昭和の死刑囚も現代のSNS環境なら不満を発散して大人しく出来ていたのでは?
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私はいつ頃からか、ある確かめようもない仮説を考えていました。「昭和の死刑囚も現代のSNS環境なら不満のはけ口があって大人しく出来ていたのではないか」という仮説です。ここでいう昭和とは戦後復興期から高度成長までの間と敢えて限定し、2人のサンプルをその時代から選びました。
ひとりは「鏡子ちゃん事件」の坂巻脩吉。女子小学生が休み時間のあいだにトイレで殺害された事件で、犯人の坂巻は偶然トイレを借りに来ていた部外者でした。事件当時の1954年、学校のトイレは半ば公衆便所に近く男女の別もない環境で、この事件を受けて男女トイレの分別や学校トイレの部外者立入禁止といった改革に踏み切られたといいます。坂巻は男癖の悪い母親や戦中の学童疎開の影響でグレてしまい、ヒロポン中毒にも陥っていました。
もうひとりは「おせんころがし事件」の栗田源蔵。会ったばかりの母子4人を崖から突き落とした殺傷事件で、おせんころがしとは昔「お仙」という娘が身投げした伝承から名付けられた崖の通称です。余罪も含めて栗田は7人も殺害しており、のち死刑制度に関する国会討論では「特殊な極悪人」として名指しされるほどの影響力を残しました。栗田は生涯を通して夜尿症に悩まされており、いじめや拒絶を何度も味わってきましたが、炭鉱労働には適応して荒くれ者へと変貌しています。
映画などでたまにあるヒトラー復活モノのように、彼らがもし現代社会に蘇ったらどう現代人に立ちはだかるのか。SNSに不満と呪詛を吐き続けることで鬱憤を発散し、ネット以外では存外大人しくしているのではないかというのが、私の予想するところです。坂巻も栗田も、現代ではネット上の小さなノイズ、よくて露悪系インフルエンサーに留まるのではないかと思っています。
坂巻は毒親語りを延々と続け、自称毒親サバイバーの輪の中で共感と承認欲求を満たしていると思います。ヒロポンが無い世界での離脱症状も、親や社会への怒りを書き殴って紛らわせていることでしょう。怒るためにネットを徘徊している間は、少なくともリアルでは無害な筈です。
栗田は炭鉱労働に揉まれて荒々しくなった経験を活かし、歪んだマッチョイズムに基づくポストを繰り返すかと思います。なまじガテン系に適応出来ていた為、陰キャ叩きや弱者男性粛清論にはとても熱がこもっており、同じ趣味と思想の人々からカリスマ的な人気を得るのではないでしょうか。直情的な性分をSNSで発散すれば、賛同者からヨシヨシされながらリアルでは大人しくしているのではと予想します。ネットで見る分には鬱陶しい存在なのでしょうけれども。
この仮説で訴えたいことはもう一つあります。戦後復興期の凶悪犯が現代転生で大人しくなるのと逆に、現代ネットで呪詛を垂れ流し怒りを徘徊する者らは過去であれば何かしらの大きな罪を犯していたのではないかとも思うのです。怒りを発散できるツールは勿論、趣味や娯楽の幅も狭く物資すら乏しい戦後復興期。怒りのはけ口を失った先が大罪人であることは想像に難くありません。
ネット言論が怒りのはけ口となって防犯に資するかといえば、反証は幾らでもあります。例えば「ネオむぎ茶」はネット掲示板で感情を鎮めるどころか、より悪感情を強めていって凶行へと及びました。それでも現代のSNS社会で露悪と義憤に明け暮れる者らの何人かは、生まれる時代が違えば坂巻や栗田になっていたであろうと思いを馳せずにはいられません。


