「みいちゃんと山田さん」に登場する、理想の障害者・ムウちゃんについて
暮らし
今回も「みい山」の単一キャラ紹介です。特性の詰め合わせなのに評価が二分したニナちゃんやツバサくん、万能ながら軽率な須崎先生、そして今回のムウちゃん(本名:榎本睦)。チョイスとしては外した感じがないですし、遂にムウちゃんの話をする時が来たかとすら思っています。
疑わしい要素は多くとも明確な診断名などは出ていない「みい山」オールスターの中で、唯一知的障害者として療育手帳(愛の手帳)を交付されているのがムウちゃんです。「みいちゃんが歩めなかった道を歩むキャラ」「従順で素直で人当りもいい理想の障害者」としてよく語られる彼女について、その母親も含めてお話してみたいと思います。
ムウちゃんの足跡
ムウちゃんの初登場は1巻第5話「みいちゃんの友達」で、この回は「みい山」全体でも5本の指に入るほどの名エピソードとされています。逮捕されたのを機に福祉へと繋がったムウちゃんが、みいちゃんとどこまでも対極であることを示す場面の数々は多くの読者にとって印象に残っていることでしょう。
しつこく万引きを繰り返したことで2年服役することになったムウちゃんは、そこで福祉と繋がることで知的障害が認められ療育手帳を交付されます。
「見て見て~療育手帳のこと東京では『愛の手帳』って言うんだよ~」
逮捕前にやっていた風俗や立ちんぼはスッパリとやめ、作業所でホチキスの針を箱詰めする軽作業に携わるようになりました。
「フツーの人は一日中これができないんだって~ムウちゃんはずっとできるよ~」
単純作業をこなし続けているというムウちゃんは、かなり満足気です。
ここで人気の火付け役となった例のセリフを発するムウちゃん。
「みいちゃんもなんか障害ありそう」「一緒に福祉センターに行こーよ!」
みいちゃんはその提案を却下し、再び立ちんぼへと誘おうとします。やがて言い合いになり、みいちゃんは激昂するまま会食中の店を飛び出し、ムウちゃんもケースワーカーからの電話に気を取られ退店する幕切れとなりました。
「スタート地点と能力値が同じでも出会う人と自分の選択で結末は大きく変わる」
そんな山田さんの総括と共に、ムウちゃんの第一の出番は終了します。
過去編でも度々再登場。保育園からの付き合いであったこと、ボロ服のみいちゃんと違い身なりが整っていたこと、みいちゃんが不登校になってからも家へ遊びに行っていたことなどが断片的に明かされていきました。
そして5巻第25話「ゆく者たちへ」の冒頭では既に宮城へ帰っていました。この回で、ムウちゃんが窃盗で逮捕されたのも、風俗や立ちんぼをしていたのも、一緒に上京していたみいちゃんに教えられたことだと判明します。ムウちゃんのことは友達であると同時にどこか下に見ていたみいちゃん。この回想シーンは、個人的にはマウント系ママ友との付き合いらしい印象です。
7巻第33話「みいちゃん『伝説』」では農業系の恐らくB型作業所に通っており、みいちゃんを紹介しています。宮城に帰ってからの再会となりますが、みいちゃんのことを恨んでおらず快く作業所に紹介していました。出番はこの辺りで終了となり、この後みいちゃんが亡くなったことなどを知っているのかどうかは不透明になっています。
怒れる母親
ムウちゃんの母親についても話をしましょう。ムウ母は3巻第12話「中学生みいちゃん」で初登場し、過去編では娘と同じ八重歯がキュートな美人で、みいちゃんの母親とも家族ぐるみで付き合うほど良好な仲でした。しかし第25話では愛娘が前科者になるなどの心労もあって魔女のような風貌となり、みいちゃんへの憎しみを隠さなくなります。
帰郷編では芋煮会で寄ってきたみいちゃんを睨みつけて退け、リンチ現場を遠巻きに眺めて文字通り見殺しに資、捜索中の山田さんには「知らない」と答え、地域ぐるみでみいちゃんをデリートする役割の一端を担います。(このデリートシステムは単行本で少し修正され、高橋一味が逮捕されたと思しき文言が作中の匿名掲示板にちょこっと加筆されています。たった一行の加筆で、村ではよくても宮城県警には通用しなかったという意味に変わり、ただ村だけが愚かに映るようになったのは面白いですね)
