「全員を拾いきれないのが、本当に心が苦しい」――HERALBONY Art Prize担当・河村百音さんが語る、障害のある作家のアートと尊厳
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鈴木穣蔵
世界中の障害のある表現者を対象にした国際アートアワード「HERALBONY Art Prize(ヘラルボニー・アート・プライズ)」。株式会社ヘラルボニーが主催するこのアワードは、2026年で3回目を迎えました。応募総数2,943点の頂点に立つグランプリには、オランダのカー・ハン・ムイさんの作品《Zonder titel(無題)》が選ばれています。
ヘラルボニーといえば、「異彩を、放て。」を掲げ、知的障害のある作家のアートをビジネスへと変えてきた企業として広く知られています。その物語は、すでに多くのメディアが伝えてきました。今回うかがいたかったのは、もう少し奥の話です。言葉を持たない作家の作品を、誰が、どう評価し、本人の意思や尊厳をどう守りながら社会に出していくのか。そして、選ばれなかった人に、何を返せるのか。アートプライズの運営を担う、ヘラルボニー アート事業部の河村百音さんに聞きました。

「福祉や支援の文脈で見ているわけではない」――アートプライズが、ほかの公募展と違うところ
――まず、HERALBONY Art Prizeの概要と、これまでの歩みを教えてください。
今年で3回目になります。世界中の障害のある方を対象に、プロかアマチュアか、国籍も問わず、フラットに創作の力を発表できる場として開いている国際的なアワードです。今年は国内外56名の作家による62点が、東京・丸の内の三井住友銀行東館アース・ガーデンに並びました。審査は、ヘラルボニーCAO(チーフ・アート・オフィサー)の黒澤浩美さん、東京藝術大学長の日比野克彦さん、そして米国とドイツの専門家を加えた、国内外の顔ぶれで行っています。

橋本美花
障害のある人を対象にした公募展は、地域に密着するかたちで各地にあります。ヘラルボニーのアワードは、そこと何が違うのか。河村さんは、大きく二つあると話します。
ひとつは、障害のある作家に特化した「国際的な」アワードであること。そしてもうひとつは、「出口のあるアワード」であることです。展示して終わり、その後のキャリアまではフォローできない――そんな公募展も少なくないなかで、ヘラルボニーは事業として企業とのコラボレーションを手がけています。受賞をきっかけに、作品が実際に社会のなかへ広がっていく。グランプリと審査員特別賞、企業賞の受賞者は、受賞のタイミングで作家契約を結びます。
「支援ではなく、大切にする」――現代アートの側にいた私が、見方を変えるまで
その「国際的なアワード」を、ヘラルボニーは福祉や支援の文脈では見ていません。大切にしているのは、「支援ではなく、大切にする」という姿勢だと河村さんは言います。
この作家には背景があるから優先して使ってあげたい――そういう発想は、基本的に取らない。ただ、作品を正当に評価して、社会に広めていく。「それは、障害のある作家さんに限らないんです。本来は同じ枠組みにいるべき、“アーティスト”という主語で見ている」。区別するのではなく、同じ土俵に乗せていく。個人を支援するというより、いまの状況のほうを変えていく。そんな意味合いが強いのだと話します。
その視点は、河村さん自身の歩みとも重なります。彼女はもともと現代アートの世界にいて、奈良美智さんや草間彌生さんといった作家の仕事に関わってきました。だからこそ、率直に打ち明けます。「正直に言うと、いわゆる“障害者アート”を、ちょっと違うもの、評価できないもののように見てしまっていた時期がありました」。現代アートの側から、無意識のうちに線を引いていた。けれどヘラルボニーに入って、それが「アートの歴史のなかで、私たちが勝手に分断してしまっていただけだった」と気づいたと振り返ります。
「言葉を使えない分、私たちがどう評価するか」――カー・ハン・ムイさんと、評価という責任

