column9月号 続、注意の仕方で自身の世界が変わる(『発達障がい~神からの贈り物~』第118回)
発達障害
UnsplashのMylon Ollilaが撮影した写真のMylon Ollilaが撮影したイラスト素材
『発達障がい ~神からの贈り物~』 第118回 <毎月10日連載>
先月号では児童を叱責する福祉職員を題材に触れてみたが、今回は裏返し思考で考えてみようと思う。
簡単に先月の内容を記してみると、利用児童に対して一つ一つ揚げ足を取るように叱責する福祉職員の行動が子供たちの心を窮屈にし、余計にミスしやすくなる環境を作り出していることを例に、配慮ある対応の方法について考察してみた。
こういう配慮にかける行動がこの世からなくなれば社会はもっと明るくなるだろう、そんな風に思えない私が実は存在した。
私の幼少期は高度成長期の終わりごろ。体罰なんて当たり前で高圧的な教員から理不尽な思いをさせられることも日常の一部だった。今日のようなもっと子供の目線にたってくれる社会なんて絶対に訪れないと思っていた。なので、その当時と比べると本当に良い社会になったと思える。が、しかし、今になって違った見え方も生まれてきた。
幼少期に受けた体罰や理不尽な経験のほとんどを決して肯定はしない。しかし、一部には今となっては感謝できることもある。あの時厳しく叱ってくれてありがとう、そんな経験を持っている人も少なくはないのでは?
加えて、理不尽な経験をする事によって時間はかかったが様々な対処法や回避法も学べた。逆境に強くなった、環境に適応する力を養えたと自身は感じている。
物質的に裕福になったからといって心が満たされる訳ではない、平和になったからといって社会から争いが消える訳でもない。逆境というものは自身を鍛え高める良い機会である側面も存在するのでしょう。
冒頭の福祉職員の話しに戻るが、やはり彼の行動を肯定することはできない。かといって全面的に否定することもできない。理由はもうお解りでしょう。彼自身も力量が低いだけで決して弱い者虐めしたい訳ではないだろう。
こんな風に考えていくと、様々な問題点や課題は自身の伸び代と捉えることさえできる。理不尽な思いを感じたとき、大きく息を吐いて自身の伸び代を探せるようになる、そんな目標を教えてくれたのはあの福祉職員なのかも知れない。感謝。
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