Films SLU, Nexus Creafilms SL,A Contracorriente Films SL, Diverso Films AIE
オンラインサロン「障害者ドットコム コミュニティ」に参加しませんか?
月々990円(障害のある方は550円)の支援で、障害者ドットコムをサポートしませんか。
詳細はこちら
https://community.camp-fire.jp/projects/view/544022


