「自分が障害者なのは神のせい!?」〜事実を受け入れて生きていくのに必要な姿勢

発達障害

出典:https://www.photo-ac.com

「自分は発達障害ではないか?」と思い、医師からの診断を受けたいと考える成人は増え続けています。確かに、正式に診断を受けることで、ホッとすることができます。しかし、「自分が障害者である」という事実を受け入れられるようになるまでには、相当の葛藤があることを覚悟しなければなりません。今回は自身の体験を通して、事実を受け入れ、前向きに力強く生きていくために必要だと私が考える姿勢をご紹介したいと思います。

キリスト教の集会での傷つけられた出来事

私は、2017年の11月に主治医から「自閉症スペクトラム障害」の診断を正式に受け、2018年の3月には精神障害者保健福祉手帳(3級)を取得し、就労移行支援事業所に通い始めました。しかし、最初の3ヶ月ほどは、「自分が障害者」だという事実を受け入れるのがたまらなく嫌でした。

高校を中退してから大学に合格する直前までの4年間、私は、高校に代わる居場所として、キリスト教の集会に通っていました。当時から母親はキリスト教の信仰を持っており、自分に合う教会を探した結果、「その集会が良さそう」だと思ったので、私もその集会の高校生クラスに通うことにしました。「福音派」という保守的なプロテスタントの集会で、信者は150~200人ぐらいでした。

最初の1年ほどは楽しかったのですが、その集会でも心を傷つけられる出来事がありました。1997年の5月か6月に、受験勉強に行き詰りを感じ、将来に対して強い絶望感を抱いた私は、主治医からもらった薬を大量服薬し、自殺未遂をしました。その時に、母親がその集会で仲良くしていた同世代の女性信者が見舞いにきてくれたのですが、どうもその女性信者がその集会の長老に話したらしいのです。そして、「みんなで△△君が元気になるように祈ろう」と考えた長老に信者全員がいる場で自殺未遂をしたことを公表されてしまったのです!

この世は神の計画によって動いている?

その集会では、信者たちは、進化論を激しく否定し、頑として「創造論」を唱えていました。創造論とは、単細胞生物が偶発的・自然発生的に進化して人類に至ったとする進化論に真っ向から反対し、聖書の『創世記』に書いてある通り、「森羅万象は神が創造したので、我々人間も神の御心(みこころ)によって必然的に生まれてきた」と説く説です。それまでそんなものがあるなどとは思いもしていなかった私にとって、信者たちが口角泡を飛ばして進化論を否定し、創造論を説くのは強烈でした。

就労移行支援事業所のスタッフの回答

このようなことがあったので、正式に自閉症スペクトラム障害の診断を受けてからしばらくは、「私が障害者として生まれて今まで苦労してきたのは神のせいだ!!」と思っていました。そして、高校を中退してキリスト教の集会に通うようになった経緯を説明し、キリスト集会で傷つけられる出来事があったので「自分が障害者として生まれて今まで苦しんできたのは全部、神のせいだ!」と思っていることを就労移行支援事業所のスタッフに面談で話しました。

そのスタッフの回答は次のようなものでした。「それはその人たちに対する恨みであって、神に対する恨みではないはずです。神は関係ないからです。これは主観ですが、神ってあやふやなものじゃないですか。実際に神を見た人もいないですし。△△さんに有効なのはコントロールフォーカスです。実際に神がいるとして、神なんてコントロールできないじゃないですか。だから、神のことは考えないのが一番です」

こう聞いた私は、「神を恨むのは暖簾(のれん)に腕押しをするようなものだ。神を恨んだって、神が今までのことを謝罪してくれるわけじゃないんだし!」と思うことで、少しずつですが、「神」のことを考える時間が減るようになりました。

一瞬一瞬を精一杯生きる

この集会は長老が絶対的な「権威」を持つところでしたので、長老は常に上から目線でした。また、一時的にこの集会の信者になった母親によれば、信者全員が「我々だけが神に救われた人間だ」という凝り固まった選民思想を持っており、他の宗派や宗教を批判することもしばしばだったそうです。そんな集会に対して疑問を感じた母親はこの集会をやめ、現在はカトリックの教会に通っています。

「神がいるのに、どうして障害者が生まれてくるの?」という素朴な疑問は、キリスト教が成立した当時からあったかもしれません。こういう疑問はYahoo!知恵袋では何度も投稿されています。そして、この疑問に対するクリスチャンの答えは決まっています。「人間は不完全な存在だから、神から見れば、人間は皆、障害者なのだ」と。母親も現在通っているカトリックの教会の神父からこの答えを聞いたそうです。しかし、キリスト集会で傷つけられた体験があるからか、私には、「そんなの、はぐらかしているだけじゃないの?」と思えます。

キリスト集会で傷つけられた出来事も、もう20年以上も前のことですし、私が障害者として生まれたのが神のせいなのかどうかは誰にも分かりません。それに、私は洗礼を受けて信仰生活を送ったことはありませんし、これからもないでしょうから、神については何も考えなくてもいいと思います。今の私にとって、「自分が障害者であること」を受け入れて前向きに力強く生きていくのに必要なことは、コントロールフォーカスによる思考の訓練と、そこから導き出せる「一瞬一瞬を精一杯生きる」姿勢だと思います。

このコラムを最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

サンライズ

サンライズ

40代の男性。2年生で高校を中退。その年にメンタルクリニックを受診し、抑うつ状態と診断される。うつ病と闘い、自身の発達障害を疑いながら博士課程に進学するも、博士号は取れずじまいで単位取得満期退学。これを機に、それまで主治医の方針で「疑い」のまま保留になっていた自閉症スペクトラム障害の診断を受ける。現在は一人暮らし。趣味は読書、音楽(邦楽)観賞、YouTube、クイズ番組を観ること。

自閉症スペクトラム障害

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