昔の称賛に今も囚われ続けると、それはとても悲しいなって

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Photo by Andrew Neel on Unsplash

小さい頃、晩にやっていたお悩み相談系のテレビ番組で印象的な回がありました。その回の相談者として現れた女性は髪を異様に長く伸ばしており、地面に届かんとするレベル。それでいて特別な手入れをしている訳でもなく、痛むままにされていました。

何故そんな髪型なのかというと、過去元カレか誰かに「長い髪が素敵だ」と褒められた体験が忘れられないからだと言います。それが忘れられずわざと髪を伸ばしたままでいるというその女性に、幼い私ですら物悲しさを感じたものです。この話は確か、過去を決別して髪を切り新しいヘアスタイルにしようという形で終わったんでしたっけね。

あの髪を伸ばしまくった女性が与えてくれた教訓は、昔の褒め言葉に囚われ続けるなということです。小学校の時の言葉、何気ないお世辞、未成年の頃の栄誉、そういったものに縋って今の自分と向き合わずにいるのは、やっている自身ですら悲しくなります。パソコンのメモリで例えると、20年以上前なら512MB(0.5GB)でも大容量と褒めそやされる時代でしたが、今時求められる容量を考えれば推して知るべしでしょう。そういうことです。

昔受けた善い言葉、下手をすればお世辞に縋りつきたくなる理由そのものは分かります。今の自分に自信を持てる長所が無いと感じているとき、拠り所としたくなるのは昔言われた善い言葉です。弱っている人間に、一般的な元気の出る言葉の類は響きません。ただマッチ売りの少女が見る幻覚のようなものなので、早急に立ち上がって前に進まねばならないのもまた真理です。過去の栄光と呼ぶのもズレているものに自己を委ねている暇は本来ありません。

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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