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大阪・寝屋川の事件で問題になった「統合失調症」とは?(前編)

大阪・寝屋川の事件で問題になった「統合失調症」とは?(前編)

出典:https://www.photo-ac.com/


はじめに



皆さんは「統合失調症」という精神疾患を知っていますか?

ざっくり言ってしまうと、幻聴が聞こえたり幻覚が見えたりして、それに付随する様々な事象により日常生活が困難になってしまう病気の事です。

10代~20代の男女にも見られる病気で、100人に1人が罹るとされますが、そのうちの2人に1人が発症に気づかないまま今も暮らしていると言われています。

古くは「精神分裂病」と呼ばれ、不治の病とも称されてきましたが、現在では医学の発展もあり、治療して寛解できる病気として認知されてきている様です。

わたしはこの統合失調症を古くから患っておりましたが、昨年、突如として急性期を向かえ前職を退職せざるをえなくなりましたが、現在は就労移行支援施設に通いながら、再就職を目指して日々努力をしています。障害者手帳は現在申請中。3級を取得できる予定です。

この度記事を書かせて戴くのは、自分と同じ様な症状だったであろう寝屋川の女性が、隔離部屋で両親に15年間監禁され凍死したという痛ましい事件を聞いて、いてもたっても居られなくなり(あまり思い出したくない記憶ではありますが)自分の体験がこの記事を読んでくださっている方々の一助になればと思ったからです。

少し生々しい話にはなりますが、どれも全て私の実体験からの話です。どうか、あの様な悲劇が二度と起きないことを祈らずにはいられません。


違和感



わたしは、中学校時代から「周りの人が常に自分の悪口を言っているのではないか」と言う疑念を払拭することができませんでした。

友達がいなかったわけではありません。むしろ多い方だった様に思いますし、友人と話しているときや遊んでいる時は確かに楽しいのです。けれど、電車に乗っている時やふと顔を上げて知らない人と目が合った時等、自分が謂れのない誹謗中傷を受けているのではないかと強く思ってしまうのです。

その事を周りの誰に言っても「考えすぎだよ」と言う答えが返ってくるばかりで、まったく埒が明きません。初めは些細だった違和感は徐々に形となり始め、堪りかねたわたしは、近所の小さな病院に行くことにしました。

診断結果は「問題なし」思春期によくある症状だとされ、軽い世間話をされた程度で診察は終わりました。確か、診察料もとられる事なく「頑張って」とだけ言われて、家に帰ったという記憶があります。

しかし、わたしの中の違和感は変わることなく残り続けました。


高校~浪人時代



高校生に進学したわたしは、尚も違和感を抱えながら過ごしていました。コーラスサークルに入部し、皆で楽しく歌を歌いながらも、その違和感は消えることはありませんでした。

多くの友人と諸先生方のおかげで特に問題のない学校生活ではありましたが、親に無理を言って入れてもらった予備校に通うことができず、学業が疎かになってしまったために浪人生活を送ることになりました。

100円の缶コーヒーとハンバーガーが、毎日の細やかな楽しみでした。


引きこもりと大学生時代



なんとか1年で浪人時代を終えたわたしは、晴れて大学へ通い始めました。しかし、単位の取得方法が分からず、また職員の方々にそれを聞く勇気が湧かず、また何かを言われるか分からないという恐怖から、結局大学へ通うことができなくなり、昼夜の逆転した生活が始まりました。

初めは訝しがっていた両親を説得し、大学とはこんなものだからと嘘をつき、無理やりに説得して、自室に引きこもっては本を読んだり、インターネットをして時間をつぶすと言う無味簡素な毎日。たまに部屋から出ていくときは決まって夜で、いつも誰かに会わないかとビクビクしながら暮らしていました。そうなると必ず自分が糾弾されると思っていたからです。

大学から来る封書を見てみぬフリをして、開封もせずに机の引き出しに放り込み、かかって来た電話には留守番電話に対応を任せ、自分自身では何もせず、夜に少し家の周りを歩き回って眠る。病院に行けば自分が病気だと診断される事だったのに、わたしにはそんな勇気もなかったのです。

しかしそんな時間にも終わりは来ました。入学から4年経った10月に、遂に大学からの電話を母が受け取ったのです。4年と言う本来卒業するべき時間で卒業できないと知った両親の顔は、今でも忘れようがありません。わたしは自殺を考えましたが、結局それも適わず、何年かぶりに大学の門をくぐる事になりました。大学4回生にもなって、母と二人連れで学校へ。恥の多い生涯ではありますが、この時ほど自分が惨めだった時はありません。「世界中の人が自分を責めている」声が確かに聞こえていたのです。

結論を言えば、結局わたしは大学を卒業することができませんでした。その後もう一度、引きこもりの生活をしてしまったからです。一度目は許してくれた大学の職員の方も、二度目には聞く耳をもってはくれませんでした。

唯一、最初にわたしがお世話になったゼミの先生だけは最後まで味方で居てくださったのが、どれほど助けられたのか分かりません。

その間も不快な耳鳴りと幻聴は、いつも止むことなく私を罵倒し続けていました。


中退~就職。そして



結果として、大学を中退したわたしは、派遣社員として働き始めました。場所は大阪市内のコールセンター。商材は某大手通信会社の商品で、マニュアルも完備されており、人間関係にも恵まれ問題なく働くことが出来ました。

休憩中に10人程度で談笑をしながら昼食をとるのが、一番の楽しみであり、その間は不快な耳鳴りも自然と消えるようになりました。

しかし、ある程度の蓄えを得て、一人暮らしをはじめるようになった時、急な変調が訪れたのです。

▶︎続きのページ:大阪・寝屋川の事件で問題になった「統合失調症」とは?(後編)


参考文献

「療養生活させていた」「満足の食事与えたつもり」「『暑い』と言って服を脱ぐ」…再逮捕の両親、容疑を否認 大阪府警 - 産経新聞
http://www.sankei.com

統合失調症とは?けっして「怖い」病気ではありません - 障害者ドットコム
https://shohgaisha.com

ライタープロフィール
KENT
KENT

大阪府出身の30歳、男性。
古くから精神的な違和感を抱えており、2017年に、統合失調症と診断されました。
現在、精神保健福祉手帳を申請中。
就労移行支援事業所に通いながら、長期就労を目指しています。
趣味は読書、音楽鑑賞、野球。特技は朗読、歌唱、水泳です。

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