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発達障がい〜神からの贈り物〜,連載コラム 2018.6.10

必要だから鬱になる?鬱を経験したから今の私がある。鬱に感謝。(『発達障がい~神からの贈り物~』第19回)

必要だから鬱になる?鬱を経験したから今の私がある。鬱に感謝。(『発達障がい~神からの贈り物~』第19回)
『発達障がい ~神からの贈り物~』 第19回 <毎月10日連載>

近畿圏も入梅。そんな中、今日は海で早速泳いできました。新しいウェットスーツを試したかったから。ウエットスーツってかなり浮力がある、海面で仰向けになって、まるで死海で浮きながら本を読む人のように、波と戯れてきました。

もう50歳手前の私なのに、何でこんなに元気なんだろう?自分でも驚いてしまう。鬱から完全に抜け切って、どんどん身体の中からエナジーが湧き出る。生きていて毎日が楽しい。こんな日が来るなんてあの頃の私は想像もつかなかった。いや、絶対ありえないときっと否定していた。

現在の私は発達障害者の啓発と福祉関連での仕事を生活の糧としていますが、私自身は発達障害で苦しんだと言うよりもはるかに鬱で苦しんだと言えます。鬱から抜け出せるその直前に自身の発達障害に気づきました。発達障害の不注意や拘りの強さが鬱という二次障害を引き起こしたと思われます。

現在でも発達障害だけでなく鬱や引きこもりの相談を時々受けることがあります。そんな時は迷わず、しっかり悩むことを薦めます。これはほとんどの本に書かれている鬱の対処法と間逆ではないでしょうか?世間一般では『悩むことないよ』『悩んでも仕方ないよ』、そんな風にアドバイスするでしょう。それで鬱が軽くなれば当然それは良い方法です。しかし、そういう人は一時的に良くなってもまた同じところに帰ってきてしまいます。

鬱になると人は無気力になります。私もそうでした。約10年、私はこの無気力と生活をともにしました。体は常に倦怠感に包まれ、行動を起こす前に疲れてしまう。しかし、頭だけは常に働き続けるんですね。ああでもない、こうでもない、時々は超ポジティブになって、しばらくするとその反動で長くて深いネガティブ思考が頭を占領する。『悩むな!』と言われたって余計に悩んでしまう。悩まない方法を必死で一晩も二晩も。

そもそも何故人は鬱になるのでしょうか?私が読んだ大量の本の中に、鬱は文明を持つ以前から人間は経験していた、というものがありました。一般的には豊かな国で鬱にかかりやすくなると言われますが、それは診断が出やすいだけで、人は大昔から人生に何度も悩み苦しんでいたのかもしれません。黒田官兵衛が荒木村重に土牢に1年間も幽閉されたときなど、きっとうつ状態になったと思われます。でないと逆に生きていられなかったかも。

話の目先が変わりますが、ここ最近は風邪による発熱を投薬で抑えないほうが良いと言う考えが主流になりつつあります。これは人の体がウイルスを撃退するために発熱しているからだと考えられます。人は発熱や咳、鼻づまりなどで風邪から身を守っているのです。

きっと同じように鬱も、人の防衛システムの一つとして機能しているのではないでしょうか?

私自身が鬱を経験してよかったと思える最大の理由は、『真正面から自分の人生と向き合うことができた』からです。引きこもって、それまでの自分の人生を何度も何度も振り返って、自分の中の何が人生を苦しめているのか、同じことの繰り返しを気が遠くなるほど行いました。本も10年間の間に3000冊ほど読みました。10年間、完全に引きこもっていたわけではありませんが、少し社会に出て、また失敗して戻ってきて…、この間、自分の人生を振り返りながら読書を繰り返し、そうして己と向き合ってきました。

結果的には、『駄目な自分を受け入れる』ことができたときに鬱から完全に縁のない世界に出会いました。ただ、駄目な自分を受け入れることなんてそんな簡単にできるでしょうか?これは決して自身を否定していることではないのですが、どうしても自己否定のように感じてしまいがちになります。その違いに気づくのにおおよそ8年ほどかかったと思います。

私の大切な10年を何度か困っている人に話したことがあります。皆、必死に耳を傾けてくれます。しかし、言葉で伝えたところで、簡単に理解できるものではありません。逆に『わかったつもり』にさせてしまって余計に酷い状態になった人を何人も見てきました。それからは安易に答えなど言わずに、『考えること』『悩むこと』を薦めています。

一度、大きな癌を患ったことがある人なら、毎日が生きれているだけでどれほど貴重なことかを理解できるでしょう。毎日の生命はそれ自身が奇跡的なものです。その奇跡に気づくにはその大切なものがなくなってしまう経験をしないと無理かもしれません。私は10年の鬱を経験して、毎日失敗しながらも、人に迷惑をかけながらでも、しっかり一歩を踏みしめている己の生命のかけがえのなさを実感しています。だからこそ、心の底からエナジーが沸いてくるのかもしれません。

人は遅かれ早かれやがて死ぬ。だったら生きていてよかったと思える人生を毎日送りたい。立派でなくても、尊敬されなくても。

そんな風に思わせてくれた鬱の経験は私の大きな宝物です。

ライタープロフィール
Kei スズキ
Kei スズキ

1969年大阪府泉大津市出身 高知大学農学部卒
ディレクター、スタジオ・ミュージシャン、道化師、学習塾経営など仕事は長続きしないながらも様々な分野に挑戦、一方で離婚を経験したことから10年の欝を経験。そののち2013年に発達障害の診断を受ける。現在はさかいハッタツ友の会の自助活動を中心に、自身の経験を活かし、発達障害者の生きがいや生き方についての啓発活動を行う。

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