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佐久間勇人の2018年自由日記,連載コラム 2018.8.30

「この現実の中で存分に楽しむ。アクティブに。」 佐久間勇人の2018年自由日記 vol.8

「この現実の中で存分に楽しむ。アクティブに。」 佐久間勇人の2018年自由日記 vol.8
『佐久間勇人の2018年自由日記 』vol.8 <毎月30日連載>

平成30年7月20日(金) どんどんやろう

私が所属している水泳チーム「千葉ミラクルズSC」。
そのチームリーダーの勤務先から講演依頼を頂いた。
今回は、聞き手が一般の社員の方々なので何を話したら良いかを非常に考えたが、やはりストーリーの主軸には「人生を変えてくれた水泳」を、そしてメッセージとして「後悔しない生き方」を伝えたいと思った。
講演ではうまく伝わったかな。
それにしても、こうやって人前で話す事はいい経験だ。それこそ人前で話す事なんて考えもしなかった事だし、病気にかからなかったら、おそらくしなかっただろう。チームリーダーとも水泳をやらなければ出会うことが出来なかったし、このような場もなかったと思う。
今までの講演で、私のメッセージをどんな風に受け取ってもらえてきたかは分からないけれど、機会が有って講演が可能なうちはどんどんやろうと思う。これからもよろしく!

平成30年8月2日(木) 猛暑には水の中

今年は猛暑だ。気温が体温を超えている。皆辛い。
それでも私は外に出たい。
高校時代の同級生と夏の旅行に出た。3年連続の男旅だ。
初日は富士川の渓流でラフテイング。
川辺のボート迄は一人では歩いていけないけれど、スタッフの人が笑顔で支えてくれた。
ボートに乗ってもオールは焦げない。踏ん張れないしバランスが取れないから。
だから掛け声だけは大きな声で精一杯出してみた。楽しかった。
川の中にも自信満々で飛び込んだ。いや、飛び込んだというよりも、落ちてみるのが精いっぱい。
もちろん助けなしにボートに上がり戻ることは出来なかったけど。それでも存分に楽しめることができた。

平成30年8月3日(金) 再会

私と旅の親友は高校時代、テニス部に所属していた。
そこで旅の途中、部活の恩師に会いに行ってみようとなった。
今、恩師は、我らが母校の姉妹校がある岐阜県瑞浪市に住んでいる。
前日の夜に突然連絡をしたにも関わらず、快く会ってくれた。
先生は外見も中身も全く変わらなかった。20数年ぶりなのに。
私たちは自慢の生徒ではなかったはずだけど、色々とエピソードを覚えていてくれてうれしかった。
変わったのは私だ。いきなり車椅子で登場だもん。
先生は私の姿を見て驚いたと思う。
でも再会をお互いに喜ぶことができたし、私は感謝の気持ちを伝えることができた。
かつて、あの日に聞いた「強い人間になれ。優しい人間になれ。そして人の痛みのわかる人間になれ!!」という言葉は、今だ心に響いている。だから前向きにやって来られたのかも知れない。
本当にありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています。

そのまま、夜は名古屋での同窓会に参加した。
母校は全寮制だったこともあり、OBOGは全国に散らばっている。
だから色々な場所で同窓会が開かれているんだけれど、東海地区の同窓会参加もこれで三年連続だ。
あの血気盛んな青春時代に寝食共にした奴らとは、すぐにその時代に戻れるから本当に最高だよ。また会おう。

平成30年8月4日(土) 空の世界へ

今回の旅はアクティブがテーマ。締めくくりは、パラグライダーだ。
私は車椅子、しかも病状で気圧に弱い。
だからパラグライダーのスタッフとは何度も何度も連絡を取った。
同じ質問を何度もされた。
諦めて欲しかったのかもしれないが最後はGoサインを出してくれた。
自己責任でということは分かっている。それでも本当に有難い。

高度400mまで上がった。風の力だけで。
正直、かなりビビった。写真の笑顔、足すくむ中での作り笑い。
でも気持ちよかった。だから楽しかった。
空に溶け込めたような、自然との共有感。
そこにはハンデは関係ない。
ハンデがあると、課題や問題は多い。
でも、楽しむこと、その気持ちにはハンデがあろうがなかろうが関係はない。
一人ではできないから、仲間や沢山の方の助けが必要になるが、嫌々助けてくれる人なんていない。
今回の旅で改めて実感できた。

やってみて後悔することもあるだろう。でも私は、やらないで後悔はしたくない。
だからこそ一歩前へ。皆と一緒に一歩前進。
残暑はまだまだ続く。
もっともっと楽しみたいと思う。

ライタープロフィール
佐久間 勇人 Powered by スマイリーエッジ
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2010年、小脳が萎縮し、伝達神経系が徐々に破壊されていく神経難病脊髄小脳変性症であることを知りました。そこから今日までは沢山の経験・後悔がありました。人と出会い、生まれた笑顔、そのありがたみを人一倍感じとり、今まで気が付かなかったようなことを学べてきたような気がします。ハンデがある。でも、それは「個性」でもある。そう思うようになった時、生き方がかわりました。そして、障がい者水泳というスポーツに出会うことが出来たのです。目標を持ち、チャレンジし、全国障害者スポーツ大会(2015わかやま大会・2016いわて大会)においては新記録を樹立しました。まだまだやりたい。まだまだチャレンジしたい。継続していくことに最大の意義があると思います。何もしないで、後悔するのではなく、「いま」できることを思いっきりやりたい。限りある時間の中で出会うべくして出会えた“こと”。体験の中で見つけた思いをお伝えしています。

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