鈴木穣蔵
今年のグランプリ作家、カー・ハン・ムイさんは、自分の作品についてほとんど語らない人だといいます。深いエメラルドグリーンを基調にした作品を、長い時間をかけ、強い集中とともに描く。けれど描き終えたあとは、何を描いたのか、どう評価されるのか、あまり関心を示しません。「ただ、自分はそれをやっただけ」という構えなのだと、河村さんは話します。
ヘラルボニーが契約する作家には、重度の知的障害があり、自分の作品を多くは語らない人が少なくありません。だからこそ、評価する側の責任は重くなります。
「彼らが言葉を使えない分、私たちがその作品をどう評価して、どう社会に広めていくか。そこはすごく慎重に、意識して考えるようになりました」
カー・ハン・ムイさんについて、河村さんはこんな言葉も添えました。「本当に喋らないけれど、心のなかには広い世界があって、それを私たちに見せてくれている。勝手な解釈ですけど、そう思わせてくれる作品なんです」
「評価される場所を求める人は、国内外を問わずいる」――パリから、94の国と地域へ
評価の場は、国境も越えはじめています。ヘラルボニーは2年ほど前にパリに拠点を構え、ヨーロッパへと活動を広げてきました。アートプライズには海外からの応募も多く、これまでに延べ7,566点、94の国と地域から作品が寄せられています。
ただ、日本と海外では、障害や福祉のとらえ方が大きく違います。「日本では当たり前のことが、海外ではそうでもない」場面もある。たとえばフランスでは、施設が契約に慎重なこともあるといいます。それでも、「評価される場所を求めている人は、国内外を問わずいる」と河村さん。今回の応募作のなかには、パレスチナにルーツを持つ人もいて、作品が無事に届くのかと心配したほどだった、と話してくれました。
「深く知って、はじめて“障害”に気づくくらいに」――「障害者アート」と呼ばないこと

鈴木穣蔵
こうした実感もあって、ヘラルボニーは「障害者アート」や「アール・ブリュット」という言葉を、社の方針として使いません。区別すること自体への問いがあるからです。創業の物語があり、いまは「障害のある方の作品」という言い方をしていますが、代表が常々語る最終的な目標は、別のところにあります。
「純粋に作品を見て“素敵だな”と思って、深く知っていくと、実は障害があった。そのくらいの感覚にまで浸透していけたら」。そう河村さんは言います。将来的には、そのカテゴリー自体を取り払いたい、と。
「いまの状況なら、大丈夫です」――報酬と、「国の支援が切れる不安」
ヘラルボニーの原点には、一日かけて作った作品が、わずかな額で売られていることへの違和感がありました。就労継続支援B型の全国平均工賃は、令和5年度で月額22,649円です(令和4年度は17,031円。大幅な増加は、報酬改定にともなう算定方法の変更によるものです)。アートが、その水準を超える対価を作家に返せるとき、何が起きるのか。
河村さんによれば、ここ1、2年で作家への報酬が大きく増えた一方、思わぬ不安も生まれているといいます。収入が増えることで、国からの支援が受けられなくなるのではないか――そう心配する家族が出てきた。そこでヘラルボニーは、税務や法務の担当者が、作家本人や家族に向けて説明する機会を重ねています。「いまの状況なら大丈夫です」と、制度の情報を共有する。報酬を増やすことと、暮らしの土台を守ること。その両方に、事業として向き合おうとしています。
「全員を拾いきれないのが、本当に心が苦しい」――希望と、現実のあいだ

