なぜSNS上での餌付け行為が絶えないのか

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Photo by Rolf Schmidbauer on Unsplash

SNSのフィールド(といっても大体Xのことですが)を眺めていると「また餌付け魔が現れたな」「また野生動物が釣られてきたな」と思わされるやり取りがちょくちょく観測されます。障害者や障害福祉に関するバズりを嗅ぎ付けると、どこからともなく現れて植松教の集会を始め気持ちよくなる集団が出てくるあの流れです。

現実でも野良猫などへ無責任に餌をやっているような者は存在します。そういう「リアル餌付け魔」がどういう思考や心理で動いているのでしょうか。現実の餌付け魔に多いのは「可哀想だと思った」「空腹を癒してあげたい」そして「餌やりによって繋がりを実感する」という考えです。これが進むと「自分が餌をやらないと飢えて死んでしまう」「誰も面倒を見ないから自分がやる」「目の前の命を救うんだ。自分は正しい」という思い込み、「悪いのは捨てた人間なんだから、そいつが責任を取るべき」という責任転嫁にまで発展し、主観と客観のズレから話がこじれてきます。

「繋がり」という観点に絞れば、SNSの餌付け魔にも同じ行動原理が窺えます。繋がりと承認欲求欲しさに「#反障害者界隈で繋がりたい」と餌を撒き、それを嗅ぎ付け集まってくる集団……という構図でしょうか。あり得ない話ではないです。実際は大っぴらに犬笛を吹く真似はせず、独り言を装ったり、自己嫌悪の当事者に呼びかけるテイで暗に煽ったりするのでしょうね。数年前のトンガリアイコンの彼みたいに露骨すぎると、一瞬で大通報ラッシュからの凍結を喰らいますから。

しかし、SNS上の「野生動物たち」は実際のところ、餌付け魔など居なくても集まって貪って騒ぐのではないでしょうか。ニュースサイトがお仕事で書いた記事だろうと、当事者や家庭のちょっとした体験談だろうと、なんにでも吸い寄せられて餌だと思い口に入れる悪食(あくじき)ではないかと思われます。

餌付け魔が故意にやっているというよりも、食べかけのゴミに集まっているとか、畑の作物を荒らしているとか、そういう比喩の方が適切かも知れません。繋がりを求めて餌を撒くのはやめにしましょう。特別あなたの餌を求めている訳ではありませんので。

参考サイト

なぜ野良動物への餌やりはなくならないのか──「かわいそう」の裏にある心理的報酬
https://pet-happy.jp


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遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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