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双極性障害で措置入院から8年後の再発~再び身体拘束

双極性障害で措置入院から8年後の再発~再び身体拘束

出典:https://www.photo-ac.com

◀︎前回のページ:双極性障害で親友自殺から立ち直った方法~時間薬

31歳で躁状態になり措置入院してからの体験談をお話ししたいと思います。

退職するように主治医が

趣味を楽しみながら、国家資格を活かした仕事につき、キャリアを重ねることができました。服薬しながら安定して働いていました。母が月に1度薬を取りに行き、私の様子を先生に話す。それだけです。措置入院させられたのは騙し討ちにあったようなものだと思ってました。そんなときに、うつ病の男性が職場に復職してきました。噂ではシステムエンジニアで、業務が大変な時に発症したそうです。今回は2度目の復職で、1度目の時は上司から「みんな同じように大変だったのに、うつ病になったのはお前の心が弱いからだ!」と叱責されたそうです。今度の復職は、みな腫れ物に触るようでした。人事部付で、与えられた仕事は、とくにやる必要のない入力作業でした。薬の影響か居眠りしている場面も多くありました。女性同士でランチを食べていると、毎回うつ病男性の話題が出るようになりました。「あんなんで私らより給料めっちゃ高いなんて、やってられんわ」自分も薬を飲んでいるので、副作用でどうしようもないほど眠くなることも知っていました。当時は障害だとは思ってませんでしたが、自分の障害を隠して仕事をしていた私はだんだん苦痛になってきました。「おはようございます」と挨拶をすると、「そんなやつに挨拶なんてせんでいい」と上司に言われました。主治医に話すと、「仕事を辞めて下さい」と言われました。

再発は突然に

障害だと思っていなかったのに素直に退職したのは、待遇の条件変更など不満もあったからです。主治医からは残業しないように、無理しないようにと言われていました。今度は勤務時間の少ない仕事につきました。仕事に慣れたころ、めまいと耳鳴りがひどくなってきたのです。出勤してもめまいがひどくて早退。20代後半、31歳で措置入院させられる前と同じような身体の不調に悩まされるようになりました。結局仕事は退職し家で療養していました。今なら主治医の先生が言ってた言葉の意味がよくわかるのですが、精神的にも肉体的にもダメージが溜まっていたのでしょう。私は無理をしてしまいました。ブランクがあくと仕事が見つけにくくなるので、焦って飛びついてしまいました。飛びついた仕事は資格は活かせますが、やったことのない分野でした。面接で何度も何度も確認したのですが、結局仕事を無茶ぶりされました。期限の短い案件が毎日次々と振られるのです。パワハラも受けました。間に合わないので家に持ち帰り、深夜まで仕事をしても間に合いませんでした。ベットに入っても考えているので、とうとう眠れなくなってしまいました。不眠です。31歳で措置入院してから8年後のオリンピックのときでした。

自分から病院へ

正直あまり覚えていないのですが母が言うには、30年間住んでいる自分の住所もわからない状態だったそうです。前回は騙し討ちにあって措置入院させられたと思っていました。前回と同じく3日不眠になり、入院前と同じような身体の感覚があり、自分でも「これはやばい。また同じ目にあって1年棒に振ることになる」と思い、タクシーに乗りました。今度は自分の意思で病院に行きました。主治医の先生と話しをした記憶はあるのですが、気が付くと隔離室で身体拘束されていました。3日間眠っていたようです。自分から病院に行ったのに結局身体拘束か、と思いました。拘束されている左ひじ下のシーツに円状に大きな血の跡がついていました。採血のときに暴れたのかもしれません。シーツ交換の日は決まっていると言われ、そのまま身体拘束されていました。前回の記憶がよみがえりました。身体拘束の精神的ストレスはかなり厳しいものでした。

▶︎続きのページ:双極性障害と診断された日~気分障害って何

ライタープロフィール
フジコ
フジコ

31歳のときに双極性障害を発症して入院し、8年後の夏オリンピックのときに再発入院。
また8年後に躁状態になったが自発的に対処できたため入院はせず。
その後主治医の許可が出たため、現在は就労移行支援施設で訓練中。
障害を隠して仕事をしてきたが、障害者雇用枠での長期就労を目指す。

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