「アール・ブリュット」が無学を求めているという指摘

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Photo by Julia Taubitz on Unsplash

「アール・ブリュット(Art Brut)」とは、1940年代にフランスの画家ジャン・デュビュッフェが提唱した概念です。生娘ならぬ「生の芸術(きのげいじゅつ)」とも訳されるそれは、体系的な美術教育を受けていない人間が独創性を表出したありのままの芸術を意味し、専門教育を受けたアーティストの作品とはまた違った良さとして純粋さや独創性があるのだといいます。

広義のアール・ブリュットは美術の専門教育を受けていない人によるアートを意味し、正規の教育から外れた意味で「アウトサイダー・アート」とも呼ばれることがあります。一方で、狭義の意味では知的や精神の障害者によるアート、すなわち「障害者アート」として定義され、日本ではほとんどこちらの意味で通っています。

滋賀県立美術館が精力的に作品を蒐集するなど、いち芸術カテゴリとして市民権を得てはいますが、その一方で「アール・ブリュット≒障害者アートのラベリング自体が差別にあたらないか」「教育の有無ばかり気にしていないか」「パトロンが搾取・束縛していないか」といった問題は早くても10年以上前から持ち上がっています。ここでは特に、純粋さを求めるあまり専門教育を忌避して無学を貴ぶ態度について書いてみたいと思います。

「なんとなく」基準ありそう

障害者がアートを手掛ければアール・ブリュットになるかというと、「なんとなく」そうではない感じがします。障害者アートの応募広告などは度々目にしたことがあるのですが、私が何かイラストを描いて応募したとしても「なんとなく」無理だろうなと思ってスルーしてきました。

それと昔のこと。緘黙症の女性とお会いして「東方Project」の自作ファンアートが描かれたポストカード(かなりお上手)を頂いたことがあり、いつか同人頒布イベントへの参加を望んでいると親御さんの口から聞かされたのですが、そんな彼女がアール・ブリュットの方面で同人作家になれるかというと、「なんとなく」否ではないかと思われます。

もっと分かりやすい例を挙げるなら、PS2のゲーム「ランブルローズ」でキャラクターデザインを担当されていた故・寿志郎さんはどうでしょう。寿さんは1991年に大学時代のバイク事故により首から下が麻痺となった重度身体障害者ですが、リハビリ担当医の勧めから独学で絵を学び、口でペンを咥えて作品を出し続けました。その後コナミに見初められ2005年には先述のランブルローズが発売。残念ながら2016年に47歳の若さで心疾患で亡くなられましたが、個展の開催や障害者向けイラスト教本の協力など精力的な活動を続けられたそうです。

そんな寿さんがアール・ブリュットの括りに入るかというと、「なんとなく」入らないかなと思われます。理由は色々考えられ、飽くまで身体障害であること、独学で絵を究めたこと、プロのイラストレーターとして働いていたこと等が挙げられます。

日本でアール・ブリュットを名乗るにあたり、障害者であることは必要条件であっても十分条件ではありません。「なんとなく」別の基準があり、それを満たした障害者でなければアール・ブリュットを名乗ることが出来ないように感じられます。

無学が求められている疑惑

アール・ブリュットは「純粋さ」を売りにしていますが、それを担保するために「無学」であることを奨励しているのではないかという指摘があります。具体的な線引きなどは明示されていませんが、アール・ブリュットを名乗るには概ね以下のような基準があるのではとされています。

①障害者(身体以外)であること
②美術の専門教育を受けていないこと
③美術系の学科や専門学校に進学していないこと
④民間の美術教室に通ったことがないこと
⑤美術史や体系などをあまり知らないこと
⑥美術館巡りの趣味がないこと
⑦施設や家庭以外の交流が少ないこと
⑧自分をアーティストや作家として認識しないこと

①は必要条件で、②~⑤は無学であることの証明です。正式に美術を学んだ形跡があると、アール・ブリュットの場では選考でお見送りされるなどの排除が為されるといいます。⑥は一般美術に触れていないことを求めており、漫画やアニメを含む場合もあるそうです。⑦は閉ざされた障害者としての像で、実際の作品紹介文では初耳の名前ばかり出てきますね。⑧に至っては、アートとして出すのにアーティストの自認を許さないというとんでもない矛盾が展開されています。

つまり、専門教育だけでなく一般美術に触れるのも絵描き仲間と交流するのも禁止で、生活は家と施設だけで完結させ、自分をアーティストとして認識することも許さないというなんとも形容しがたい状態が罷り通っていることになります。ただ、これらは猜疑派・反対派の受け売りであることを念頭に置く必要もあるでしょう。

これらの条件に一つでも当てはまらなければ、求められる「純粋さ」にそぐわないと見做され、アール・ブリュットの場に出づらくなるとされています。その一方で、無学を求めながらアール・ブリュットの作品として出すには一定の型や作法が存在する矛盾もまたあるようです。実際はそこまで単純かつ厳格ではなく、作家として研鑽しながら活動していたり、公正な取引や支援を受けていたりするケースもあって、二元論では語れないグラデーションの世界らしいのですが。