ムウ母は確かに娘に愛情を注いでいましたし、将来を真剣に考えてはいました。しかし、小学校時代に支援学級を打診されていながら、間違って解釈した「言葉のシャワー」理論に縋って中学も通常学級を続ける(一応すごく悩んではいた)決断をするような謎采配も見受けられます。
通常級を続けたことは00年前後の地方という背景を鑑みれば責めるのは酷でしょう。ただ上京に関しての謎は解けていません。なぜムウちゃんを一人上京させることにしたのか、一緒に上京するみいちゃんを信頼する材料は何か、そもそも何をあてにしていたのか、全く明かされていないのです。
包丁を持たせたがらない、外でも手をつないで歩くなど帰郷編からは過保護な様子も目立ちます。二度と悪い道に進ませたくない気持ちは分かりますが、自活能力が養われていないと自分が死んだ後で困るのではないでしょうか。大きく確かな愛情のおかげで自己肯定感を育んだからこそ、朗らかなムウちゃんが出来上がったので一概にダメとも言い難いのですが。
「ちょうどいい障害者」の実態
帰郷編で農家のおじさんが語る「ちょうどいい障害者」というワード。それを象徴するのが、素直で人懐っこいムウちゃんです。すんなりと障害受容し、行動障害もなく、言われたことはよく聞いて、人間関係でトラブルも起こさない、そんなムウちゃんが「理想の障害者」だと言われても敢えて抗弁することは出来ないでしょう。福祉のレールに二つ返事で乗ってくれますし、みいちゃん以外にも友達がたくさん居るような描写もありますし、愛される素養は十二分にあります。
ただ、ムウちゃんはとことん自我が希薄と言いますか、自分の意思というものをあまり表出しない傾向があるんですよね。彼女が意思を表出したのはせいぜい「立ちんぼはもうしたくない!」と拒絶したことくらいでしょうか。ムウちゃんの行動理念は1巻の書き下ろしで語った「立ちんぼは出来ないけど、これからも一緒に遊びたい」に集約されている通り、今までもこれからもみいちゃんと良き友人でありたい(ただし性関連は除く)ことが第一です。
それにしてもムウちゃんからは負の感情が一切見受けられず、純真無垢でイノセントな存在として、陰惨な作中世界における癒しとなっています。逮捕されるほどの嘘を教えたみいちゃんのことを恨みませんし、風俗の給料よりずっと安い工賃でも嫌な顔せず作業所へ通っていますし、自分が知的障害者であることを受容できています。保育園の頃から21歳に至るまで登場シーンのほとんどは朗らかでニコニコと笑っています。唯一嫌がるのが性産業というのも却って都合のいいキャラ造形といいますか。
そして純粋すぎるがゆえに、遵法意識の有無を疑われるレベルで善悪の判断がついていない面もあります。その傾向は出所後も変わらず、第5話の会食ではケースワーカーの電話に気を取られて退店し、興味本位で山田さんがついて来ていなければ無銭飲食になった危うい一幕もありました。みいちゃんのことを恨まないのも、逮捕されたそもそもの原因が彼女であると認識していないからではないかとさえ思うことがあります。
ムウちゃんが「理想の障害者」であることを否定はできませんが、彼女には意思がありません。ムウちゃんを模範生にするだとか、ムウちゃんになるよう努力を求めるだとか、そういうことは非現実的というものです。いつもニコニコ人懐っこく、怒りも泣きも暴れも恨みもせず、指示はよく聞き受容し、周りにとってやって欲しくないことは都合よく自分から拒否する、そんなムウちゃんは言ってしまえば「理想を投影されたお人形」です。とても他人に範として強要できるような理想像ではありません。
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