怒りの訴えとマナー講師の争い、トーンポリシングについて
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「トーンポリシング」とは、「語調警察」と直訳されるように言い方の問題へすり替えて主張を退けることを指し、しばしば詭弁の一種として扱われます。主張そのものに反論できなくても「口調が丁寧でない」「態度が気に入らない」「言葉選びが乱暴」「感情的で聞いていられない」などとマナーの問題にすり替えていれば相手の責任にできますし、そのまま議論から逃げ続けることも可能です。
トーンポリシングとしてよく挙がるのが、マイノリティからの訴えをマジョリティ側が蹴る場合です。双方に力の不均衡が見られるとき立場の強い側がマナー講師と化して、TOD(Time Over Death:時間切れによる判定勝ち)狙いのように議論を避け続けられる、いわば強者利権の一種なのでしょう。それに応じていてはマイノリティ側はお願い申し上げる立場から抜け出せないので多少は乱暴でないと権利は勝ち取れない……という言い分もあります。「不公平な権力勾配を正すためなら、弱い側が語調や礼儀を正す必要などない。なぜならば不公平を訴え正すのはいつも弱い側だからだ」というのに一理はあるかもしれませんが、果たしてそれでいいのでしょうか。
何をもって礼儀とするかに明確な基準などなく、立場に勝る側が恣意的に決め続ける限り主張が通らないのは確かに力の不均衡と見做して直すべきです。しかし「弱者の意見はいつも正しいのだから、要求はノータイムで呑め」という態度まで正しいといえるでしょうか。立場の強い側が勝手にルールを操るのは問題ですが、立場が弱いからといってなりふり構わず暴れるのもまた人間的な議論からは程遠い姿勢です。
そう訴えるのは晶文社スクラップブックのコラム「動物と人間のあいだ」です。その稿では「怒り(感情)」について現代の哲学者複数から視点を借りつつ深堀りも為されており、要求をするにあたり決して無関係でない怒りの取り扱いについて以下を挙げています。
・嫌なことの原因を他人に見出したり自分を傷つけたと見做したりせず別の視点で解釈する。
・ただ仕返ししたいだけの「後ろ向きな怒り」をやめ、未来志向の「前向きな怒り」を考える。
・怒りは間違った方向に進むが、それでも善い側面がある。悪い側面を抑え善い側面を伸ばすべき。
・怒りをありのままに表出するのは分が悪い。たとえ理想論だとしても「建前」は必要。
そして現代哲学者らが模範的な実例として「キング牧師」を挙げている点にも言及。「被害者面などせず、逆境でも力強く適切に振る舞った」「暴力的な報復は不適切な怒りであり、ラディカルでも建設的でもないと遠ざけた」「一般論としても、キング牧師が非暴力を貫いたからこそ運動の正当性は守られた」といった旨のまとめをしています。一方で、この筆者はキング牧師を模範と挙げた哲学者らが白人であることを突いているのですが。
マイノリティの要求だから無条件で正しいとはならず、単なる報復や他罰への欲求が通ってばかりではルールのある人間的なやり取りは失われてしまいます。「これまで自分たちは踏みつけられてきた。今度はこっちが搾取する番だ」なんて理念は本来通してはなりません。にもかかわらず、研修の名目で拷問器具を利用したり性別でのセーフティエリアを取り払ったりするような暴力が公的に認められつつあるのは、「後ろ向きな怒り」が罷り通ってきた証ではないでしょうか。人間には感情がありますが、理性もまた本来は備わっている筈です。
ただ、要求を受けるマジョリティ側がトーンポリシングを持ち出すこともまた、あながち無感情とも言えません。人は自分の常識や通念を揺るがすことに出会ったとき、大抵「否認」から入るものです。論理的な反証よりも先に、それ以上考えることを拒む「否認」こそが感情的であるという訳です。バカと言う方がバカならぬ「感情的と言う方が感情的」みたいな状態ですね。
要求する側が横車を押すのも、要求される側が否認で逃げるのも、両方起こりうる話です。トーンポリシングとは、例えるなら怒れる活動家とマナー講師が延々と追いかけっこしている状態と言うのが中立的な答えとなるでしょう。ただ晶文社コラムの筆者は、要求する側にとってトーンポリシングの概念を都合よく持ち出したくなる「誘惑」があると説きます。そして、その誘惑に乗ってばかりいると「対等な議論の成り立たない存在」「理性的になれない属性」と見做され立場が悪くなるとも説きます。ゆえに表題に「罠」とつけたのでしょう。
個人的には、粗暴な侮蔑語や差別用語が出た時点で「勉強不足」「マナー違反」と蹴り出してもいいのではないかと思います。「倫理も放送コードも無視した魂からの訴え」とやらは流石に人間同士の会話の場をナメすぎていますので、最低限の品格を備えてから出直すべきです。
参考サイト
「トーン・ポリシング」の罠
https://s-scrap.com


