「物語という形で、消費をしてはいけない」── 医療的ケア児の冒険『Return to My Blue』野口雄大監督インタビュー
砂浜での壮眞さんと純代さん ©スタジオなあに
人工呼吸器も、車椅子も、冒険を諦める理由にはならない――。人工呼吸器をつけた医療的ケア児で10歳の少年・壮眞(そうま)さんと母・純代さんが、電気も水もない沖縄の無人島を目指すドキュメンタリー映画『Return to My Blue』が、7月24日(金)よりキノシネマ新宿ほかで全国順次公開されます。監督は、連続テレビ小説『あんぱん』『エール』、大河ドラマ『どうする家康』などの演出を手がけてきた野口雄大さん。日常的に医療的ケアを必要とする子どもは全国に2万人を超えると推計されるなか、本作は第24回中之島映画祭グランプリをはじめ、海外20の映画祭で受賞しています。7月8日には、超党派「医療的ケア児者支援議員連盟」の総会内で、国会インクルーシブ試写会も開かれました。医療的ケア児支援法の改正に向けた議論が大詰めを迎えるなか、会長の野田聖子議員は「これはドキュメンタリーではなく、映画ですね」という言葉を監督に贈ったそうです。相談支援の現場で医療的ケアの方を担当してきた川田が、公開直前の監督に話を聞きました。取材の最後、監督はこう明かしています。「障害のある方に関わる皆さんが、どうご覧になるのか。一番ドキドキしたところでした。ちゃんと、こういうところに取り上げてほしいと思っていたので」

野口雄大監督 ©️スタジオなあに
「触れていいんだ」──「障害者」「健常者」の枠が溶けるまで
──公式コメントに、「自分が無意識に『障害者』『健常者』という枠で人を見ていたことに気づいた」とありました。その枠が壊れた瞬間を、具体的に教えてください。
普段は障害のある人と接する機会がほとんどなかったという野口監督。撮影の始まりは、正直な戸惑いからだったと振り返ります。
「知識がない、接した経験もあまりないところから来る恐れがあって、コミュニケーションにぎこちなさがありました。極端な話、人工呼吸器をつけた壮眞くんの肌に触れて、ばい菌が入ってしまったらいけないんじゃないか、などと」
転機は、ツアー初日の夜でした。ツアーを主催した作家で旅人の高橋歩さんから、こんな言葉を投げかけられます。
「『中から撮るのと、外から撮るのって違うよね』と言われたんです。友達と言いながら自分が外から戸惑いながら撮っているのを、見透かされていて。子どもたちや親御さんたちと、どれぐらいコミュニケーションできているのか。突きつけられたなと思いました」
翌日から監督は、空いた時間に車椅子を運び、子どもや親たちと言葉を交わすようになります。ただ手伝えば、その間の映像は残らない。そんなジレンマを抱えながらも、少しずつ距離は縮まっていきました。決定的だったのは、ある親御さんの一言だったといいます。
「『肌に触れてくれるだけでも嬉しいんですよ』と言ってくださって。そうか、触れていいんだと思ったんです。相手が嫌でなければ、握手をしたり、肩に手を置いて『元気?』と声をかけたり。自分たちの子どもに接するように、ごく当然に接すればいい。単純なことなんだと、その時に気づきました」
「握手をする。一緒にご飯を食べる。それだけでも交流が生まれるんですよね。その積み重ねで、あっという間に、心が自分の中で溶けていました」
「エゴなんじゃないかと、斜めから見ていた」── 答えは、海に入った瞬間の笑顔だった
──医師が当初は無人島行きに難色を示したことも報じられています。「危ないからやめておこう」という善意が、障害のある人の選択肢を狭めてきた側面もあります。安全と挑戦のあいだで、現場をどうご覧になっていましたか。
意外にも、最初に「疑う側」にいたのは自分だったと、監督は打ち明けます。壮眞さんは視線で明確に意思を伝えることができます。それでも、と続けました。
「どれぐらい本当に無人島に行きたいと彼が思っているのかは、分からない部分がありました。お母さんが単純に連れて行きたいと思っているだけなんじゃないか。ある種の、親のエゴなんじゃないかと、正直、最初は感じていた部分があって。無人島で何か起きたときには、命の危険があるかもしれない。皆さんがすごくポジティブで明るいからこそ、斜めから見ていたところがすごくありました」
その疑いをほどいたのは、言葉ではありませんでした。
