当事者は「才能ある障害者」が出る作品に倦んでいる?

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Photo by Joel Lee on Unsplash

自閉スペクトラムの弁護士が活躍する韓国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」。これを日本式にリメイクした作品「南田南弁護士は天才肌」の放送開始が告知されたのですが、ネット上の反応はどこか冷ややかでした。「『才能ある発達障害者』を描いた作品はもはや有害だ」とする声は、Xのような擦れに擦れた場所を中心に増えてきています。

数年前までは創作で描かれる「キラキラ障害者」への忌避感は少数派の中でも更に擦れきった少数派にしか見られませんでした。しかし今では、自称障害者系インフルエンサーを中心に「『才能ある障害者』の幻想から卒業せよ!」「行動障害で暴れる『標準的障害者』を見よ!」「障害者によって周囲が不幸になる『現実』を認識せよ!」と絶叫し、それが拡散されています。低スぺ健常者に媚びることでしか己を保てない輩のことは放っておくとしても、「才能ある障害者」の描写に嫌気が差しているという意識の変化は無視できませんね。

過剰な期待を生む

その道の大御所まで登り詰めながら発達障害をカミングアウトした著名人や、凹を補って余りある凸に恵まれたギフテッド、遥か昔に「レインマン」で描写されたサヴァン症候群など、「才能ある障害者」「キラキラ障害者」のストーリーはここ10年かけて様々な形で膾炙(かいしゃ)してきました。日本国内で火付け役となった栗原類氏のカミングアウトも2015年ごろだったでしょうか。

最初のうちは「啓蒙」となっていました。啓発ではなく啓蒙、何も見えず何も知らない大衆に「発達障害の成功者」とやらを読み聞かせてあげました。当事者やその身内も、ある程度は許容していたのが多かったと思います。厳しいリアルを与えてアレルギーを悪化させるくらいなら、甘いおとぎ話を聞かせてあげたほうが社会受容の上で期待できるとされてきました。

ただ、時が経つにつれて「優良誤認化」による弊害が目立つようになってきました。健常者は勝手に期待して勝手に失望し、保護者の中には「何か才能がある筈」とギフテッド幻想に陥る者が出始め、当事者の一部ですらそのギフテッド幻想に縋る有様。何かしら才能のある人間より何もない平凡な人間の方が圧倒的多数派であり、それが障害者に限って免除されるようなこともないのが現実です。今はそれに多くの人が気付いてしまいました。

何の才能もなくキラキラもしない当事者たちにとって、才能あるキラキラ障害者のストーリーはもはや嫌味にも劣る何かでしかなく、目に入るだけでも不快な情報となっています。ウ・ヨンウ弁護士の原作がそれほど叩かれなかったのに、いま日本でリメイクされるにあたって冷笑と白眼視の的にされているのは、優良誤認化する障害者創作への「もうやめてくれ。お前たち表現者は無能な働き者だ」というメッセージかもしれません。

ですが、キラキラ障害者のストーリーを止めてはいけないと個人的には考えています。福祉や精神医療の知識を有する人間はほんの少数派で、大半の人間は障害者の何たるかについて一つも理解していないからです。例えば、加減乗除を一通り知って間もない小学3年生に数Aで習う組み合わせを教えるならば、高校1年生相手と同じ教え方では一瞬で相手にしてもらえなくなることくらい察しが付くでしょう。同様に、いきなり難しい現実や制度や実像から教えても、まともに理解される筈がありません。まず警戒を解くために必要なのが、甘美なキラキラ障害者のストーリーです。

9歳児理論

テレビや広告やコピーライティングの分野には「9歳児(小学校中学年)に理解できる表現を心掛けよ」という旨の格言があるそうです。9歳児ともなると簡単な加減乗除は一通り修めており、ある程度なら因果関係や抽象的な説明などは理解できます。しかし、少しでも複雑すぎるとたちまち理解できなくなる微妙なお年頃でもあります。ゆえに、9歳児で理解できるならばほとんどの受け手に通じるというのがこの格言の意味です。

誰が発祥か分からないこの考え方に「ひとの精神年齢を勝手に9歳児扱いするなど失礼だ!」といきり立つポストも実際に見ました。ですが、どんな大人であろうと、どれほどの権威と専門性を纏った学者であろうと、自身の専門外になれば例外なく9歳まで退行します。医師でさえ自分の科で扱っていないものは診られません。どんな人も大半の分野においては素人に過ぎないわけです。

9歳児に行動障害の様子などを見せるとどんな反応をするでしょうか。きっと、暴れる大人を見て「しょうがい者って大きくなってもあばれるんだな」「知てきしょうがい者ってこわいんだな」としか感じず、線を引いて背を向けて殻に閉じこもるでしょう。これが一人二人だけならともかく、多数派まるごと同じ態度を取られてしまっては途方に暮れてしまいます。

12歳で分別がつくようになる内容を9歳児に教えても、正しい理解を得られないどころか悪い方へ曲解するリスクさえあります。圧倒的多数の9歳児でも触れやすく理解しやすい「才能ある障害者」「キラキラ障害者」のストーリーは、今もなお正しい理解へ導くフックとして必要です。いきなり現実の厳しさから教えるのは、却って心を閉ざし理解から遠ざける愚行でしかありません。

あらゆる人が大半の分野で何も知らない素人でしかなく、何も知らない以上は簡単に9歳という微妙な年頃へ退行します。そしてあらゆる分野が少数の10歳以上と多数の9歳児で構成されています。人口比からして、厳しく教えたせいで壁を張られては話にならないことは分かるでしょう。こと障害理解に至っては、既に8歳7歳と退行を重ねている者も少なくありません。現実を隠せとは言いませんが、希望も見せずに尻を蹴るような態度をとるには早すぎます。

遥けき博愛の郷

遥けき博愛の郷

大学4年の時に就活うつとなり、紆余曲折を経て自閉症スペクトラムと診断される。書く話題のきっかけは大体Twitterというぐらいのツイ廃。最近の悩みはデレステのLv26譜面から詰まっていること。

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