鈴木穣蔵
――すべての障害のある人が、作家になれるわけではありません。「自分にも何かできるかもしれない」という希望が、ときに重荷にもなる。そのあいだで、何を受け取ってほしいと考えていますか。
障害のあるなしにかかわらず、アートで“トップ”に立てる人は、ごくわずかです。評価されてこなかった表現を、同じ土俵に乗せる――それがアートチームの目標であり、スタンスは変わらない、と河村さんは言います。アートプライズを通じて「挑戦してみよう」という希望は、たしかに多くの人に届いている。けれど、回を重ねれば、毎回選ばれずに終わる人も出てきます。
「全員を拾いきれないのが、本当に心が苦しい」。河村さんは、そう言いました。それでも、国際的なアートアワードとしての評価の場は、きちんと区別して提示していく。そのうえで、選ばれた作家が、これから応募する人にとっての憧れのような存在になっていけたら、と話します。
その象徴として河村さんが挙げたのが、第1回のグランプリ作家・浅野春香さんでした。20歳で統合失調症を発症し、29歳で本格的に絵を描き始めた浅野さんは、「ヒョウカ」という作品でグランプリを射止めました。けれど受賞後、「これ以上の作品は描けない」とスランプに陥り、深く塞ぎ込んだ時期があったといいます。受賞が、そのまま苦しさにもなった。
その浅野さんが、のちの受賞式で、新しい受賞者たちにこう語りかけたと河村さんは振り返ります。「私はまだスランプのなかにいるけれど、絵は描き続けています。みなさんも、一緒に描き続けましょう」。最近、浅野さんはスランプを越え、銀座のギャラリーで初めての個展を開き、新作を描き上げたそうです。
希望を語ることと、現実を直視すること。そのあいだで、ヘラルボニーは、絵を描かない人のことも考え始めています。代表自身の兄も、絵は描きません。「絵が描けないから、自分たちには関係ない」と感じてほしくない――そんな思いから、アートとは別の軸で、障害のある人にとって“何が本当の幸せか”を問う財団の構想も動き出しているといいます。
「ヘラルボニーだけで決めない。必ず周りの方と、作家さんと決める」――同意と、尊厳
最後に、福祉の現場で相談支援に携わる立場として、どうしても聞いておきたいことがありました。
――知的障害のある方のアートは、人権の問題でもあると感じています。本人がそれを知っているか、選べているか、断れるか、やめられるか。対価がちゃんと本人に返っているか。その視点を、どう持っていますか。
河村さんは、「私もずっと考えていることです」と前置きして、具体的に語ってくれました。
契約の場面では、たとえ発語のない作家でも、その人がわかるかたちで内容を伝えます。絵を使い、「この作品が、こういうプロダクトになります」と視覚的に示す。支援員と一緒に、毎回、すべての契約でそれを徹底しているといいます。
そして、作品について語ることのできない作家の場合、「私たちがどう評価するかで、ほぼすべてが決まってしまうときがある」。だからこそ、ヘラルボニーだけで結論を出すことはしません。チームで慎重に話し合い、制作している姿をそばで見ている支援員や家族の声を聞いたうえで、社会への伝え方を決めるといいます。
「ヘラルボニーだけで決めるのではなくて、必ず周りの方と、作家さんと決めている。ここは、これからも絶対に譲らない部分です」
作家が国の福祉的な支援を受け続けられること。それも譲れない一線だと河村さんは言います。前例の少ない領域で、ヘラルボニー自身が「第一事例」になることが多いからこそ、慎重に進めている。亡くなった作家や、高齢になった作家については、収益を遺族にお渡ししてよいのかどうかも含め、発祥の地である「るんびにい美術館」のアートディレクター・板垣崇志さんら、作家を長く見てきた人たちと相談しながら判断しているそうです。
描き続ける、その隣で

鈴木穣蔵
障害のある作家を「支援される人」としてではなく、一人の作家として、その意思と尊厳を守りながら社会へ送り出す。言葉にすれば一行ですが、その裏には、絵で契約を確かめ、家族や支援員に相談し、選ばれなかった人を思い、亡くなった作家の遺族と向き合う、地道な実務の積み重ねがあります。
浅野さんが新しい受賞者にかけた、「一緒に描き続けましょう」という言葉のように、受賞した作家が、次の誰かの希望になっていく。その連なりのなかにこそ、河村さんが「絶対に譲らない」と言い切ったものの輪郭が、たしかにありました。
HERALBONY Art Prize 特設サイト
https://artprize.heralbony.jp/
株式会社ヘラルボニー
https://www.heralbony.jp/
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