「壮眞くんがお母さんに抱っこされて、海に入った瞬間に見せてくれた笑顔。あれを見たときに、壮眞は本当に来たかったんだ、海にも入りたかったんだって、僕はそれを受け取ってしまったんですよね。受け取り方次第だと言われれば、そうかもしれない。でも、言葉ではなくて、あんなに満面の笑みで表現されたので」
ポスターに大きく写る笑顔は、まさにこの瞬間のものです。カメラを夢中で向けていて、気づけば涙が出ていて、その理由を知りたくて映画を作り始めたのだと監督は言います。

©スタジオなあに
同行した、はなまるクリニック院長の山本英世医師の変化も、監督の心に残っています。壮眞さんの往診医だった山本医師は、当初「何かあったときに困るのは壮眞くんだから」と、無人島行きを断っていました。それが最終的には、自費でツアーに加わります。クリニックを経営し、多くのスタッフと家族を抱える立場からすれば、リスクしかない決断です。なぜ行ったのか。監督がカメラで追いかけて出てきた答えは、こうでした。
「医師になった原点を思い出させてくれたのが、壮眞くんだったそうです。純代さんが連れて行きたいのではなく、壮眞くん自身が本当に行きたいと思っている。それに心が動かされた。それなら、自分は最大限サポートしたい、と。その変化は、みんなに言えることだと思いました。僕にとっても同じでした」
──壮眞さんは言葉ではなく、視線や表情で意思を伝えます。撮影中、どう受け取っていましたか。
「壮眞くんは喋れないからこそ、持っている表現力があると、すごく思ったんです。初めて会ったときから、目がすごく澄んでいる。自分が今どう感じているかも見透かされてしまうような、透き通った目をしているなと」
「やりたいと思ったときの笑顔が、一緒にいると分かるんですよね。壮眞くんは今、そう思っているんだな、と。喋れないというハードルがあるからこそ、逆に笑顔という最大の武器を、コミュニケーションとして持っている。すごく魅力的だなと思って、彼の一番チャーミングな部分が最大限伝わるといいなと、追いかけていました」
「本当なら、カメラがいないはずのツアーだった」── 消費しないための距離感
──障害のある人の挑戦が、観る側の感動のために消費される。そんな「感動ポルノ」という言葉への警戒が、当事者には根強くあります。本作では、どう距離を取りましたか。
「作品にしたいと思ったときから、ずっと考えていたことでした」と、監督は答えました。
「受け取り方は人それぞれなので、感動ポルノだと言われてしまえば、そうでしかない。ただ、僕の気持ちとしては、皆さんのかけがえのないツアーの時間を、物語という形で、消費をしてはいけない。その思いを一番に胸に置いて臨んだつもりです」
具体的な線引きを尋ねると、三つ挙げてくれました。一つ目は、立ち位置です。
「本当なら、カメラがいないはずのツアーだったんです。僕はいろんな流れで、カメラマンの一人、監督の一人として同行させてもらった。お邪魔している側なんですよね。だから、ツアーそのものにはなるべく介入しないようにして、皆さんがとにかく楽しんでいるところを、シンプルに追いかけました。一人の参加者の視点で味わってもらえるように、と」
二つ目は、音楽です。不安を煽るような音で盛り上げることは「一切やりたくなかった」と言い切り、劇伴はなるべくシンプルにしたといいます。三つ目は、緊迫した場面の扱いです。小さな漁船に車椅子ごと乗り込む、あの張り詰めた瞬間について尋ねると、答えはやはりシンプルでした。
「皆さんが実際に不安がっていた。だから、そのまま表現しました」
感動すること自体を否定したいわけではない。取材者としてそう伝えると、監督はうなずきながら、作品の軸を言葉にしました。
「障害とか健常とか、そういうことではなくて。純真な気持ちで、無人島に行きたいと思うこと。お医者さんなら、医師としての初心を思い出すこと。誰もが人間として本来持っていた、純真な気持ちの部分に返っ還っていく物語だと思って作りました」
制作の順番も、実は独特でした。
「撮影はツアーが先だったんです。もともとドキュメンタリー映画として作る予定ではなかったので。ただあまりに素晴らしいツアーだったから、映画にしようしたいと組み立てて、インタビューや日常の場面など、足りない素材は後から撮りました」
後日撮影された日常の中で、監督が一番印象に残ったと語るのが、入浴の場面です。父に抱かれ、人工呼吸器をつけたまま、狭い浴槽につかる壮眞さん。