語弊を恐れず言えば「美術ミリしらの美術作品」のどこに市場価値があるのかという話ですが、プッシュするのは作品そのものよりも「描いた人の属性」になります。たとえプロの寿志郎さん相手であっても、キャラクターの美貌や造形そのものではなく「重度身体障害者が口でペンを咥えて生み出した」ことだけを評価軸にすれば同じこと。こういう見方では美術というより社会分類になってしまいます。なるほど美術畑にとっては心穏やかでいられない話ですね。

法律までも?

2018年に「障害者による文化芸術活動の推進に関する法律」が施行されましたが、その条文に怪しいものがあると反対派は説きます。それは基本理念のところ。

「(2)基本理念(第3条関係)
障害者による文化芸術活動の推進は,次に掲げる事項を旨として行われなければならないこと。(第1項関係)
(中略)
イ 専門的な教育に基づかずに人々が本来有する創造性が発揮された文化芸術の作品が高い評価を受けており,その中心となっているものが障害者による作品であること等を踏まえ,障害者による芸術上価値が高い作品等の創造に対する支援を強化すること」

これを「障害者アーティストは無学であれと法までも推している」と解釈している訳ですね。ただこの法律、全体的には障害の有無にかかわらず文化芸術活動へ参加するための裾野を広げましょうという感じで教育そのものは否定していません。

「(2)文化芸術の創造の機会の拡大(第10条関係)
国及び地方公共団体は,障害者が文化芸術を創造する機会の拡大を図るため,障害者が社会福祉施設,学校等において必要な支援を受けつつ文化芸術を創造することができる環境の整備その他の必要な施策を講ずるものとすること」

これなんて逆に「必要な支援」が美大進学などの専門教育としても解釈できうる訳で、教育の有無はさほど問題にしていないのではないかとも思うのです。なんなら、教育を受ける機会が多い方が望ましいとまで言えるのではないでしょうか。

そんなあくどい奴ばかりじゃないよ……

反対派の記事では他にも以下のような言及がありましたが、実際のところどうなのでしょうね。

「本当に描きたい作品は描けない」
アール・ブリュットにはアール・ブリュットなりの「らしさ」や「市場」というものがあるらしく、描く側はそれに即した作品を支援の名のもとに描かされ、本人の表現したいことは二の次にされる……とのことです。
これは別に障害者にもアートにも限った話ではないと思いませんか。かのコナン・ドイルも、本当は歴史小説を書きたかったのに市場が求めたのはシャーロック・ホームズでした。「やりたい事ではなく出来る事で食べていけ」とはよく言われることですし、私だって「子ども」は漢字で書きたいです。仕事や依頼である以上、完全に自分のやりたいように表現するのはプロアマ問わず不可能ですし、別に障害者アートに限ったことではありません。

「パトロンが搾取している」
パトロン(後援者)、この場合は施設や後見人が利益の大半を掠め取って搾取しているという指摘ですが、必要な支援と過剰な搾取の境界が曖昧なまま話を進めているのではないでしょうか。または、公正な取引や支援のことを無視しているのではないでしょうか。
そもそもアートで食べていくにはパトロンが支え市場価値を付けていくことが欠かせません。パトロンの構造自体を否定して全員フリーランスでやれと言われたら、障害者は尚更不利になってしまいます。
ただ禁則事項を設けず性善説に依存している面も否定できません。本当に生かさず殺さずレベルの搾取体制を敷いていないか目を光らせる機構や仕組み自体は必要となるでしょう。

「分類すること自体が差別だ」
「アール・ブリュット」の分類そのものが差別だという意見ですが、ハッキリ言わせてもらいますと、そうでもしないと社会との接点を持てないのが障害者であり、そうでもしないと障害者を知覚できないのが大衆です。
障害者も同じ世界で確かに生きているのだと知覚させるにあたって、ラベルを付けて表に出ようとするのは当然です。もし全員ラベルレスでやろうとするなら、芸術的才能のある「少数派」の中で更に障害者という条件も加われば、障害者アーティストとして拾い上げられるのは現実よりもずっと少ないでしょう。

ひとつ確実なのは、アール・ブリュットは安易に参加できるほど甘い世界ではないということでしょうか。そもそも私は芸術の巧拙が分からず評価軸も持たない門外漢なので。

参考サイト

アール・ブリュットについて|滋賀県立美術館
https://www.shigamuseum.jp

アール・ブリュット/アウトサイダーアート批判:障害者アートをめぐる構造的差別と搾取の問題とは何か?
https://note.com

障害者による文化芸術活動の推進に関する法律の施行について(通知)|文化庁
https://www.bunka.go.jp

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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