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発達障がい〜神からの贈り物〜,連載コラム 2018.4.10

普通っていったい何?普通に生きようとするから普通に生きれない(『発達障がい~神からの贈り物~』第17回)

普通っていったい何?普通に生きようとするから普通に生きれない(『発達障がい~神からの贈り物~』第17回)
『発達障がい ~神からの贈り物~』 第17回 <毎月10日連載>

4月ですね。多くの人にとって4月は年度が改まる心新たに迎える時期ではないでしょうか?しかし、発達障害者にとってはそうでない人もたくさんいます。期待を大きく上回る不安がそうさせるのだと思います。

発達障害者は『個性的』と言われたりもしますが、周りの多数派と同じ行動を取れないことで多くの人たちが苦しんでいます。知らず知らずの間に他人と違う行動をとって和を乱すもの、周りと同じ行動をとるもののその行動に納得がいかずに自分を責めるもの、パターンは様々です。開き直って無理やり特異性を強調して余計に馴染めなくなるものもいます。

彼らは口を揃えるように『普通に生きたい』と言います。

普通っていったい何でしょうか?普通に大学に通って、普通に正社員として勤め、普通に恋愛をして、普通に結婚、普通に家庭を持ち子を設ける…、そんな風に思い描いている人が多いように思います。しかし、発達障害者でない多数派の人でも全てを満たす人は多数いるでしょうか?確かに日本の教育は周りの人たちと同じように立ち振る舞うことを是としているかもしれません。しかし、そんな社会規範どおりに生きれている人って社会の中では案外少数派ではないでしょうか?

私自身も過去には同じように『普通な人』を何度か演じようとしてその度に失敗しました。その後深い心の闇を彷徨いました。しかし、現在は自身の特異性を受け入れ、『自分らしく生きること』を常に念頭に置き、己の信念に沿って生きるよう心がけています。しかしながら、そう思えるようになってから『普通に見える』『発達障害を持っているようには思えない』、そんな風に周りから評価されるようになって来ました。これは私に限ったことではありません。発達障害当事者として啓発活動を行っている者の多くは『普通を諦めて普通になれた』者が多く存在します。

発達障害の生き辛さに『発達特性を個性と認めてほしい』と願う気持ちが強 く存在します。過去の私も同様に思っていました。しかし、発達特性が個性であればわざわざ個性のない普通な人間になどなる必要はないはずです。個性として認めてほしいと願う人間が個性を隠そうとするのに矛盾がありませんか?

こういう私も、簡単に自分らしさを手に入れられた訳ではありません。人の心の成長は一朝一夕にはいかないもの。何度も自分の心と語り合って、自分の特性と向き合って、そうして少しずつ受け入れられていくものです。そして苦しんだ時期があるからこそ、現在の私の平凡な毎日がどれほど幸せなものかが痛感できます。当たり前の日常に幸せを感じれるようになったときに結果的には普通になれるものなのかもしれません。勿論私は普通になどなろうとはかけらも思っていません。もしかすると『自分らしく生きれる人=普通に見える人』なのかもしれませんね。

私のコラムはいつも哲学的で解りづらいと感じる人が多いかもしれませんが、もう一度『普通』について考えてみてはいかがでしょう?『普通』を拡大解釈しすぎて『ありえないほどの特別』なものを普通と思い込もうとしているあなたが見つかるかもしれません。

ライタープロフィール
Kei スズキ
Kei スズキ

1969年大阪府泉大津市出身 高知大学農学部卒
ディレクター、スタジオ・ミュージシャン、道化師、学習塾経営など仕事は長続きしないながらも様々な分野に挑戦、一方で離婚を経験したことから10年の欝を経験。そののち2013年に発達障害の診断を受ける。現在はさかいハッタツ友の会の自助活動を中心に、自身の経験を活かし、発達障害者の生きがいや生き方についての啓発活動を行う。

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