「僕にとって、あの浴槽は一つの海みたいなものでした。日常は誰にとっても、閉ざされた狭い空間で送る部分があると思うんです。でも冒険して海に行ったからこそ、普段は入れない大海原という、自然のお風呂に入ることができた。日常から少しアクションを起こすことで、非日常を味わえるんだな、と」

©スタジオなあに
「車椅子席が、一席しかない」── 声が実現させた、全館インクルーシブ上映
──キノシネマ全館・全回でのインクルーシブ上映は、映画界初と聞きます。どうやって実現したのですか。
きっかけは、劇場公開が決まってから見えてきた「現状」でした。
「初めて僕らも知ったんです。車椅子席が、劇場に一席しかないという現状を。蓋を開けてみたら、どこの劇場も車椅子席は少なくて」
ツアーの参加者や、映画を広げる仲間たちから、声が上がります。
「すごく行きたいと思っていたけど、車椅子席が一席しかない。家族でも行けなかったりするし、友達も誘って行けない、と。どうしようとなったときに、配給会社さんを通じてキノシネマさんに『そういう声があるんですが、何かいい案はありますか』と相談したんです。そうしたら、『じゃあ、全館でインクルーシブ上映をやりましょう』と。最前列の席を外して、車椅子席を増やしてくださったんですよ」
全ての上映回で、上映中の発声や座席の移動が認められます。車椅子スペースが増設されるほか、座位を保つのが難しい子どもを抱っこして観るための、2席分のスペース確保にも応じてもらえます。音声を文字に変換するアプリの使用も可能で、暗い場所が苦手な人のために場内は完全消灯せず、手元が見える明るさが保たれます。劇場の公式サイトにも、医療的ケア児や障害のある人とその家族が一緒に安心して楽しめるための実施であることが明記されました。
「普段は劇場に行くこと自体、すごくハードルが高いと皆さんおっしゃっていました。みんなの声が届いて、全館インクルーシブ上映という、本当に異例の形になった。キノシネマさんが応えてくださったんです」

©スタジオなあに
この形を、他の作品や劇場に広げるために何が必要か。監督の答えは、飾らないものでした。
「口コミでしかないと思っています。僕だけでは、決して何もできない。映画を見て、いいなと思ってくださったのなら、口コミで広げていただく。これに尽きます。劇場に足を運んでもらわない限り、拡大していかないので。特に、公開からの最初の3日間(7/24.25.26)が大事です」
それぞれの歩幅で
──最後に、読者へ一言お願いします。
「この作品は、みんなに無人島に行ってもらいたいという話では、決してないんです」と、監督は念を押すように言いました。
「それぞれが、自分なりのやりたいことや原点を、持っているんじゃないかと信じています。それぞれの歩幅で。新幹線に乗ってみたいでもいいし、ラーメンを食べてみたいでもいい。隣町に行ってみたいでも、家を出てみたいということでもいい。そういう気持ちに向き合うきっかけになってもらえれば」
そして、劇場へ誘う言葉を残してくれました。
「劇場で見られるのは、おそらく最初で最後。無人島の冒険感を映画館で味わえるのは、本当にラストチャンスです。普段劇場に行かない方も安心して来られるインクルーシブ上映になっていますので、初めての方も、ぜひ映画体験をしてみてください」
7月25日(土)には、キノシネマ心斎橋での舞台挨拶に登壇する予定だといいます。
「青い帽子をかぶっていると思うので、見かけたら声をかけてください」
『Return to My Blue』
2026年7月24日(金)よりキノシネマ新宿ほか全国順次公開(キノシネマ全館・全回インクルーシブ上映)
上映館:キノシネマ横浜みなとみらい/新宿/立川高島屋S.C.館/心斎橋/神戸国際/天神
監督・撮影・プロデューサー:野口雄大 出演:吉原壮眞、吉原純代、加藤真心、加藤さくら、山本英世 上映時間:39分
公式サイト:https://return-to-my-blue.studio.site/
公式X:https://x.com/returntomyblue
公式Instagram:https://www.instagram.com/returntomyblue
※舞台挨拶などの最新情報は、公式Xおよび各劇場サイトをご確認ください。


